第76話 ミズホと本当の覚悟
「くっ……オレの負けだ」
ゴロウがそう吐き捨てた瞬間――私の中で、ぷつん、と何かが切れた。
ボコッ。
ドカッ。
「ぐはっ!?」
……うん。とりあえず一発、殴っておいた。
スッキリしたとはいえ、ここまでやられたら“一発くらいは”いいよね? ね?(誰に同意を求めてるんだ私は)
「み、ミズホちゃん!?」
コグリちゃんの声が裏返る。
「大丈夫。死なない程度に力加減はしたから」
我ながら最悪の安心ワードだと思う。でも、ちゃんと加減はした。ほんとに。
「ゴロウさん!? 女、テメェ……!」
ゴロウの連れらしい男たちが、こっちを睨みつけてくる。
視線は刺さる。でも、不思議と怖くなかった。
だって――。
「あなた達、ずいぶんヤンチャしてるみたいだけど……その程度よ」
私がそう言うと、男が一歩踏み出す。
「なんだと!」
私はため息をつく。
「そもそも、あなた達……人を殺したこと、ないでしょ」
言った瞬間、自分の喉が少しだけ痛んだ。
レオンさんとカインさんの顔が、脳裏をよぎる。
あの時の私は、“仕方ない”って言い聞かせながら、命の線を越えた。越えるしかなかった。守るために。でも――越えたことは消えない。
だからこそ、今回のこの“遊び”が、どうしても許せなかった。
ロシアンルーレット。
弾が「人を殺せない程度」だとか、気絶で済むだとか、そういう問題じゃない。
もし本物だったら? もし威力が違ったら? もし誰かが調子に乗って――?
私かゴロウ、どっちかの命がなくなってたかもしれない。
その可能性を、笑いながら転がせる神経が、私には無理だった。
「どうなの?」
私は睨んだまま問いかけた。
「『当たったら終わり』の遊びを、そんな軽い顔でできるの?」
男たちが言葉を詰まらせる。
……そう。ここで吠えるだけの人って、だいたい“本当に越えたことがない”。
怖いのは、命のやり取りを知ってる人間の、静かな目だ。
「ヤマトさん、ごめんなさい」
私はふっと視線を外して、ヤマトさんに頭を下げた。
「せっかく呼んでもらったのに、交渉できない状況にしちゃったかもしれない」
「お、おう……」
ヤマトさんが苦笑いする。
「だが、オレ達……帰れる状況なのか?」
……だよね。
Zクラスの人たちを導くどころか、敵に回したみたいなもの。
さっきから視線が痛い。殺気ってほどじゃないけど、“面倒くさいのが来た”って空気が濃い。
(終わった? 私、詰んだ?)
そう思った、その時。
「……ま、待て」
低い声。
殴られて床に転がっていたゴロウが、ゆっくりと体を起こしていた。
「ゴロウさん!?」
連れが駆け寄ろうとしたのを、ゴロウは手で制する。
そして――私を見た。
さっきまでの“獲物を見る目”じゃない。
どこか、変に落ち着いた目。まるで別人みたいだ。
「篠崎ミズホとか言ったな……」
ゴロウは口の端を歪めて笑った。
「お前さんの覚悟……凄まじいものだった。その若さで、過酷な人生を送ってきたんだな」
……え?
急に何? 心読まれた?
私は戸惑って、言葉が遅れる。
ゴロウは続けた。
「これまでの非礼、謝らせてくれ。すまなかった」
さっきまでと空気が違いすぎる。
私、殴り過ぎた? 脳揺れた? いやでも、目は正気だ。
「……Zクラスに来て、落ちこぼれ判定されてから、荒れてた」
ゴロウは吐き出すみたいに言った。
「何なんだ、このクソシステムはってな」
……それは、分かる。
正直、私も思った。
順位が高いのにZ扱い。見えるランクで見下される。努力や実力が“表のラベル”に反映されない。
そりゃ、腐る。荒れる。拗ねる。――分かる。分かるけど。
(だからって命を賭ける遊びはダメでしょ)
「確かに、このクラスシステムは……納得いかないよね」
私は慎重に言葉を選ぶ。
「あなたみたいに、序列は高いのに落ちこぼれ扱いされるのは……そりゃ腹立つ」
……でも、ますます分からない。
クラスって何で決まってるの? 成績? 生活態度? 危険度?
私たちAZクラスの存在も、ゴロウみたいな例外も、全部“制度の穴”みたいに見える。
「非礼を謝るのはいいけど」
私は一歩だけ前に出る。
「あなたは、何をしてくれるの?」
ゴロウの目が細くなる。
「お前が望むなら……俺たちはアンタの配下に下る」
「……は?」
配下。
今、配下って言った? 私、何かの組織のボスじゃないんだけど。
体育祭の実行委員やるだけなんだけど。
「別に、集団のトップになるとか、そういうのに興味ない」
私は即座に釘を刺した。
「でも、“手を組む”って意味なら……いい。協力してくれるってことでいいのよね?」
「ああ」
ゴロウは短く頷く。
「アンタに従う。……いや、“従う”って言い方が嫌なら、アンタのやり方に乗る」
……うわ、話が急にまともになった。
殴ったのが効いたのか、私の理屈が刺さったのか、それとも――ゴロウの中で何かが折れたのか。
私はゆっくり息を吐いて、背後を振り返った。
「……という事で、なんか話はうまく進みそう、だけど」
コグリちゃんは口を半開きにして私を見てる。
ヤマトさんは笑ってる。
クリームさんは――目を合わせてくれない。ていうか、微妙に顔が横向きなのに、笑ってる気配だけがある。怖い。何その“面白いもの見た”みたいな空気。
「ミズホちゃん……」
コグリちゃんが震える声で言った。
「その……やると思ってたけど、想像の二段階上だった……」
「ウチはやる子だと思ってたわよ」
クリームさん、完全に楽しんでるじゃん。
しかも“褒めてるのに怖い”って、どういう技術?
「いや、よくやったなミズホ」
ヤマトさんが肩を叩いてくる。
「うん、よくやったよ」
……あれ?
私が想像してた展開と違う。
私の中では、ここで大揉めして、最悪逃げ帰って、マヨイ先生に怒られて、Zクラス攻略が地獄になる予定だったのに。
なんでこうなるの。
そして気づけば。
「――というわけで」
ゴロウが周囲に向かって言った。
「こいつが話を通す。文句ある奴は前に出ろ」
……待って待って待って。
え? それってつまり――?
周りの視線が、私に集まる。
さっきまでの“品定め”じゃない。
“認めた”目。あるいは“面白がってる”目。
どっちにしても、逃げられない。
(……嘘でしょ)
こうして私は、気づいたら――
Zクラスのトップみたいな位置に立っていた。
「なんで、こうなったのかな……?」




