第74話 ミズホと交渉テーブル
次の日。私たちはヤマトさんが呼び出してくれた“Zクラスの連中”と会うために、指定された場所へ向かった。
拠点を出る時点で、嫌な予感はしてた。先生が「他の先生も匙を投げるレベル」なんて言うんだもん。普通の待ち合わせじゃ済まないに決まってる。
で、到着したのが――古びた建物がぎゅうぎゅうに並ぶ街。
空気が重い。煤けた壁、割れた窓、路地の奥に積まれた金属くず。人の数は多いのに、笑い声がない。見られてる感じがして、首筋がぞわっとする。
(……これ、スラム街って言ってもおかしくないやつだ)
「この街は、この異界の中でヤンチャな奴らが多く集まる街なんだ」
ヤマトさんがいつもの明るい声で言うけど、目は油断してない。あ、やっぱり危ない場所なんだ。
既にこちらを睨んでくる人が数人いる。殺気までは感じない。でも、喧嘩っ早そうな雰囲気があちこちに散ってる。
私が住んでた異界にも似た街はあった。もちろん近づかないようにしてた。――つまり私は今、人生で一番“近づかないようにしてきた場所”に、足を踏み入れてる。
(生きて帰れるのかな……いや帰るけど。帰りたい)
そんな私の胃の痛みをよそに、ヤマトさんが足を止めた。
どうやら待ち合わせ場所の建物に着いたらしい。外壁は剥げ、看板も読めない。入口の扉は半分歪んでる。うん、雰囲気が最高に悪い。
「ここが待ち合わせ場所だ」
扉の影から、男が出てきた。
……学ランを着てる。なんで?学園にいるのに、わざわざ学ラン?
その時点でだいぶ危ない匂いがする。
「おう、ヤマトさんよ。いきなり呼び出したと思ったら、女連れかよ」
目つきが鋭い。口元だけ笑ってる。悪いことを一つや二つ――いや、もっとやってそう。
「こいつらは、オレと同じクラスの奴らだ。仲良くしてやってくれ」
ヤマトさんが軽く紹介してくれる。
「仲良くねえ……」
学ラン男が鼻で笑う。
「オレはイワタリ・ゴロウだ。まあ、よろしく頼むわ」
「あ、どうも……」
私はとりあえず頭を下げた。こういう時、礼儀は盾になる。たぶん。
……と思ったのに。
「テメェ、何者だ?」
「は?」
顔を上げた瞬間、ゴロウの視線が私の胸元あたりを“嗅ぐ”みたいに動いた。
「お前からは強者のニオイを感じる」
え?何言ってるの?怖いんだけど。
強者のニオイって、何?犬?いや犬でももう少し言い方あるでしょ。
「ああ、ゴロウはZクラスだけど、序列だけなら200位以内の強者だよ」
ヤマトさんがさらっと言う。
「……は?」
いや、待って。情報量が多い。
「ちょっと待って?なんでそんな人がZクラスにいるの?」
私が思わず聞くと、ゴロウは肩をすくめた。
「オレは元AYクラスだ。色々あって、今はZクラスにいる」
色々。
うん、その“色々”は深掘りしちゃいけないタイプの匂いがする。たぶん。絶対。
ゴロウは壁にもたれて、こちらを値踏みするように続けた。
「ヤマトさんから聞いた。お前らの担任のマヨイって先公は、なかなかイかれた奴みたいだな。このクラス制度による差別を無くしたいとか」
口元が歪む。
「まあ、AだのZだの偏見持たれるのは、いい気持ちでもねえがな」
……そこは共感できる。
私もさっきBクラスの嫌味を見てムカついたばかりだ。序列を知らない人ほど、見える肩書きだけで踏みにじってくる。
「じゃあ……協力してくれるの?」
私が聞くと、ゴロウはわざとらしく息を吐いた。
「ヤマトさんの頼みってんなら、聞いてやらねえこともねえ。だが、他の奴らがなぁ……」
視線が私たちを一人ずつ舐める。
「序列だけなら上かもしれねえが、大丈夫なのか?」
「クリームくん、コグリくんはオレが保証しよう」
ヤマトさんが即答する。
「ミズホくんは新参者だから、実力は分からんな」
……はい、来た。私だけ未確認。
この流れ、嫌いじゃないけど嫌い。テストされるの苦手。
「そういう訳だ。テメェの実力を見せてみろ」
ゴロウが短く言い切る。
「それ次第で今回の件について考える」
ええー……。
いきなり実力見せろって言われても。私、今日、体育祭の作戦会議しに来たんだけど?腕相撲大会じゃないんだけど?
「安心しろ。女を殴る趣味はねえ」
ゴロウはテーブルを指差した。
その上に置かれていたのは――拳銃。
「……え?」
目が点になる。
拳銃って、え、あの拳銃?人を撃つやつ?
ここ学園の近くの街だよね?何で拳銃がテーブルの上に出てくるの?治安どうなってるの?
「おっと、殺し合いをしようって訳じゃねえ」
ゴロウが手をひらひらさせる。
「ロシアンルーレットってやつだ」
「いや、おかしいでしょ!?」
思わず素で叫んだ。
「だって拳銃でしょ!?人殺せるじゃん!」
「大丈夫だ。弾は入ってるが、人を殺せるほどの威力はねえ。当たったら気絶する程度だ」
……それ、全然大丈夫じゃない。
気絶する程度って、普通に危険じゃん。
この人、頭おかしいんじゃないの?いや、Zクラスってこういうノリなの?やだよ、怖いよ。
「これで実力見せろってのがおかしくない?これで何が分かるの!?」
私が食い下がると、ゴロウはニヤッと笑った。
「ここはこの異界の中でもスラムと言われてる場所だ。コイツをうまく扱えねえと、生き残れねえぜ?」
別にここで生きていくつもりないんだけど!?
……って言い返したいのに、言い返した瞬間に“負け”になる気がした。悔しい。
私は深呼吸した。
怖い。ムカつく。理不尽。
でも――ここで引いたら、Zクラスの“導き”どころか、話し合いの土俵にも立てない。
(分かったよ。見せればいいんでしょ)
「……まあ、これで実力を見せろって言うなら」
私は一歩前に出て、テーブルの拳銃を見下ろした。
「見せてあげる。私の実力を」
闇の契約者だってことも、アンチフィールドだってことも――ここではまだ言わない。
言葉より先に“扱い方”で示す。そういうルールなら、合わせる。
心臓が早い。
でも、逃げない。
(覚悟を決めろ、私)




