19話
春の風が、教室のカーテンを揺らしていた。
唯斗は、窓際の席から外を見ていた。
遠くの丘の上に、**あの塔**が見える。
黒く、細く、空へと伸びる影。
まるで、空の奥に何かを繋ぎ止めているように、
静かに、そこに立っていた。
「……まだ、あるんだな」
唯斗が呟くと、隣の席の瑠衣が頷いた。
「うん。
誰も気にしてないみたいだけどね。
あんなに目立つのに」
「不思議だよな。
あれが見えてるの、俺たちだけなんじゃないかって思う」
「でも、見えてるよ。
ちゃんと、ここにある。
私たちの記憶みたいに」
唯斗は、瑠衣の横顔を見た。
その瞳は、あの夜のままだった。
迷いを越えて、今を選んだ人の目。
「……なあ、あの塔ってさ、
なんで残ったんだと思う?」
「きっと、記憶って、
“消す”ものじゃなくて、
“残す”ものだからじゃないかな」
瑠衣の言葉に、唯斗は静かに頷いた。
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昼休み。
屋上に上がると、夢界が先に来ていた。
風に吹かれながら、ノートをめくっている。
「よう、来たな。
今日も、塔は元気にそびえてるぜ」
「……あれがあるだけで、
世界がちょっと違って見えるよな」
「まあな。
でも、悪くない。
“忘れない”って、そういうことだろ?」
夢界が、ノートの表紙を見せる。
そこには、こう書かれていた。
**『記録守:継続中』**
「俺たちの物語は、まだ終わってない。
塔がある限り、
記憶は、ここに残り続ける」
「じゃあ、次のページには……」
唯斗が、ペンを手に取る。
そして、ゆっくりと書き始めた。
**『2026年 春。
塔は崩れなかった。
記憶は、世界に残った。
だから、俺たちは今日も、
この“今”を生きている。』**
「……いいね、それ」
瑠衣が、風に髪をなびかせながら微笑んだ。
「ねえ、また夢で会えるかな」
「会えるさ。
だって、あれは夢じゃない。
記憶だろ?」
「うん。
じゃあ、またあの草原で」
三人は、塔の方角を見た。
黒い塔は、静かに空を貫いていた。
誰も気に留めないその存在が、
三人にとっては、確かな“証”だった。
そのとき、風が変わった。
塔の先端に、わずかに光が灯ったように見えた。
それは、誰にも気づかれないほど小さな変化。
けれど、三人は確かに感じていた。
「……動いてる?」
「いや、まだ……でも、何かが……」
「……また、始まるのかもね」
三人は、言葉を交わさずに頷いた。
塔は、まだそこにある。
記憶は、まだすべて戻ったわけじゃない。
そして、“奴等”が完全に消えたという保証もない。
でも、もう怖くはなかった。
三人は、記憶を抱きしめて、
今を選び、これからを歩いていく。
塔がある限り、
物語は、まだ終わらない。




