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第39話 クロと久々の精霊界

エリンの精霊――スザクに導かれ、我は久方ぶりに精霊界へと足を踏み入れた。

懐かしい匂い。空気の質さえ、我がいた時代とは違って感じる。柔らかく、澄んでいる。だが同時に、どこか落ち着かない。


ミズホ達のことは心配していない。いや、正確には心配ではあるが、あの二人なら困難を乗り越える力があると知っている。ミズホは己の道を選び、エリーはそれを支えると決めた。彼女達の覚悟は決して軽くはない。だからこそ、我は我にできることをすべきだ。遠くからではあるが、彼女達が歩む未来のために。


それにしても――精霊界は、随分と変わった。

視界に入る建物は、我の知るものではない。人間の手による建築に似せたものもあり、道を行き交う精霊たちは、どれも若い気配を纏っている。かつての同胞の多くはもういないのだろう。


「クロ君。いや、君の格を考えれば“様”をつけるべきかな? 喋り方も敬語の方が――」

隣のスザクがこちらを伺うように言った。


「いや、いいニャ。我に気を使う必要はない。喋りやすいやり方でいいニャ」


「ふふ、そうか。なら普段通りにさせてもらうよ。それにしても、どうだ? 久しぶりの精霊界は」


「……知らぬ建物、若き精霊の数々。我がいた時代とは随分と変わったニャ」


「建物は各異界の知恵を取り入れたものさ。暮らしやすくなり、精霊の数も昔よりは増えた。君の時代よりはね」


なるほど、と頷きながらも、胸の奥には言葉にできぬ違和感が残る。

――精霊は確かに増えている。だが、それは本当に「力」が増したということなのか?

今は考えるのをやめた。すぐに会わねばならぬ相手がいる。精霊王、マクスウェル。


まさか、奴が未だこの座にいるとは。気が滅入る……いや、少しだけ胸が高鳴るのも事実だ。


気づけば、我は王の間に立っていた。高い天井、広がる威圧的な空気。そこに座すのは――。


「マクスウェル様、彼を連れてきました」


スザクの声と共に視線を向ける。

そこにいたのは、人と竜を併せ持つような威容の存在――だが第一声は、場を裏切るものだった。


「あら〜、随分と可愛らしい姿になったのねぇ」


……何だその喋り方は。思わず、我の口から皮肉が漏れる。


「久しぶり、と言えばいいのかニャ? アンタ、まだ生きていたとはな。……大体、何ニャ、その喋り方」


その瞬間、奴の雰囲気がガラリと変わった。


「その言葉、そっくり返そう。若い精霊たちが、私の素のままでは声をかけられないらしい。だから“わざと”このように振る舞っている。それだけのことだ」


……確かに。我が知るマクスウェルは威厳そのもので、容易に近寄れぬ存在だった。そういう工夫をするのも、王としては必要なのだろう。


「それにしても……力を随分と失ったようだな。封印されたにしても、まだ戻りきらぬとは。それに、その姿――可愛らしいものだ」


「姿のことは放っておくニャ。それより、我が封印されてからどれほどの時が経った?」


「二千年……いや、それ以上かもしれんな。光闇戦争の時代以来だ」


――光闇戦争。

胸にざらついた記憶が蘇る。我が封印される原因となった戦いは、今ではその名で語られているのか。


かつて、光と闇は相克し合う力だった。だが、だからこそ均衡が保たれていた。光あっての闇、闇あっての光。その二つが並び立つからこそ、世界は成り立っていたのだ。


エリーが語った「全ての属性に意味がある」という信念。あれは、我が長き時を経てもなお真理だと感じている。


だがある時を境に、その均衡は崩壊した。光の力が弱まり、闇だけが“忌むべきもの”とされる流れが加速した。

我が封印されたのも、その動乱の果て。


――果たして今の時代に、再び均衡を取り戻すことはできるのか。

ミズホは、それを成すと信じているのだろう。ならば、我も……。

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