15話
塔の第二層に足を踏み入れた瞬間、
空気が変わった。
重く、粘つくような気配。
まるで、誰かの感情がそのまま空間になったような、
そんな圧迫感が、三人の胸を締めつけた。
「……ここ、嫌な感じがする」
瑠衣が、羽衣を握りしめる。
その光が、わずかに揺れていた。
「記憶の歪みが、近い。
俺たちの中にある“未整理の想い”が、
ここで形になる」
夢界の目が、淡く光る。
“残響視”が、空間の奥に潜む気配を捉えていた。
唯斗は、剣を構えた。
その刃が、微かに震えている。
「……来るぞ」
霧が、裂けた。
そこに現れたのは――
**もうひとりの唯斗だった。**
けれど、その顔は、
どこか歪んでいた。
目は虚ろで、口元は引きつり、
手にした剣は、血のような黒に染まっていた。
「……俺……?」
「違う。
それは、“お前の影”だ。
過去の記憶が歪んで、
“奴等”に喰われて、
お前の姿を借りて現れた」
夢界の声が、低く響く。
「お前は、誰だ」
唯斗が問う。
影の唯斗は、ゆっくりと顔を上げた。
「俺は、お前だよ。
あのとき、瑠衣を守れなかった、
弱くて、臆病で、
何もできなかった、お前だ」
その声は、唯斗自身の声だった。
けれど、そこに込められた感情は、
怒りでも悲しみでもなく――
**絶望**だった。
「お前は、また繰り返す。
また、大切なものを守れずに、
ただ立ち尽くすだけだ」
「……違う」
唯斗は、剣を握りしめた。
「たしかに、俺は弱かった。
あのとき、何もできなかった。
でも――
今は違う。
俺は、あの記憶を忘れない。
だからこそ、前に進める」
影の唯斗が、剣を構えた。
その刃が、黒い霧をまとう。
「なら、証明してみろよ。
お前が、“過去”を超えられるってことを!」
次の瞬間、影が襲いかかってきた。
唯斗は、剣を交差させて受け止める。
衝撃が、腕に走る。
だが、踏みとどまった。
「瑠衣、援護を!」
「わかった!」
瑠衣が、羽衣を広げる。
その光が、唯斗の剣に流れ込む。
刃が、淡い蒼に染まる。
「夢界、影の動きは?」
「右足に重心が偏ってる。
次は、左から斬りかかってくる!」
「了解!」
唯斗は、影の動きを読み、
一瞬の隙を突いて踏み込む。
剣が、影の胸元を貫いた。
「……っ!」
影が、霧のように崩れ始める。
その中から、声が響いた。
「……それでも、
お前は、また迷う。
また、失う。
それでも、進むのか……?」
唯斗は、静かに頷いた。
「進むよ。
たとえ、また傷ついても。
俺は、瑠衣と夢界と、
この世界を守るって決めたから」
影は、微かに笑った。
その笑みは、どこか安らかだった。
「……なら、託すよ。
“俺”のすべてを」
影が、光に変わって消えていく。
その光が、唯斗の胸に吸い込まれていく。
「……これが、“赦し”か」
唯斗は、そっと目を閉じた。
胸の奥に、確かな温もりが宿っていた。
「……次は、私の番かもね」
瑠衣が、前を見据える。
霧の奥に、もうひとつの気配が現れ始めていた。




