第1話 ミズホと始まりの予感
ここは魔法都市アルファ。
魔法が空気みたいに人々の生活に溶け込んでいる――そんな街。
そして私、篠崎ミズホは、この街にある名門「魔法学園ルーラ」の高等部2年生。
魔法が当たり前に存在するこの世界で、私はまあ、それなりに普通の生徒……のはずだった。
……少なくとも、私自身はそう思ってた。
でも現実は、ちょっと違ってたらしい。
「またあなたですか、ミズホさん……今月何回目です?」
「えーっと……五回?」
「十回です!サバ読むなら、もう少し現実的な数字にしなさい!」
生徒指導室のドアを開けた瞬間、アマンダ先生のため息が重く落ちた。
机の上に並ぶ報告書の束。うん、あれ多分ぜんぶ私関連。
「男子生徒を魔法で吹っ飛ばした?」
「あれは自己防衛ってやつです。むしろ感謝してほしい」
「無断で時計塔の屋上に立ち入った件は?」
「学園で一番星がよく見える場所って、あそこしかないんですよ?」
ふくれっ面で言い返す私に、先生はこめかみを押さえながら深く息を吐いた。
「全く……主席が一番の問題児なんて聞いたことがないわよ」
「私が主席なのは私のせいじゃなくて、テストの問題が簡単すぎるんじゃないですか?」
「そんなこと他の先生の前で言わないでよ……本当に嫌味なくらい成績いいんだから」
アマンダ先生とは、もう何度このやりとりを繰り返したか分からない。
怒ってるんだけど、どこか呆れて笑ってる。たぶん、嫌われてはいない……と思う。
「で、今回の罰なんですが……図書館の本の整理、お願いできますか?」
……出た。地味にしんどいやつ。
「えぇーっ!? あそこ万冊あるじゃないですか!? 文字通り"山"じゃん!」
「別に今日明日でやれって言ってないわよ。でもテスト前で図書館は大混雑。本が戻されないから、図書委員会が悲鳴あげてるのよ」
はあ、と肩を落とした私に、先生がふっと表情をゆるめる。
「それに、あなたにとっては、都合がいい場所じゃない?」
……あ。気づかれてた。
「夜、誰もいない図書館でこっそり勉強してること。私は言わないから」
「……努力がバレてるのって、地味に恥ずかしい」
私は要領が良いように見られがちだけど、実のところ、毎晩人知れず勉強してる。
魔法も学問も、私にとっては“武器”みたいなもの。だからこそ、人一倍、手を抜けない。
「でも、今度はきちんと校則の時間内にしなさいよ」
「はーい」
私は軽く手を振って、生徒指導室を出た。
先生の言うとおり、図書館の整理なら私にとっては悪くない罰。
静かだし、本に囲まれてるのも嫌いじゃない。なにより、星の資料が多いから、つい没頭しちゃう。
けれど――
私はまだ知らなかった。
その図書館で、“すべて”が変わる出来事が待ち受けているなんて。
魔法都市アルファの均衡を揺るがす、運命の歯車が静かに動き始めていた。