第69話 ミズホと情報提供
「ほお、依頼を受けてくれるのは君たちか」
翌日。私たちダークキャッツは、セントラル・ノヴァ学園の最上階――学園長室の前に並んでいた。扉の取っ手はやたら重厚で、ノックの音まで変に響く。こういう場所って、入るだけで背筋が伸びる。……ルアナは伸びてないけど。
「まあ、君たちが私の依頼を受けてくれたのも何かしらの運命かもしれんな。依頼したいのは私の妹の事だ」
学園長、グレープ・ルーンフィリアは紅茶の香りみたいに落ち着いた声で言った。笑ってないのに、圧だけはある。にこり、とされるより、こういう無表情のほうが私は緊張する。
「妹……って」
「ルーシーさんですか?」とエリーが先に確認する。
「そうだ。最近、彼女が居る異界からは、ホーリーライトと縁を切るとか、ホーリーライトと戦うとか物騒な話を聞いてな……その件について調べて欲しいのだ」
「……あー……」
私は思わず視線をそらした。思い当たる、どころじゃない。むしろ、その“物騒な話”の当事者が、目の前に四人そろって立ってる。
結局、私は腹をくくって全部話した。ミドリーノシティで起きたこと。ルアナが捕まったこと。地下牢での非人道的な実験のこと。クレード少尉のこと。レオンさんとカインさんが――もう元に戻れない形にされたこと。火の粉みたいに胸の奥がチリチリして、途中で声が揺れそうになったけど、エリーが横で一度だけ小さく頷いてくれて、なんとか最後まで言い切れた。
「何と……そのような事が……」
学園長の眉がほんの少し動いた。たぶん、驚いてる。驚いてるけど……怒ってるかどうかは分からない。こういう人は、表情より“間”が怖い。
「なので、学園長が思ってる話は……まあ、間違ってないというか、事実ですね。はい」
私がそう締めると、学園長は指先で机を軽く叩いた。こつ、こつ、と規則正しい音。
「そうなると厄介だな……ホーリーライトを信仰する異界はほぼ全域に渡る。我が学園にも信者はいる。難しいな……」
そりゃそうだ。身内(妹)がホーリーライトと対立してる、なんて噂だけでも面倒だ。学園って、こういう“信用”が命みたいなところあるし。……いや、ここ異界だから、命は魔物も絡むけど。
「状況は分かった。まさか、こんな形で依頼が完了するとは思わなかったが……」
「え? 依頼完了でいいの?」
私が思わず聞き返すと、学園長はあっさり頷いた。拍子抜けするくらい、事務的に。
「仕方ない、約束だからな。さて、情報の報酬だったな」
「ありがたいですけど……私たち、火・水・雷・光・闇の五つの塔を探しています。火の塔の場所は分かってるんですけど、残りの塔の情報が欲しいです」
言いながら、私は端末をぎゅっと握った。やっと掴んだ“旅の芯”だ。ここで情報が手に入るなら、どれだけ楽になるか。
「ほお。それはこの世界の属性に関係する塔だね。分かった。君達の端末に、どの異界にあるか情報を送ろう」
「やったー……!ありがとうございます、学園長!」
思わず声が弾む。いやだって、今まで“手がかりゼロ”が普通だったんだよ? こういう、ちゃんと前に進む感じ、久しぶりで嬉しい。
「あの、学園長。そんなに簡単にもらっていいのですか?」とエリーが慎重に釘を刺す。
「もう少し複雑な情報を望めば依頼の難易度は上がったかもしれないが、これくらいならお安い御用だ」
……よし。貰えるものは貰っておこう。人生、そういうときがある。
「それにしても、ミズホ君とエリン君がホーリーライトのルーサー騎士団長と知り合いとは」
「知ってるんですか?」フライヤが反射で言う。
「彼奴は私の後輩だからな」
「え、後輩!?ってことは、学園長ってだいぶ年――」
ドカッ。
ルアナの脳天に、フライヤの拳が落ちた。乾いた音がして、ルアナが「ぐぇっ」と変な声を出す。私は反射で目をそらした。うん、それ以上は言わないほうが平和。絶対。
学園長は咳払いひとつせず、淡々と私を見る。
「まさか、ミズホ君は闇の力を使えるとはな。驚いたよ」
……やっぱり。実技試験で触ったあの水晶、ただの魔力測定じゃなかったんだ。闇まで見抜かれてた。背中に冷たい汗が流れる。
「おっと。君が闇の力を持っていたところで、別にどうこうするつもりはない。ただ――聞きたいのは、その闇の力をどうしたいのか」
その問いが、胸の奥を真っ直ぐ刺した。
闇の力を、どうしたいのか。
私は息を吸う。軽口で逃げられないやつだ。けど――逃げない。ここまで来たんだから。
(……答えは、ちゃんとある。私の中に)
私は学園長を見返して、言葉を選ぶために一拍だけ、間を置いた。




