8話
夜。
唯斗は、布団の中で目を閉じていた。
眠気はあるのに、心が落ち着かない。
瑠衣と手をつないで帰った帰り道のこと。
彼女の笑顔。
そのぬくもり。
全部が、まだ胸の奥で静かに熱を持っていた。
(……なんか、変な感じだな)
“付き合ってる”って、こういうことなんだろうか。
まだよくわからない。
でも、悪くない。
むしろ、心が静かに満たされていくような感覚がある。
まぶたの裏に、夕焼けの色が浮かぶ。
風の音。
みるいの声。
そのすべてが、やさしく混ざり合って――
やがて、意識が、静かに沈んでいった。
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気がつくと、唯斗は、あの場所に立っていた。
見覚えのある、塔の上。
風が吹いている。
空が、どこまでも広くて、青くて、
でも、どこか現実とは違う色をしていた。
(……ここ、また……)
夢だとわかっている。
でも、足元の感触も、風の冷たさも、
すべてがあまりにも“本物”だった。
そして――
その先に、彼女がいた。
長い髪。
白いワンピース。
振り返ったその顔は、
まぎれもなく、みるいーもとい瑞希瑠衣だった。
けれど、どこか違う。
目の奥に、深い静けさと、懐かしさを湛えている。
「……来てくれたんだね」
「……君は、“みるい”? それとも……」
「どっちでもあって、どっちでもないよ。
でも、今は“みるい”として、ここにいる」
唯斗は、彼女に近づいた。
風が、ふたりの間を吹き抜ける。
でも、寒くはなかった。
むしろ、あたたかかった。
「……夢の中で、君に会うのは、久しぶりだ」
「うん。私も、ずっと待ってた」
「どうして、今なんだろう」
「きっと、心が重なったから。
唯斗くんが、私を思い出してくれたから。
“今の私”を、ちゃんと見てくれたから」
唯斗は、彼女の目を見つめた。
その奥に、確かに“瑞希”がいた。
でも同時に、“みるい”の面影も、そこにあった。
「……君は、今も、瑞希の中にいるの?」
「ううん。私はもう、ここにしかいない。
でも、記憶は、ちゃんと残ってる。
瑞希の中に、私の想いが、ちゃんと生きてる」
「……ありがとう。
君がいたから、俺は……今、ここにいられる」
「それは、私のほうこそ。
唯斗くんが、私を忘れなかったから。
“みるい”としての私も、“瑞希”としての私も――
どっちも、あなたに出会えてよかった」
風が、ふたりの髪を揺らす。
空が、ゆっくりと色を変えていく。
夢の世界が、少しずつ、終わりに近づいていた。
「……そろそろ、目が覚めるよ」
「……うん」
「でも、忘れないで。
これは夢じゃない。
“記憶”だよ。
ふたりで見てきた、ちゃんとした時間」
唯斗は、そっと手を伸ばした。
彼女の手に触れる。
そのぬくもりは、現実と変わらなかった。
「……また、会える?」
「きっとね。
だって、私たちは――」
その言葉の続きを聞く前に、
世界が、光に包まれた。
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朝。
唯斗は、目を覚ました。
天井を見上げながら、しばらく動けなかった。
夢だった。
でも、夢じゃなかった。
あの感触。あの言葉。
全部が、あまりにも“本物”だった。
(……瑞希に、話そう)
そう思った。
これは、伝えなきゃいけない。
夢の中で交わした言葉は、
きっと、現実にも意味がある。
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学校。
朝の教室。
瑠依は、いつも通りの笑顔で「おはよう」と言った。
唯斗は、少し迷ってから、
そっと声をかけた。
「……変なこと、言っていい?」
「うん。なに?」
「昨日の夜、夢を見たんだ。
あの塔の上で、君と話した。
“みるい”の姿をした君と。
……夢の中で、君が言ったんだ。
“これは夢じゃなくて、記憶だ”って」
瑠衣は、目を見開いた。
そして、ほんの一瞬だけ、息を呑んだ。
それから、静かに、でも確かに言った。
「……私も、見たよ」
唯斗の心臓が、跳ねた。
「え……?」
「同じ夢。
同じ場所。
同じ言葉。
唯斗くんが、私の手を握ってくれたときの、あの感触まで――
全部、私も覚えてる」
ふたりは、見つめ合った。
教室のざわめきが、遠くに感じられる。
ふたりの間だけ、時間が止まっていた。
「……じゃあ、あれは……」
「うん。
ふたりで見た、同じ記憶。
同じ夢。
同じ“想い”」
唯斗は、そっと瑞希の手を取った。
その手は、夢の中と同じように、あたたかかった。




