第7話 ミズホと光の教団の歴史
1時間目のホーリーライトの司祭様の授業が始まった。
教室に神聖な空気が流れ始めた瞬間、私はすでに眠気と戦っていた。
「おはようございます。今日は、聖魔戦争についてお話ししましょう」
司祭様の声は相変わらず単調で、まるで風が草を撫でるような眠気を誘う調子だ。
——ああ、これはやばい。寝落ちする未来しか見えない。
どうやら光の教団が今のように巨大な力を持つようになったのは、その聖魔戦争ってやつがきっかけらしい。
光の軍勢が闇の軍勢による侵略を食い止めたとか、伝説の勇者が戦って勝利を導いたとか、その勇者が後に教団を作っただとか。
……そんな話だったと思う。半分くらい夢の中で聞いてたから、細かいところはうろ覚え。
昨日、図書館で読んだ教団の書物にも、似たようなことが書いてあったっけ。
でも、どれも光の側から見た視点ばかりで、肝心の「闇」のことについてはほとんど触れられていなかった。
歴史って、勝者の物語なんだよね。敗者が何を考えてたかなんて、誰も書き残そうとしない。
それにしても、本当にこの授業、退屈すぎる。
——私、光を信じていないわけじゃないけど、こういう一方的な語りにはどうも馴染めないんだよね。
ありがたい話として聞ける人は、ある意味すごいと思う。
そんなことをぼんやり考えているうちに、授業が終わっていた。
ふぅ、やっと解放された……。
私は席を立ち、エリーのもとへ向かう。
教室の前方には、いかにも「貴族」って感じの男子たちがエリーを囲んでいた。
ああ、またこれか……王女様と知って近づいてくる人たち。まるでハエみたい。
——コネ作りに必死なの、見ててちょっと滑稽なんだけど。
それにしても、エリー困ってるな。表情は笑顔でも、目が笑ってない。
……よし、助け舟を出しますか、ミズホちゃんが。
「失礼、お姫様には予定がありますので、これで退散してくれます?」
にっこり笑いながら、一部にはキツめの視線でプレッシャーをかけた。
それでも諦めの悪いのが数人。ならば仕方ない、ちょっとだけ“実力”行使。
数分後、エリーの周りはスッキリと空気が澄んだ。
「やれやれ、エリーってやっぱり目立つよね」
「仕方ないわよ。立場が立場だもの。ある意味、宿命ね」
「……ボディガードとか、つけたりはしないの?」
「ふふ。私の実力、あなたが一番知ってるでしょ?」
——はい、その通りです。
エリーは学年で常にトップクラスの実力者。実技に関しては堂々の次席。
もちろん、主席はこの私だけど。
エリーを守れる人なんて、私以外そうそういない。それに彼女自身、戦う力を持ってる。
だからこそ、私は彼女の“ボディガード”でいるのが心地よい。
「そういえばミズホ、私に用があったんじゃなかった?」
「あ、うん。放課後、図書館に来てもらってもいい?」
「もしかして、本の整理の手伝いでもさせるつもり?」
エリーが冗談めかして笑う。まさか。王女様に雑務を頼むほど、私も無神経じゃない。
「本の整理じゃないよ。ちょっと、手伝ってほしいことがあるんだ」
私が真剣な声になると、エリーも表情を変えた。
今朝の会話を思い出したらしい。私の中にある、消えない違和感。その正体に、ようやく向き合おうとしていることを感じ取ったのだろう。
「もしかして、あの“今朝の話”に関係してる?」
「うん……それがね、やっぱり気になって仕方がなくて」
「分かったわ。親友の頼みだもの。何があっても、時間作るわ」
その言葉に、心の底から安堵した。
闇の精霊——未だ正体の見えない存在。
その声を聞いたあの夜から、私の中に眠っていた「何か」が目を覚ました気がしている。
エリーなら、きっと私を信じてくれる。そう思えるからこそ、私は今日の放課後、図書館で彼女にすべてを話そうと決めた。