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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
間章 インタールード
36/50

記憶


放課後。

校門を出た瑠衣は、まっすぐ帰らずに、

塔の見える坂道を歩いていた。


この道は、あの夏、

“みるい”として何度も通った場所。

でも今は、“瑠衣”として歩いている。


制服の袖を風が撫でる。

春の匂いの中に、どこか懐かしい気配が混じっていた。


(……あのときも、こんな風だった)


ふと、記憶が重なる。

唯斗と並んで歩いた帰り道。

何も言わずに、ただ並んでいた時間。

その沈黙が、心地よかった。


でも今は――


「……私は、瑠衣」


小さく呟いてみる。

声が風に溶けていく。


“みるい”の記憶は、確かに自分の中にある。

でも、それがすべてじゃない。

今の自分は、“瑠衣”として生きている。

あの記憶を抱えたまま、

今の名前で、今の歩幅で。


(それでも、たまに怖くなる)


もし、あの記憶がなかったら。

もし、唯斗と出会っていなかったら。

私は、今ここにいなかったのかもしれない。


(……それでも)


瑠衣は、坂の途中で立ち止まり、

遠くにそびえる塔を見上げた。


黒く、静かに、空を貫くその姿。

まるで、記憶そのもののように、

そこに在り続けている。


「……ありがとう。

 でも、私はもう、

 あなたの中に戻らない」


風が吹いた。

桜の花びらが、ひとひら、瑠衣の肩に落ちた。


彼女はそれをそっと指でつまみ、

空に放った。


「私は、私の足で帰るよ。

 “今”を歩くって、決めたから」


そう言って、瑠衣は坂を下り始めた。


その背中は、

春の光を受けて、

まっすぐに伸びていた。


(終わり)


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