第8話 ミズホと精霊契約
放課後の図書館。昨日と同じように本の整理をしていた私は、ようやく一区切りついた感触を得ていた。
(ふう…だいぶ減ったかも。今日は頑張ったよ、私)
シキは今日は当番じゃないから来ていないみたい。できれば彼女にもこの異常事態のこと、話しておきたいけど…生徒会の仕事でいつも忙しいし、図書館くらいしか接点がないのよね。なかなかタイミングが合わないのがもどかしい。
そんなことを考えていたら、静かな図書館の扉が音を立てて開いた。エリーだ。
「やあ、ミズホ。時間、大丈夫?」
「うん、バッチリだよ!」
今この図書館にいるのは私とエリー、それと奥の委員会室にこもって作業中の図書委員たち。つまり、ほぼ二人きり。話すにはちょうどいいタイミングだ。
「それで、話って?」
(おい、他の人も連れてきたのか?)
──声が聞こえた。昨日と同じ、私の頭の中に直接響く声。闇の精霊の声だ。あれはやっぱり夢でも幻聴でもなかったんだ。
「彼女は私の友達よ。大丈夫」
(まあ、そう言うなら信じるが……)
「……え? 今の声って……」
エリーが目を丸くして私を見た。
「やっぱり、エリーにも聞こえた?」
「ええ、はっきりと。これは、精霊の声よね?」
私はうなずいた。もしかして──と、私の中でひとつの仮説が浮かぶ。
「ねえエリー、契約してる光の精霊を呼び出せる?」
エリーは一瞬だけ驚いたような顔をした後、すぐに頷いた。
「……わかったわ。来て、スザク」
ふわりと空気が揺れて、小さなフクロウが現れる。金の羽を持ち、賢そうな目で私たちを見ている。彼が、エリーの契約精霊──スザク。
「エリン、呼ばれて来たよ。……って、うわ、ミズホもいるのか」
「うわって何よ。失礼ね」
やっぱり、こいつ、私にだけ口が悪い。前に一度言い合いになった時から、ずっとこの調子だ。私がエリーの親友ってのが気に入らないのかも。
「はいはい、喧嘩しないの」
エリーが仲裁に入る。まあ、今はケンカしてる場合じゃない。
「エリーの言った通り、声の主は闇の精霊らしいの。どこにいるか、調べられないかな?」
「……闇の精霊、か。そんな存在がここに!?」
「うむ。コイツの言う通り、確かに闇の精霊気配を感じる。しかも、かなり太古の精霊だ」
スザクの声が一気に真剣になる。あの皮肉屋の口調が消えるほど、これはただ事じゃないらしい。
ここでちょっと補足しておくと──
精霊契約者っていうのは、精霊たちと「契約」を交わすことでその力を行使できる、特別な人のこと。誰でもなれるわけじゃなくて、精霊に選ばれた者だけがその資格を持っている。
契約者は、その精霊の属性に応じた魔法を使えるし、精霊と意思疎通もできる。中には戦闘において精霊そのものを召喚したり、協力させたりできるほどの力を持つ人もいる。
エリーは、その中でも特に稀有な「光の精霊」と契約した、正真正銘のエリート。彼女の家族――つまり王族の中でも、その力を持ってるのはほんの一握りしかいないそう。
私はそんな大きな秘密を、エリーから直接打ち明けられていた。家族以外に話したのは私だけだって言われたとき、ちょっと泣きそうになった。親友って、そういう関係なのかも。
「待って、ミズホ……あなた、もしかしてとんでもないことに巻き込まれてない?」
「……多分ね。でも、怖いけど、逃げるわけにはいかない気がしてるの」
自分で言って、ちょっと驚いた。私はそんなに強くなんてない。でも、この声が、闇の精霊が何かを訴えかけてきてる気がして、それを無視したら、何か大事なものを失ってしまいそうな、そんな気がするんだ。
「この学園に闇の精霊がいる。それだけでも十分騒ぎなのに、精霊契約者じゃないあなたが声を聞いているなんて……普通じゃないわ」
「ははっ、面白い娘だな」
「スザク、真面目に!」
エリーが鋭い声で制する。彼女も、この事態の重さを理解してくれている。それが、すごく心強かった。
「……この状況、どうしたらいいと思う?」
私の声が、自然と小さくなる。不安を誤魔化せない。
「少し時間をちょうだい。私なりに調べてみる。スザクも協力して」
「ふむ。面白そうだし、悪くない」
スザクの瞳が、じっと私を見据えた。何かを見定めるように。
私は静かに、深呼吸をした。
──何が起きようと、もう目を背けない。