第56話 ミズホと牢屋の魔物
足音……? 何かが近づいてくる。
私はとっさに構え、エリーたちにも合図を送った。
「みんな、気をつけて――」
足音は次第に大きく、重く、確実にこちらへ。暗がりの向こうから、鎧を着た兵士が数人、ふらつくように姿を現した。
「ん? ホーリーライトの兵士かな?」
「いいえ、ミズホ。違うわ。あれは――」
フライヤの声色が一瞬で変わる。目の前の“兵士”たちは、生気がまるでない。濁った瞳、ぎこちない関節の動き。……ゾンビ?
「暗い牢屋にゾンビモンスターって……お化け屋敷かな?」
「おいおい、呑気なこと言ってる場合じゃねえぞ! これはヤバい!」
気づけば、私たちは四方を囲まれていた。
「この人たち、人じゃない!? 話しても通じなさそうだけど……」
「いいえ、エリー。『元』人間よ」
「元人間? フライヤ、それってどういう――」
「この地下牢の囚人たちだわ。……たぶん」
「はあ!? マジで。なんでこんなことに?」
「恐らく、人体実験が行われてたのね。噂には聞いていたけど……本当に……」
胸が冷たくなる。こんな非人道的なことが、この場所で。
でも、今は――。
「ね、ねえフライヤ。この人たち、倒していいの? 元は人なんだよね?」
「倒さないと、アタシたちがやられる!」
フライヤが躊躇なく槍を突き出す。
「なっ!?」
手応えはあるのに、倒れない。物理、通じない系!?
「じゃあ――これはどう?」
私は火の攻撃魔法を叩き込んだ。漫画やゲーム的に、ゾンビの弱点=火は定番。ここはセオリーでいく!
炎がまとい、うめきが上がる。燃える。効く。
……けど、一体燃えたくらいじゃ止まらない。炎に怯む様子もなく、次から次へと迫ってくる。
「火は通る……でも、ここで魔法を撃てるのはミズホだけか」
「アタシたち、何もできないっての……?」ルアナが歯噛みする。
「戦えないことを嘆くのは後! 今は生き延びるのが最優先!」
私は息を整え、両手を突き出す。
「道、開ける――ついてきて!」
燃え移らないよう炎の束を細く、速く、連射する。突破口を焼き切り、押し寄せる腕を焦がし、足を止めさせる。焦げた鉄と腐臭が混ざった匂いが鼻を突く。エリーが背後を警戒し、フライヤが槍で距離を保つ。ルアナは囚人たちの方へ決して目を逸らさない――その横顔が痛い。
「今!」
開いた隙間へ一気に滑り込み、私たちは階段を駆け上がった。石段が震えるほどの勢いで地上へ。最後尾のレオンが扉を叩き閉め、閂を落とす。
しばらく耳を澄ます……追ってこない。どうやら、あのゾンビたちは地上には出てこれないらしい。
ふう。膝から少し力が抜けた。なんとか、助かった。
――けれど、すぐに別の熱がこみ上げる。
「おい、フライヤ! 何なんだよ、アイツら! ホーリーライトでは、あんな非人道的なことが許されてるのかよ!」
ルアナの声が、怒りと哀しみで震える。あと一歩遅かったら、彼女だって――そう思うと、喉が焼ける。
「本当に知らなかったの! こんなことが行われてるなんて……」
フライヤの顔から血の気が引いている。拳を握りしめ、爪が食い込むほど。
「お、落ち着いて、ルアナ。フライヤを責めても意味ないって!」
私が割って入ると、ルアナは舌打ちして目を伏せた。
「……チッ。ミズホの言うとおりだ。悪かった」
静寂。地上の空気はまだ冷たいのに、地下よりはずっとマシだ。
けど、あの牢のことは、胸に鉛みたいに残る。
今は――ここから離れるのが先。
情報を整えるのも、怒りの矛先を定めるのも、そのあとでいい。
私は深呼吸をひとつ。
「行こう。ここはもう危険すぎる。まずは場所を変えて、落ち着いて作戦を立てよ」
エリーがうなずき、フライヤは短く「了解」とだけ言った。レオンとカインも素早く周囲を確認する。ルアナは最後にもう一度だけ地下の扉を振り返り、悔しさを噛み殺して顔を上げた。




