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ノヴァムカイワールド  作者: フィのー
二章 ムカイヒュージョン
16/50

4話

 放課後、夢界の家に集まることになった。

 理由は特にない。ただ、なんとなく。

 夢界が「たまにはうちでダラダラしようぜ」と言い出して、

 唯斗も瑠唯も、断る理由がなかった。


 夢界の家は、駅から少し離れた住宅街の中にあった。

 古いけれど手入れの行き届いた一軒家で、

 玄関にはサンダルがきちんと揃えられている。

 夢界の母親が顔を出して、「いらっしゃい」と笑った。


「おじゃまします」

 瑠唯が丁寧に頭を下げる。


「おじゃましまーす」

 唯斗も続いた。


「おーけー、こっちこっち。俺の部屋、二階だから」

 夢界が軽い足取りで階段を上がっていく。


---


 夢界の部屋は、思ったよりも整っていた。

 漫画がきれいに並び、ゲーム機も最新のものが揃っている。

 ベッドの上には、くたびれたクッションがひとつ。

 窓からは、夕方の光が斜めに差し込んでいた。


「意外と片付いてるね」

 瑠唯が感心したように言う。


「だろ? 俺、こう見えて几帳面なんだよ。

 ……まあ、昨日の夜にめっちゃ掃除したけどな」


「正直でよろしい」

 唯斗が笑う。


---


 三人は床に座り、ゲームを始めた。

 対戦型のパーティーゲームで、わいわいと盛り上がる。

 夢界がやたらと強くて、唯斗と瑠唯は何度も負けた。


「ちょ、夢界強すぎ! 絶対やりこんでるでしょ!」


「ふふ、ほんとだ。動きがプロっぽい」


「いやいや、これが“才能”ってやつですよ」

 夢界が得意げに胸を張る。


「うわ、むかつく……」


「でも、楽しそうにしてる夢界くん、ちょっと新鮮かも」

 瑠唯が笑う。


「え、俺いつも楽しいけど?」


「うん、でも今日はなんか、空気がやわらかい」


 その言葉に、夢界は少し照れたように鼻をこすった。


---


 しばらくして、夢界が立ち上がった。


「おーい、飲み物取ってくるわ。あとトイレ」


「うん、ありがと」

 唯斗が答える。


「麦茶しかないけど、いい?」


「全然いいよー」

 瑠唯がにこやかに手を振る。


 夢界が部屋を出ていく。

 ドアが閉まる音がして、足音が階段を下りていく。


 その瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった。

 さっきまでの賑やかさが嘘のように、静けさが降りてくる。


---


 唯斗と瑠唯、ふたりきり。

 テレビには、音を消したままのゲーム画面が映っている。

 窓の外では、風が木の葉を揺らしていた。

 その音が、やけに耳に残る。


 沈黙が、数秒だけ流れた。

 唯斗は、何かを言おうとして、言葉を探していた。

 でも、先に口を開いたのは、瑠唯だった。


「……あの夏の日、覚えてるよ」


 唯斗は、思わず彼女の顔を見た。

 瑠唯は、テレビの画面を見つめたまま、微笑んでいた。


「塔の上で、風がすごく強くて。

 でも、怖くなかった。

 唯斗くんが、手を握ってくれたから」


 その言葉に、唯斗の心臓が跳ねた。


「……それ、どうして……」


「わかんない」

 瑠唯は、首をかすかに傾けた。

「夢だったのかもしれないし、

 誰かの記憶が、私の中に流れ込んできたのかもしれない。

 でも、確かに覚えてるの。

 あの空の色も、風の音も、唯斗くんの声も」


 唯斗は、言葉を失った。

 あの夏の記憶は、誰にも話していない。

 夢界でさえ、全部を知っているわけじゃない。

 それなのに――


「……じゃあ、君は……“みるい”なの?」


 瑠唯は、少しだけ笑った。

 その笑顔は、どこか寂しげで、でもあたたかかった。


「ううん。私は“瑞希瑠唯”。

 でも、“みるい”の記憶が、私の中にあるのは本当。

 それがどうしてかは、私にもわからないけど……

 でも、あの夏が、なかったことになってるのは、

 なんか、もったいない気がして」


 瑠唯の声は、まるで風のようだった。

 触れたら消えてしまいそうで、でも確かにそこにある。

 唯斗は、胸の奥で何かが静かにほどけていくのを感じていた。


 “みるい”は、もういない。

 でも、“みるい”という名前が、またここにある。

 それは、悲しみでも、喜びでもなく――

 ただ、確かに“今”が動き出した音だった。


---


 ふたりの間に、沈黙が落ちた。

 でも、それは気まずさではなかった。

 むしろ、**言葉を必要としない種類の静けさ**だった。


 唯斗は、そっと手を伸ばした。

 瑠唯の指先に、触れるか触れないかの距離で止まる。

 それでも、彼女は逃げなかった。


 そして、ゆっくりと、自分からその手を重ねた。


---


「……ねえ、唯斗くん」

 瑠唯が、かすかに笑う。

「私たち、付き合ってみる?」


 その言葉は、まるで“提案”のように軽やかだった。

 でも、そこには**深い静けさと、確かな覚悟**があった。


 唯斗は、少しだけ目を見開いて、

 それから、ゆっくりと頷いた。


「……うん。そうしよう」


---


 ふたりの手は、まだ重なったままだった。

 そのぬくもりは、どこか懐かしくて、でも確かに“今”のものだった。


 そのとき――階段を上がってくる足音が聞こえた。


 ふたりは、何もなかったように手を離す。

 でも、もう元には戻らなかった。


---


「おーい、麦茶しかなかったー」

 夢界が戻ってきた。


「それで十分」

 唯斗が笑った。


「それにしても、ふたりとも静かだったな。

 ……まさか、いやしいことでも?」

ニヤニヤしながら聞いてきた。

「うるさいよ、夢界」

 唯斗が即座に返す。


「お、またツッコミ入った。よし、今日の俺は満足だ」


 瑠唯は、ふふっと笑った。

 その笑顔は、どこか遠くを見ているようだった。

 でも、唯斗にはわかっていた。

 **その笑顔は、今この瞬間だけのものだと。**


---


**“みるい”の記憶が、ふたりを繋いだ。**

でも、今ここにいるのは――

“瑞希瑠唯”と、“唯斗”だった。

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