18話
塔の最深部は、静かだった。
音がない。
色もない。
ただ、灰色の空間が広がっていた。
唯斗、瑠衣、夢界の三人は、
その中心に立っていた。
「……ここが、“奴等”の核……」
夢界が呟く。
“残響視”が、空間全体に反応していた。
まるで、ここそのものが“記憶の空白”でできているかのように。
「……何もないのに、
全部が吸い込まれそうな感じがする」
瑠衣が、羽衣を握りしめる。
その光が、かすかに揺れていた。
「気をつけろ。
ここは、“思い出せないもの”が集まる場所だ。
名前も、顔も、想いも――
すべてが、ここで消えていく」
夢界の言葉に、唯斗が剣を構える。
「でも、俺たちは思い出した。
だから、負けない」
そのときだった。
空間の中心に、**“それ”**が現れた。
黒い球体。
まるで、光を吸い込むような闇。
その表面には、無数の“記憶の断片”が浮かんでは消えていた。
笑顔。
涙。
名前。
声。
手のぬくもり。
交わした約束。
言えなかった言葉。
それらが、次々と現れては、
黒い闇に飲み込まれていく。
「……あれが、“忘却の核”」
夢界が、ノートを開く。
ページが、勝手にめくれた。
**『忘却の核:記憶の最終処理装置。
存在の輪郭を消し、世界から“なかったこと”にする力を持つ。
記憶を取り戻した者にのみ、対抗手段がある』**
「……つまり、今の俺たちなら、戦えるってことだな」
唯斗が、剣を構え直す。
その刃が、蒼く光る。
「でも、油断はできない。
あれは、“思い出せないもの”の集合体。
近づくだけで、記憶が削られる」
「だったら、私たちの記憶で、
あれを上書きするしかない」
瑠衣が、羽衣を広げた。
その光が、空間に広がっていく。
「行こう。
私たちの記憶で、
この世界を取り戻す!」
三人は、同時に駆け出した。
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忘却の核が、反応する。
黒い触手のような影が、空間を裂いて襲いかかる。
唯斗が、剣でそれを斬る。
刃が、記憶の光を放ちながら、影を断ち切る。
「瑠衣、右から来る!」
「任せて!」
瑠衣が、羽衣を振るう。
その光が、影を浄化するように包み込む。
夢界が、ノートを開く。
ページが光り、空間に“記憶の陣”が展開される。
「今だ、唯斗!」
「うおおおおっ!」
唯斗が、核に向かって突き進む。
剣を振り上げ、渾身の一撃を放つ。
だが――
刃が、止まった。
「……っ、動かない……!」
核が、唯斗の記憶を逆流させていた。
頭の中に、過去の後悔が流れ込んでくる。
(守れなかった)
(言えなかった)
(選べなかった)
「唯斗!」
瑠衣が、彼の手を取る。
その瞬間、記憶の光がふたりを包む。
「あなたは、もう迷ってない。
私は、知ってる。
だから、進んで!」
唯斗の目に、光が戻る。
「……ありがとう、瑠衣」
再び、剣を振るう。
今度は、刃が核に届いた。
黒い表面が、裂ける。
中から、無数の“声”が溢れ出す。
「……やめて……」
「……忘れないで……」
「……ここにいたのに……」
「……名前を呼んで……」
それは、消された人々の声だった。
「……みんな、まだ……!」
夢界が、ノートを開く。
ページが、ひとりでにめくれる。
**『記憶の再構築:
失われた記憶を、想いの力で呼び戻す。
ただし、代償として“自我の一部”を失う可能性あり』**
「……やるしかねぇな」
夢界は、ノートに手をかざす。
その瞬間、彼の記憶が、空間に放たれた。
唯斗と瑠衣との日々。
笑い合った放課後。
すれ違った言葉。
交わした約束。
守れなかった想い。
それらが、光となって空間を満たしていく。
「……夢界……!」
「大丈夫。
俺は、もう迷わない。
俺の記憶で、
この世界を塗り替えてやる!」
核が、悲鳴のような音を上げる。
その表面が、崩れ始める。
唯斗と瑠衣も、記憶を放つ。
「俺は、瑠衣と出会って、
変われた。
だから、この記憶は、絶対に消させない!」
「私は、唯斗と夢界と出会って、
“今”を選べた。
だから、この想いは、絶対に守る!」
三人の記憶が、ひとつに重なる。
その光が、核を貫いた。
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静寂が、訪れた。
黒い核は、崩れ、
空間が、ゆっくりと色を取り戻していく。
空が、青くなる。
風が吹く。
遠くで、誰かの笑い声が聞こえる。
唯斗、瑠衣、夢界は、
静かにその場に立っていた。
「……終わったのか?」
「うん。
でも、これは“始まり”でもある」
「記憶は、消えない。
でも、忘れることはある。
だから、思い出し続けるんだ。
何度でも」
三人は、塔の外へと歩き出した。
そこには、変わってしまった世界があった。
でも、それは――
**三人が選び取った“今”だった。**




