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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
二章 ムカイヒュージョン
17/50

4.5話


 夢界は、階段を上がりながら、

 なんとなく胸の奥に引っかかるものを感じていた。


 麦茶の入ったコップが、手の中で少しだけ汗をかいている。

 冷蔵庫の中には、他に何もなかった。

 母親が「ごめんね、今度ジュース買っとくね」と笑っていたのを思い出す。


 ドアの前で、ふと足を止めた。

 中からは、何の音もしない。

 ゲームの音も、話し声も、笑い声も――何も。


 (……あれ?)


 夢界は、そっとドアを開けた。


---


「おーい、麦茶しかなかったー」


 声をかけながら部屋に入ると、

 唯斗と瑠唯が、少しだけ距離を取って座っていた。

 テレビには、ゲームのスタート画面が映ったまま。

 ふたりとも、こちらを見て微笑んだ。


「それで十分」

 唯斗が言う。


「それにしても、ふたりとも静かだったな。

 ……まさか、いやしいことでも?」

 ニヤニヤしながら聞いてみると、

「うるさいよ、夢界」

 唯斗が即座に返す。


「お、またツッコミ入った。よし、今日の俺は満足だ」


 いつものやりとり。

 でも、夢界の中には、**ほんのかすかな違和感**が残った。


---


 そのあと、三人でまたゲームを始めた。

 笑い声も、冗談も、いつも通り。

 でも、夢界の目は、ふたりの間の“間”を見逃さなかった。


 たとえば、

 唯斗が瑠唯のほうを見たときの、**目の奥のやわらかさ**。

 瑠唯が笑うときの、**ほんの一瞬の視線の揺れ**。


 それは、言葉にできるものじゃなかった。

 でも、夢界にはわかってしまった。


 (……あ、これ、たぶん、そういうやつだ)


---


 帰り道、夕焼けが街を染めていた。

 夢界の家から駅までは、ゆるやかな坂道が続いている。

 蝉の声は、もうほとんど聞こえなかった。


「じゃ、また明日なー」

 夢界が手を振る。


「うん、またね」

 瑠唯が笑う。


「……ああ、また明日」

 唯斗も応える。


 ふたりが並んで歩いていく背中を、夢界はしばらく見送った。

 その距離感が、**昨日までとは違って見えた。**


---


 家に戻ると、母親が「おかえり」と声をかけてくれた。

 夢界は「ただいま」と返しながら、靴を脱ぐ。


 部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

 天井を見上げながら、ぽつりと呟いた。


「……唯斗、付き合ってんのかな」


 言葉にしてみて、少しだけ胸がざわついた。

 それが寂しさなのか、驚きなのか、自分でもよくわからなかった。


---


 夢界は、唯斗のことをよく知っている。

 無口で、真面目で、でもどこか抜けていて。

 それでも、**大事なときには、ちゃんと誰かの手を取れるやつ**だ。


 そして、瑠唯――

 あの転校生は、どこか“違う”。

 言葉の選び方、笑い方、沈黙の使い方。

 全部が、**この世界のリズムと、ほんの少しだけズレている。**


---


 夢界は、ベッドの上で目を閉じた。

 まぶたの裏に浮かぶのは、

 唯斗が瑠唯を見つめるときの、あの目の奥の光。


 (……でも、悪くないな)


 そう思った。

 ふたりが並んでいるのは、自然だった。

 違和感はある。でも、それは“悪い違和感”じゃない。


---


 ただ――

 夢界の中には、ひとつだけ、拭えない感覚が残っていた。


 **「あの子は、本当に“今”の人間なのか?」**


 それは、疑いではなかった。

 ただの直感。

 でも、夢界の直感は、たいてい当たる。


---



――――――――――――――――――――――――



 夢界くんの家は、思っていたよりも静かだった。

 外観は少し古くて、でも玄関のたたきはきれいに掃かれていて、

 靴箱の上には、季節の花が飾られていた。


 お母さんが笑って「いらっしゃい」と言ってくれたとき、

 私は少しだけ、胸の奥が温かくなった。

 この家には、ちゃんと“日常”がある。

 それが、うれしかった。


---


 夢界くんの部屋は、整っていた。

 漫画が並び、ゲーム機が置かれ、

 ベッドの上には、くたびれたクッションがひとつ。

 窓から差し込む光が、床にやわらかく広がっていた。


 唯斗くんと夢界くんが、並んでゲームをしている。

 私はその横で、コントローラーを握りながら、

 ふたりのやりとりを見ていた。


 夢界くんは、明るくて、まっすぐで、

 でも、時々ふとした瞬間に、**鋭い目をする。**

 それが、少しだけ怖かった。


---


 夢界くんが「飲み物取ってくる」と言って部屋を出たあと、

 部屋の空気が変わったのがわかった。

 唯斗くんとふたりきり。

 私は、胸の奥で何かが波打つのを感じていた。


 ――言うなら、今しかない。


 でも、言ってしまったら、

 もう“瑞希瑠唯”としての輪郭が、少しだけ崩れる気がして。

 それでも、私は口を開いた。


---


「……あの夏の日、覚えてるよ」


 唯斗くんが、私を見る。

 その目の奥に、驚きと、戸惑いと、

 それでもどこか、**安堵のようなもの**が浮かんでいた。


 私は、あの塔のことを話した。

 風の音、空の色、手のぬくもり。

 全部、夢だったのかもしれない。

 でも、確かに覚えている。


 “みるい”としての記憶。

 それが、私の中にある。


---


 唯斗くんが「君は“みるい”なの?」と聞いたとき、

 私は笑った。

 違う。私は“瑞希瑠唯”。

 でも、“みるい”の記憶があるのは本当。

 それを否定する理由は、もうなかった。


 だから、私は言った。


「……私たち、付き合ってみる?」


 それは、衝動でも、計算でもなかった。

 ただ、**今ここにいる私が、そうしたいと思ったから。**


---


 唯斗くんが頷いたとき、

 胸の奥に、静かな波が広がった。

 それは、懐かしさとも、喜びとも違う。

 でも、確かに“始まった”という感覚だった。


---


 夢界くんが戻ってきたとき、

 私は、何もなかったように笑った。

 でも、彼の目が、ほんの一瞬だけ私たちを見たとき――

 **何かに気づいたような光が、そこにあった。**


 夢界くんは、鋭い。

 でも、優しい。

 だから、きっとすぐには何も言わない。

 でも、きっと、見ている。


---


 帰り道、唯斗くんと並んで歩く。

 夕焼けが、街を染めていた。

 私は、ふと彼の手を見た。

 さっき、重ねた手。

 今は離れているけれど、

 **あのぬくもりは、まだ指先に残っていた。**


---


 夜、部屋に戻って、

 私は机の引き出しを開けた。

 中には、小さな石が入っている。

 白くて、すこしだけ光っている。


 それは、あの世界から持ち帰ったもの。

 “みるい”としての私が、最後に拾ったかけら。


 私は、それをそっと手に取った。


「……唯斗くん、ちゃんと覚えててくれて、ありがとう」


 声に出すと、少しだけ涙が出そうになった。

 でも、泣かなかった。

 泣いてしまったら、“今”が崩れてしまいそうだったから。


---


 私は、“瑞希瑠唯”。

 でも、“みるい”の記憶を持っている。

 そのことを、唯斗くんが受け入れてくれた。

 それだけで、今は十分だった。



――――――――――――――――――――――――



次の日、夢界はいつもより少しだけ早く登校した。

 教室のドアを開けると、まだ誰もいなかった。

 窓から差し込む朝の光が、床に長い影を落としている。


 夢界は、自分の席に座り、

 ぼんやりと空を見上げた。


 空は、青かった。

 でも、どこか――**透明すぎる気がした。**


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