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死期

〈本番の春に取つとけ華ひとつ 涙次〉



【ⅰ】


「テオちやん。テオちやん。もう寢ちやつたの?」

「その聲は、ジョーヌさん」

 貴方は知つてゐた? 動物たちは深夜、こんなふうにテレパシーの交換をしてゐる。

 テオは犬語は分からなかつたけれども、人間の言葉を澤山覺えているジョーヌとは、會話出來たのである。


「だうしたの、ジョーヌさん」「つひに齒が拔けたわ。しかも犬齒よ。わたし、もう直きに、死ぬわ」「え!?」


「早いもので、あれから20年、經つたわ...ツール・ド・フランスで、功二郎さんが大ファンの、不屈の鉄人レキシントン・グラッスス選手がポール・トゥ・フィニッシュ。次回のマイヨ・ジョーヌ着用を決めた、その夜に、わたし、功二郎さんの家に貰はれてきたのよ」


問はず語り。


「だから、わたしの名は、ジョーヌ... 死ぬのは怖くなんかないわ。たゞ、口惜しいのは、自分のご主人を見送らずに、自分が見送られる立場だつて事、だけ」

「ちよ、ちよ、ちよつと待つて、ジョーヌさん。まだ自分の死期を決めつけるの、早過ぎやしませんか?」

「だつて、分かるものは仕方ないわ。わたし今日からきつかり二週間後、死ぬわ」


 それから、テオの涙ぐましい努力が始まつた。



【ⅱ】


 テオは、自分のPCに、ジョーヌの氣質、性格をインプットし始めた。と、同時に、安保さんに、人工頭脳搭載、精巧な犬ロボットの製作を、頼んだ。

「それは、だう云ふ譯?」と安保さん。


「ジョーヌさんが、ジョーヌさんが死んでしまふ」

「それは、彼女自身が云つてるのかい?」「さうです」


 それで、テオ、サイバネティクス工學に詳しい安保さんに、彼女の思ひ出を留める、ロボット犬の製作を依頼したのだ。

 だが、安保さんは、やんはりとだが、それを断つた。


「な、何故?」

「あのね... 動物にとつて、死に際の振舞ひつてのは、最期の通過儀礼として、とても大事な物、なんぢやないかな。きみのその發注は、それを踏みにじつてや、しないか?」

「う!...」


 確かに、安保さんは正論を云つてゐる。そんな事は、ハナからテオには分かつてゐたのだ。たゞ、彼は思はず、自分の死を、死に臨んだジョーヌを見て、想像してしまつたのだ。僕たちには、どの道、人間ほどの長命は約束されてゐない...



【ⅲ】


 次に、テオは、死神なる者について、考へた。子供の頃、テレビのアニメ・チャンネルで、『はじめ人間ギャートルズ』つてのを、観た。主人公ゴンの父親の許に死神が訪れるのを、誰かとすり替へて、なんとか命を長らへさせると云ふ話を、覺えてゐた。


 カンテラに、死神を斬つて貰はう!


 だが、カンテラも(うべな)はない。「テオ、死神は冥府の傳ひだよ。魔界の住人ぢやないんだ。殘念だが、俺の手には余るよ、それは」


 嗚呼。さうこうしてゐる内に、ジョーヌの命は刻一刻、擦り減つてゆく-



【ⅳ】


 じろさん。「これ、にやんこ」

 じろさんは優しく、テオを(たしな)めた。「うちのジョーヌの事をきみが思つてくれるのは、有難いが、俺は特に、獸醫師に延命治療なんか頼まないし、きみの思ひやりも、多分無駄な物だ、と云ひたい。彼女が死ぬ、と云つたら、それに従ふ迄だ」


 テオは泣きたかつた。然し、人間のように上手く泣けない。自分の口からは、たゞのおらび聲が發せられるだけなのが、余計に悲しかつた。


 そして、自ら定めた刻限どおりの日、ジョーヌは眠るやうに、逝つたのだつた。死神は彼女にふんはりと毛布を掛けるみたいにして、彼女の命數に終止符を打つた。



【ⅴ】


 今回はカンテラは何物も斬らない。惡者など何処にもゐない。

 多分、じろさんの愛し方が、一番正しいのだらう。だが、テオは最後まで足掻きたかつた。自己滿足に過ぎない、とは分かつてゐたが。

 

 さう云ふお話でした。お仕舞ひ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈猫の目のと云ふ譬へが例へありそんな事すら残酷な春 平手みき〉


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