4話
放課後、夢界の家に集まることになった。
理由は特にない。ただ、なんとなく。
夢界が「たまにはうちでダラダラしようぜ」と言い出して、
唯斗も瑠唯も、断る理由がなかった。
夢界の家は、駅から少し離れた住宅街の中にあった。
古いけれど手入れの行き届いた一軒家で、
玄関にはサンダルがきちんと揃えられている。
夢界の母親が顔を出して、「いらっしゃい」と笑った。
「おじゃまします」
瑠唯が丁寧に頭を下げる。
「おじゃましまーす」
唯斗も続いた。
「おーけー、こっちこっち。俺の部屋、二階だから」
夢界が軽い足取りで階段を上がっていく。
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夢界の部屋は、思ったよりも整っていた。
漫画がきれいに並び、ゲーム機も最新のものが揃っている。
ベッドの上には、くたびれたクッションがひとつ。
窓からは、夕方の光が斜めに差し込んでいた。
「意外と片付いてるね」
瑠唯が感心したように言う。
「だろ? 俺、こう見えて几帳面なんだよ。
……まあ、昨日の夜にめっちゃ掃除したけどな」
「正直でよろしい」
唯斗が笑う。
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三人は床に座り、ゲームを始めた。
対戦型のパーティーゲームで、わいわいと盛り上がる。
夢界がやたらと強くて、唯斗と瑠唯は何度も負けた。
「ちょ、夢界強すぎ! 絶対やりこんでるでしょ!」
「ふふ、ほんとだ。動きがプロっぽい」
「いやいや、これが“才能”ってやつですよ」
夢界が得意げに胸を張る。
「うわ、むかつく……」
「でも、楽しそうにしてる夢界くん、ちょっと新鮮かも」
瑠唯が笑う。
「え、俺いつも楽しいけど?」
「うん、でも今日はなんか、空気がやわらかい」
その言葉に、夢界は少し照れたように鼻をこすった。
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しばらくして、夢界が立ち上がった。
「おーい、飲み物取ってくるわ。あとトイレ」
「うん、ありがと」
唯斗が答える。
「麦茶しかないけど、いい?」
「全然いいよー」
瑠唯がにこやかに手を振る。
夢界が部屋を出ていく。
ドアが閉まる音がして、足音が階段を下りていく。
その瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、静けさが降りてくる。
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唯斗と瑠唯、ふたりきり。
テレビには、音を消したままのゲーム画面が映っている。
窓の外では、風が木の葉を揺らしていた。
その音が、やけに耳に残る。
沈黙が、数秒だけ流れた。
唯斗は、何かを言おうとして、言葉を探していた。
でも、先に口を開いたのは、瑠唯だった。
「……あの夏の日、覚えてるよ」
唯斗は、思わず彼女の顔を見た。
瑠唯は、テレビの画面を見つめたまま、微笑んでいた。
「塔の上で、風がすごく強くて。
でも、怖くなかった。
唯斗くんが、手を握ってくれたから」
その言葉に、唯斗の心臓が跳ねた。
「……それ、どうして……」
「わかんない」
瑠唯は、首をかすかに傾けた。
「夢だったのかもしれないし、
誰かの記憶が、私の中に流れ込んできたのかもしれない。
でも、確かに覚えてるの。
あの空の色も、風の音も、唯斗くんの声も」
唯斗は、言葉を失った。
あの夏の記憶は、誰にも話していない。
夢界でさえ、全部を知っているわけじゃない。
それなのに――
「……じゃあ、君は……“みるい”なの?」
瑠唯は、少しだけ笑った。
その笑顔は、どこか寂しげで、でもあたたかかった。
「ううん。私は“瑞希瑠唯”。
でも、“みるい”の記憶が、私の中にあるのは本当。
それがどうしてかは、私にもわからないけど……
でも、あの夏が、なかったことになってるのは、
なんか、もったいない気がして」
瑠唯の声は、まるで風のようだった。
触れたら消えてしまいそうで、でも確かにそこにある。
唯斗は、胸の奥で何かが静かにほどけていくのを感じていた。
“みるい”は、もういない。
でも、“みるい”という名前が、またここにある。
それは、悲しみでも、喜びでもなく――
ただ、確かに“今”が動き出した音だった。
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ふたりの間に、沈黙が落ちた。
でも、それは気まずさではなかった。
むしろ、**言葉を必要としない種類の静けさ**だった。
唯斗は、そっと手を伸ばした。
瑠唯の指先に、触れるか触れないかの距離で止まる。
それでも、彼女は逃げなかった。
そして、ゆっくりと、自分からその手を重ねた。
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「……ねえ、唯斗くん」
瑠唯が、かすかに笑う。
「私たち、付き合ってみる?」
その言葉は、まるで“提案”のように軽やかだった。
でも、そこには**深い静けさと、確かな覚悟**があった。
唯斗は、少しだけ目を見開いて、
それから、ゆっくりと頷いた。
「……うん。そうしよう」
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ふたりの手は、まだ重なったままだった。
そのぬくもりは、どこか懐かしくて、でも確かに“今”のものだった。
そのとき――階段を上がってくる足音が聞こえた。
ふたりは、何もなかったように手を離す。
でも、もう元には戻らなかった。
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「おーい、麦茶しかなかったー」
夢界が戻ってきた。
「それで十分」
唯斗が笑った。
「それにしても、ふたりとも静かだったな。
……まさか、いやしいことでも?」
ニヤニヤしながら聞いてきた。
「うるさいよ、夢界」
唯斗が即座に返す。
「お、またツッコミ入った。よし、今日の俺は満足だ」
瑠唯は、ふふっと笑った。
その笑顔は、どこか遠くを見ているようだった。
でも、唯斗にはわかっていた。
**その笑顔は、今この瞬間だけのものだと。**
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**“みるい”の記憶が、ふたりを繋いだ。**
でも、今ここにいるのは――
“瑞希瑠唯”と、“唯斗”だった。




