20話
放課後の教室。
カーテンが風に揺れている。
窓の外には、いつもの街と、遠くにそびえる塔。
唯斗は、瑠衣と並んで座っていた。
誰もいない教室。
でも、静かすぎるわけじゃない。
どこか、心地いい沈黙が流れていた。
「……今日、夢は見た?」
瑠衣が、ぽつりと尋ねた。
「ううん。
でも、朝起きたとき、
なんか、草の匂いがした気がした」
「ふふ、わかる。
私も、風の音がちょっとだけ違って聞こえた」
ふたりは、顔を見合わせて笑った。
「……変わったよな、いろいろ」
「うん。
でも、変わらないものもあるよ」
「たとえば?」
「唯斗が、ちゃんと隣にいてくれること」
その言葉に、唯斗は少しだけ照れたように目をそらした。
「……俺さ、たまに思うんだ。
“みるい”のこと、
ちゃんと好きだったのかなって」
「え?」
「いや、変な意味じゃなくて。
あのときの気持ちは本物だった。
でも、今の俺が好きなのは――
“瑠衣”なんだって、
ちゃんとわかってるからさ」
瑠衣は、目を見開いた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとう。
それ、聞けてよかった」
「でも、瑠衣は……どうなんだ?」
「私?」
「うん。
“みるい”の記憶があるってことはさ、
俺のこと、前から知ってたわけで……
それって、ずるくない?」
「ふふ、たしかに。
でもね、唯斗。
私が好きになったのは、
“今の唯斗”だよ」
「……ほんとに?」
「うん。
記憶があったから、
あなたの優しさに気づけたのかもしれない。
でも、惹かれたのは、
今のあなたの声で、
今のあなたの歩き方で、
今のあなたの、ちょっと不器用なところ」
唯斗は、少しだけ目を伏せた。
そして、そっと手を伸ばした。
瑠衣の手に触れる。
その指先は、あたたかかった。
「……じゃあ、これからも、
“今の俺”で、隣にいていい?」
「もちろん。
私も、“今の私”で、隣にいるよ」
ふたりの手が、静かに重なる。
その瞬間、窓の外で風が吹いた。
塔の先端が、わずかに光を反射したように見えた。
でも、ふたりは気づかない。
今はただ、
*この手のぬくもりを確かめることがすべてだった*
(終わり)




