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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
二章 ムカイヒュージョン
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16話


唯斗の影が霧の中に消えたあと、

空間は一瞬だけ静寂に包まれた。


けれど、それは嵐の前の静けさだった。


「……来る」


夢界が、低く呟いた。

“残響視”が、空間の奥に新たな歪みを捉えていた。


霧が、再びざわめく。

空気が、冷たくなる。

そして――


現れたのは、**もうひとりの瑠衣**だった。


長い髪。

白いワンピース。

その姿は、まるで夢の中で見た“みるい”そのものだった。


けれど、目が違った。

その瞳は、深い悲しみと怒りを湛えていた。


「……あなたが、今の私?」


影の瑠衣が、口を開いた。

その声は、柔らかく、けれど鋭かった。


「違う。私は、あなたの中にいる“みるい”。

 でも、あなたは私を忘れようとしてる。

 私を、なかったことにしようとしてる」


「そんなこと……!」


瑠衣は、思わず叫んだ。

けれど、言葉が喉に詰まった。


「……私は、忘れてなんか……」


「じゃあ、どうして“瑠衣”なんて名前で生きてるの?

 どうして、唯斗くんの前で、

 “知らないふり”をしてるの?」


影の瑠衣が、一歩近づく。

その足音が、空間に響くたびに、

瑠衣の胸の奥がざわついた。


「私は、あなたの記憶。

 あなたの想い。

 あなたが、唯斗くんと過ごした、

 あの夏のすべて」


「……知ってる。

 忘れてなんか、ない。

 でも、私は――

 “瑠衣”として、今を生きてる」


「じゃあ、私を捨てるの?」


「違う!」


瑠衣の声が、空間を震わせた。


「私は、あなたを捨てない。

 でも、あなたに戻ることもしない。

 私は、“みるい”の記憶を持った“瑠衣”。

 それが、私の選んだ生き方!」


影の瑠衣が、静かに首を振る。


「それは、都合のいい言い訳よ。

 あなたは、私を抱えたまま、

 唯斗くんと“新しい関係”を築こうとしてる。

 それって、ずるくない?」


「……!」


「あなたが唯斗くんと手をつなぐたびに、

 私の記憶が疼く。

 あのとき、言えなかった言葉。

 伝えられなかった想い。

 全部、あなたが代わりに手に入れていく。

 それって、私の“死”を踏み台にしてるってことじゃないの?」


瑠衣は、言葉を失った。

その問いは、彼女の奥深くに突き刺さった。


たしかに、そうかもしれない。

“みるい”としての記憶があるからこそ、

唯斗の優しさが、まっすぐに胸に届いた。

彼の手のぬくもりが、

あの夏の続きを思い出させてくれた。


でも――


「……それでも、私は、

 あなたを“終わらせたくない”」


瑠衣は、ゆっくりと前に出た。


「私は、あなたを捨てない。

 でも、あなたに戻ることもしない。

 私は、“瑠衣”として、

 あなたの記憶を抱えて、

 唯斗と、夢界と、今を生きていく」


影の瑠衣が、目を細めた。


「……それが、あなたの答え?」


「うん。

 私は、あなたの痛みも、

 あなたの願いも、

 全部、忘れない。

 でも、それを“今の私”として、

 ちゃんと抱きしめて、生きていく」


その瞬間、瑠衣の羽衣が、

淡い光を放った。


その光は、影の瑠衣を包み込む。

影は、抵抗するように身をよじったが、

やがて、静かに目を閉じた。


「……なら、お願い。

 私の想いも、連れていって。

 唯斗くんを、お願いね」


「うん。約束する」


影が、光に変わって消えていく。

その光が、瑠衣の胸に吸い込まれていく。


その瞬間、彼女の羽衣が、

より深く、澄んだ蒼に染まった。


「……瑠衣、大丈夫か?」


唯斗が、そっと声をかける。

瑠衣は、微笑んで頷いた。


「うん。

 私は、私でいられる。

 “みるい”の記憶があっても、

 私は、瑠衣だから」


夢界が、静かに頷いた。


「……強いな、お前は」


「ううん。

 怖かったよ。

 でも、唯斗がいてくれたから。

 夢界が、そばにいてくれたから。

 だから、私は――

 “今”を選べた」


唯斗は、そっと彼女の手を握った。


「ありがとう。

 戻ってきてくれて」


「ううん。

 私は、ずっとここにいたよ。

 ただ、ようやく“自分の足で立てた”だけ」


ふたりの手が、しっかりと重なる。

そのぬくもりは、夢の中で交わしたものと同じだった。

でも、今はもう、夢じゃない。

**現実だ。**


---


そのとき、夢界が顔を上げた。


「……次は、俺か」


霧の奥に、またひとつの気配が現れていた。

それは、他のふたりとは違う、

もっと“深くて、静かな闇”だった。


「……俺の影は、ちょっと厄介かもな」


唯斗と瑠衣が、夢界の隣に立つ。


「でも、俺たちがいる」


「うん。今度は、私たちが支える番だよ」


夢界は、ふっと笑った。


「……頼もしいな。

 じゃあ、行ってくるよ。

 俺の“過去”に、ケリをつけに」


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