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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
二章 ムカイヒュージョン
25/50

11話


夢界は、ひとりで図書室にいた。

塔が現れた直後、校内がざわつき始めたとき、

彼は人混みを避けるように、静かな場所を選んだ。

理由は、自分でもよくわからなかった。

ただ、**“何かが来る”**という感覚が、

胸の奥でざわざわと騒いでいた。


窓際の席に座り、

遠くに見える黒い塔を見つめる。

その姿は、夢界の記憶の中にある“何か”と、

ぴたりと重なっていた。


(……あれ、見たことある。

 夢か、記憶か、それとも――)


そのときだった。

視界の端が、にじんだ。


「……またか」


最近、頻繁に起こるようになった“残響”の発作。

誰かの強い記憶が、

まるで自分の中に流れ込んでくるような感覚。


でも今回は、違った。


視界が、真っ黒に染まる。

音が消える。

そして、浮かび上がる“影”。


人の形をしている。

でも、顔がない。

輪郭が、ぼやけている。

まるで、誰かの記憶から抜け落ちた“存在”。


(……これが、“奴等”……?)


夢界は、息を呑んだ。

その影は、塔の方角を向いていた。

そして、ゆっくりと、こちらに顔を向けた――ように見えた。


「……やばい」


夢界は、立ち上がった。

このままじゃ、何かが壊れる。

自分の中の“現実”が、

音もなく崩れていくような感覚。


(唯斗……瑠衣……!)


彼らの顔が、頭に浮かんだ。

今、あいつらがどこにいるのかはわからない。

でも、きっと――屋上だ。


夢界は、図書室を飛び出した。

階段を駆け上がる。

足音が、やけに大きく響く。

それ以外の音が、まるで消えてしまったかのように。


(頼む、間に合ってくれ……!)


---


屋上の扉を開けたとき、

そこには、唯斗と瑠衣が並んで立っていた。

ふたりとも、塔を見つめていた。

その背中に、言葉にできない緊張が漂っていた。


「おーい、何してんだよ、こんなとこで」


夢界は、できるだけ軽く声をかけた。

でも、内心はまったく軽くなかった。


ふたりが振り返る。

その目に浮かぶ驚きと安堵。

そして、すぐに共有される“異変”の感覚。


「……お前ら、あれ見たんだろ」


唯斗と瑠衣は、頷いた。


「夢で見た。

 あの塔も、“奴等”も」


夢界は、ふっと息を吐いた。

そして、ポケットからノートを取り出した。


**『残響記録』**


「……これ、俺が見た“残響”をメモしてたやつ。

 でも、今日のは……桁が違った」


「見たのか? あの塔の記憶を?」


「いや、塔じゃない。

 “あれ”が来る直前、

 誰かの記憶が、俺の中に流れ込んできた。

 それも、めちゃくちゃ強いやつ」


夢界は、ノートを開いた。

そこには、走り書きのような文字が並んでいた。


『塔の出現は、記憶の重なりによるもの』

『瑠衣の中にある“みるい”の記憶が鍵』

『唯斗の想いが、境界を開いた』

『“奴等”は、忘却の化身――記憶を喰らう存在』


「……これ、全部、俺が見たこと。

 でも、意味はまだわかんねぇ。

 ただ、ひとつだけ確信してる」


夢界は、ふたりを見た。

その目は、まっすぐだった。


「お前らが、何かを思い出したとき――

 世界が、動き出したんだよ」


しばらくの間、沈黙が場を支配した。


「……戻ろう。体育館に」


沈黙を破った夢界の言葉に、唯斗と瑠衣は頷いた。

塔の出現、空の裂け目、“奴等”の降臨――

すべてが現実とは思えないほど異様だった。

けれど、今はそれを確かめるしかない。

自分たち以外の誰かが、無事であることを。


三人は階段を駆け下りた。

校舎の中は、妙に静かだった。

さっきまで聞こえていたはずのチャイムも、

誰かの話し声も、まったく聞こえない。


「……変だな。誰もいない」


夢界が呟く。

唯斗は、心の奥に冷たいものが広がっていくのを感じていた。


(まさか……)


体育館の扉を開けた瞬間、

その予感は確信に変わった。


そこには、誰もいなかった。


広い空間に、整然と並んだ椅子。

置き去りにされたカバン。

途中で止まったままの放送機器。

まるで、時間だけが止まってしまったような光景。


「……嘘だろ……」


夢界が、声を失う。

瑠衣は、ゆっくりと歩き出し、

ひとつの椅子に手を触れた。


「……あたたかい」


「え?」


「さっきまで、誰かが座ってた。

 でも、今は……いない」


唯斗は、体育館の中央に立ち尽くしていた。

その目は、天井を見上げていた。

そこには、何もない。

けれど、彼の心には、

夢の中で見た“空の裂け目”が、

まざまざと浮かんでいた。


「……連れていかれたのか?」


「“奴等”に……?」


「でも、どうやって……? いつの間に……?」


三人は、言葉を失った。

そして、同時に気づいた。


――音が、ない。


風の音も、鳥の声も、遠くの車の走行音も。

すべてが、消えていた。


「……外、見てみよう」


夢界の提案で、三人は校舎を出た。

昇降口を抜け、坂を上がり、

校庭の端にあるフェンスの向こう――

街を見下ろす高台へと出た。


そして、見た。


そこには、**“空白の街”**が広がっていた。


車は止まったまま。

信号は点滅している。

コンビニの看板は光っている。

でも、**人がいない。**


歩道にも、交差点にも、

バス停にも、駅前にも――

誰一人として、いなかった。


「……これ、夢じゃないよな……?」


夢界の声が、かすれていた。


「……現実だよ。

 でも、現実じゃない。

 “あっち”が、こっちに入り込んできてる」


瑠衣の声は、低く、震えていた。

その目は、塔の方向を見つめていた。


「“奴等”は、記憶を喰らう。

 人の存在そのものを、

 “思い出せなくする”ことで、

 この世界から消していく」


「……じゃあ、みんな……」


「まだ、完全に消えたわけじゃない。

 でも、もう“境界”は破られた。

 このままじゃ、私たちも……」


そのときだった。


風が吹いた。

いや、“風のようなもの”が、三人の間をすり抜けた。


唯斗が振り返る。

そこには、誰もいない。

でも、確かに“何か”がいた。


「……見えない……でも、いる……!」


夢界が、目を閉じた。

そして、ゆっくりと手を伸ばす。


「……残響視、起動」


その瞬間、彼の視界に、

**黒い影の残像**が浮かび上がった。


人の形をしている。

でも、輪郭がぼやけている。

まるで、記憶の中から抜け落ちた“誰か”のように。


「……奴等だ……!」


夢界が叫ぶ。

唯斗と瑠衣も、身構える。

でも、どうすればいいのか、わからない。


「逃げよう。今はまだ、奴等は完全に“形”を持ってない。

 でも、こっちを見つけたら……!」


三人は、駆け出した。

校庭を抜け、裏門へ。

その背後で、空気が歪む音がした。


まるで、世界そのものが、

ゆっくりと“書き換えられている”ような音。


唯斗は、走りながら思った。


(これが、“記憶を喰らう”ってことか……

 このままじゃ、俺たちも、

 誰かの記憶から消えていく……!)


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