第5話 ミズホと闇の精霊の出会い
闇の精霊の声が聞こえた。それも、私にしか聞こえないらしい。
……信じられる?
私自身、半分くらいは「夢オチじゃない?」って思ってる。だけど、それでもあの時――あの図書館の中で確かに聞こえた、低くて、不思議と重みのある声。その声が頭の中に直接響いた感覚は、どう考えても幻覚とは思えなかった。
「とりあえず、今日は帰るわ」
(……は?)
図書館の静寂に似つかわしくないツッコミが、脳内に響いた。なんか、さっきより語気が強いような?
「だってさ、もう遅いし。明日も授業あるし。私、テスト勉強もあるし」
(いやいや、ちょっと待て。それで帰るって、おかしくないか?)
おっと、闇の精霊さん、わりとノリがいい感じ?ていうか、思ったより人間味(?)あるんだけど。
「えー、だって。いきなり“我の声が聞こえるか?”って来られても、こっちはビビるし、何がどうなってるか分からないしさ。ていうか、あなた、どこから喋ってんの?」
(……む、よく分からん。ここは……どこだ?)
うん。精霊のくせに状況把握できてないの、どうなん?
こういうのって、もっと「選ばれし者よ……」的な厳かな演出じゃないの?
「ほらね。自分の居場所すら分からない状態で『我の声が〜』って言われても困るのよ。まずは、状況整理から始めようか。あなたの正体、どこにいるのか、なぜ私にだけ声が届くのか……」
(お前、やけに冷静だな)
「うーん……まぁ、こういうときって焦っても仕方ないし。今のところ、危害はなさそうだしね。それに、何が起きてるか分からないって意味では、私もあなたも同じでしょ?」
(ふむ。お前、なかなか面白いやつだな)
「どうも。よく言われる」
(……言われるのか?)
「半分くらいは社交辞令だけどね」
ああもう、何を言ってるんだ私は。
でも、この精霊――闇の精霊ってやつ、思ったよりも“会話が成立する”のが逆に怖い。もっと異質で、得体の知れない存在だと思ってた。実際、得体は知れないんだけど……。
(なら、我も今の状況を調べてみるとしよう。情報を集めてみる)
「助かるわ。こっちも何かわかったらまた来る。だから、次に話す時までに“闇の精霊とは何ぞや”ってのを、もうちょっと整理しといてくれると嬉しいな」
(……努力はする)
努力する精霊って。なんかもう、いろいろとツッコミどころ多すぎて、逆にちょっと親近感湧いてくる。
「じゃあ、また図書館で会いましょう。おやすみ、闇の精霊さん」
図書館を出た瞬間、声はピタリと止んだ。
静かな夜の空気。校舎の灯りが遠くにまたたき、星がちらちらと空に浮かんでいる。
さっきのやり取り……やっぱり、夢じゃなかったんだよね?
現実感がないのに、妙にリアルだった。
闇の精霊。闇の……精霊。
この世界には五つの属性があるって、教科書にも出てた。火、水、雷、光、そして闇。
でも、その中でも“闇”は忌み嫌われる存在。理由は単純。光の教団――ホーリーライトのせいだ。
「聖なる光こそが真実。闇は災厄、異端、滅びの象徴です」
……って授業で散々聞かされたけど、どうも私はその「真実」ってやつを、いま疑い始めてる気がする。
だって、闇の精霊と話してみて思った。
確かに不気味だったけど、怖いだけじゃなかった。
“闇”にも何か理由があって、役割があって、そういうものとして存在してるんじゃないかって。
とりあえず、これからやるべきことは山ほどある。
ひとつ、闇の精霊の正体を探ること。
ふたつ、なぜ私にだけ声が届くのか。
みっつ、この学園に闇の存在が“潜んで”いる理由。
そして、よっつ――このことを誰かに相談するかどうか。
正直、誰にも話せる気がしない。
光の教団の影響はあまりに大きい。
“闇”なんて口にしたら、異端認定まっしぐら。
でも。
私は、逃げない。
この声が聞こえた以上――知ってしまった以上、見届ける責任があると思うから。
明日、もう一度図書館に行こう。
すべての始まりに、もう一度戻って。
この奇妙な出会いに、ちゃんと向き合うために。