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ノー・スカーレット

作者: うーゆ


 日の光を遮り、銀色の雲がみるみる空を覆った。

 山道を一人歩く青年は立ち止まり、鬱陶しそうに見上げる。


「良くないな……」


 呟いた端から早速、空から灰色の結晶が降って来た。

 青年は外套のフードを被り先を急ぐ事にする。

 その右手の甲には、花を象った刺青が刻まれていた。


 周囲の山や谷には既に灰色の結晶が雪の如く降り積もっており、青年の歩く山道も瞬く間に灰に覆われていく。

 風に煽られて吹き飛んだ結晶が煙幕のように視界を遮って広がり、景色は様変わりした。

 道を外せば、谷を転がる事になる。

 青年は慎重に歩を進めた。


 踏み締める度、灰は砕けた硝子細工に似た悲鳴を上げた。

 この降り積もる灰色の結晶は、魔導兵器の影響で枯渇し、自然の摂理を外れたマナの残骸である。

 三年前にようやく終戦となった大陸大戦の負の遺産の一つに数えられ、『灰色の死』と呼ばれた。

 人体への害は認められてはいないものの、力の調和が崩れたこの灰色の世界には最早、人が住む余地は無かった。

 順調に歩を進める青年は、山道を上がって下る。

 だが、灰色の谷に突如として木霊した、低い獣の咆哮。

 彼は足を止め、焦り、警戒した。

 『灰色の死』が蔓延する中、未だ活動している生物。

 もう一つの負の遺産である生物兵器、『ユニオン』である事は明確であった。

 生物の概念を捻じ曲げられた大量殺戮兵器。

 戦争が終結した後も人を殺し続ける、技術の驕りが産み出した罪その物である。


 唸り声は尚も近付いて来る。

 そして。

 灰の煙幕を裂き、ソレは不意に正面から現れた。

 丸太を数十本束ねたような質量の胴体を引き摺り、爬虫類を思わす四肢と長い尾。

 頭部と呼ぶべき場所には人間によく似た大顎が据えられているのみで、目はおろか鼻や耳も無い。

 どうやって獲物を捕捉しているのかは定かではないが、その探知能力は確かなようで。

 更に一声叫ぶと、巨体に似合わず機敏な動きで突進して来た。

 青年は咄嗟に谷側へと飛び降り、灰の中から一角を覗かせていた大岩の上へと着地した。

 しかし、その瞬間周囲の崖は丸ごと崩れ、青年は成す術無く谷底へと誘われる。

 空へと伸ばした手は虚空を掴み、灰色の景色が遠ざかって行った。



 


 ──青年は目を開けた。

 未だ、空からは深々と灰が降っている。

 身体を起こすが、奇跡的にかすり傷だけで動ける。

 降り積もった灰の山が受け止めてくれたようだ。


「悪運が強いのか、死ぬべき場所で死ねという事なのか……」


 自嘲気味に笑い、青年は立ち上がり歩を進めた。

 空が狭くて遠い。

 見回すまでも無く谷底であった。

 考え方によっては、『ユニオン』と遭遇する事も無いと言える。

 徐々に狭く細くなる谷底の道だが、進む先に光が見えていた。

 壁を抜け出るように拓けた場所に出た青年は、絶句する。

 周りを崖に囲われた、自然の牢獄とも言い表せる場所。

 その灰色で覆われた大地の上に、折り重なるようにして無数の『ユニオン』の死体が無造作に転がっていたのだ。

 死体は大小異なり、中には人型の物まで混ざっている。

 凄まじい数と、漂う腐敗臭に青年は顔を歪めた。

 『ユニオン』の素材は生きた人間だと聞いた事がある。

 そして、実際に生物兵器として育つのは、半数以下だという事も。

 恐らく、ここに有る死体は廃棄された物だろう。


「そういえばお前達も、犠牲者だったな……」


 青年は、自らの右手の甲の花の刺青へと視線を落とす。

 互いに国の為に闘い、無惨に命を利用された。

 哀れな犠牲者達。


「ん?」


 その時。

 青年は視界の端に、動く物を捉えた。

 身体ごと振り向くが、有るのは死体の山のみ。

 気のせいにして立ち去ろうと考えたが、今度は丁度目の前で、モゾモゾと動いて見せた。

 それは、頭の頂上から爪先まで包帯のような呪印にくるまれた人型の何か、であった。

 まだ息が有るのか。

 投棄されてから日が浅いようだ。

 青年は暫く、何かを眺めていたが。

 非情な世界で小さな情けを掛けた。

 せめて、今の空を見てから死んで欲しかった。

 頂上の呪印を外すと、全身の包帯は一気にゆるんだ。

 現れたのは。


「お前、感謝するぞ」


 目の錯覚か、美しい少女の顔であった。

 少女は立ち上がると、身体に包帯を巻き付けたまま、後方へ大きく宙返りをし、『ユニオン』の死体の山の上に着地した。

 その勢いで全身の包帯が外れ、彼女の翡翠色の髪が旗のように靡いた。

 これが、彼女との。

 後に青年の妻となる、アリアとの出会いである。 




 谷底から抜け出し、山頂に差し掛かるまで丸一日を費やした。

 その間、アリアは青年から物理的な距離を置いて着いて来た。

 彼女が身に纏っているのは包帯と、青年から半ば強引に奪った外套だ。


「もう少し歩いたら、休憩しよう」


 青年は誰に言うまでもなく、そう言った。

 灰は止み、空は澄んでいる。

 『灰色の死』が濃い場所から離れていっているからだ。

 地図上では、この山を越えた麓に国があるらしい。


「むぅ~~」


 アリアは不機嫌そうに目を細めながらも、青年の後を追う。

 時折足を止めて振り返ると、アリアもまた、足を止める。


「か、勘違いするなよ! 進む方向が同じだけだからな!」

「分かってるよ。ああ、あの場所で休めそうだ」


 青年は平たい一枚岩の上に腰を下ろすと、荷物を広げ始めた。

 アリアは、その前をスタスタと歩いて素通りを図る。


「君は休まないのか?」

「当たり前だ、私は急いでいる。私を処分した奴等に復讐してやるんだからな。助けて貰った事には一応感謝しているが」

「肉有るけど、食べるかい?」

「……食べる」


 アリアは呆気なく早足で戻って来ると、青年の隣にチョンと座り、肉が焼けていく様を観察し始めた。

 彼女は、自らを『ユニオン』だと言い、名前を教えてくれたが、それ以外の事は何も話さなかった。

 特に敵意が無いので、警戒はしていない。


「んまんま」


 上機嫌で肉を頬張るアリアは、純粋無垢な少女であった。

 察するに、兵器として育たなかったので廃棄されたのだろう。

 彼女に化け物としての面影は見当たらない。


「なあなあ、お前は何処に行くんだ?」


 餌付けの効果は凄まじく、肉を平らげたアリアは興味津々といった様子で訊ねてきた。

 久しぶりに人と話した為か、アリアの無垢な瞳に嘘が吐けなかったのか。

 青年は一度、空を仰いでから答えた。


「俺は、霊峰を目指しているんだ」

「レイホー?」

「あの山だ」


 青年は遠くに聳える、巨大な山脈を指差した。

 そうしてから、ゆっくりと、右手の甲に刻まれた花の刺青をアリアへと掲げる。


「それは何だ?」

「『呪い』だよ。とても強力で、厄介な『呪い』さ。俺はこの『呪い』を解く為に、霊峰を目指している。故郷に妹を一人残してな」

「そっか」


 アリアは霊峰を眺めながら背伸びをした。


「でも、私にとっては幸運の『呪い』だ。そのお陰で私は死なずに済んだし、肉も喰えた」


 思わず、青年は吹き出した。


「ははは、その発想は無かったよ。確かに、君にとっては幸運の『呪い』だな」

「むぅ、笑うとは何事だ! 私は真剣に言っているんだぞ!?」


 アリアは顔を真っ赤にして怒ったが、愛らしさの方が遥かに優っている。


「悪かった、謝るよ。そう言って貰えて、嬉しかったのさ。ありがとう、アリア」


 青年が微笑むと、アリアは顔を更に真っ赤にして顔を背けた。

 そのまま一人で出発してしまう。

 ゆっくりと広げた荷物をまとめていると。


「おい、何してるんだ! 早くしろよ!」


 そんな台詞が谷に反響し、クスリと笑う。


「分かった、直ぐに行く!」


 叫んで、青年は荷物を背負って駆け出した。

 ほんの、僅かな気紛れである筈だった。



 麓の街に到着したのは、それから三日後。

 アリアとも打ち解け、行動を共にするのが当たり前になっていた。

 そのせいもあり、初めて見る巨大な人の波に完全に飲まれているアリアは、青年の腕に抱き付いたまま離れない。


「あ、おい。あんまり離れるな!」

「いや、こんなにくっ付いてたら動き難いだろ?」

「お前は私よりも歩き易さを取るのか!」

「君は廃棄した人間に復讐するんだろ? 人間に怯えてどうする?」

「今はその時ではない!」


 アリアは青年にピタリと寄り添い、離れない。

 仕方無く、青年はそのまま近くの店に入店する。

 品揃えから食料を扱う店である事がアリアにも分かった。


「いらっしゃい」


 店の店主である男が話し掛けてきた事で、アリアが更に腕を強く締め上げる。


「すいません、少し食料を分けて頂けませんか?」


 そう言って、青年は右手の花の刺青を店主に見せる。

 すると店主は驚愕し、祈りを捧げるように青年へと頭を垂れた。


「すなねぇな、兄ちゃん」


 そして青年とアリアの分の食料を無償で用意すると、少し哀れむような視線と共にそんな言葉を手渡した。

 アリアは首を傾げたが、青年は何も語る事無く、次の店で今度は衣服を貰い受ける。

 服屋の女店主は目の端に涙を浮かべ、青年の肩を叩いて激励してくれた。

 それからアリアに服を用意しながら青年へと微笑んだ。


「貴方は、夫婦で旅をしているのね」


 右手の花の刺青を見ると、街の人間は青年へ祈りを捧げ、何故か一様に温かい感謝の言葉を口々に送る。

 しかしアリアには、それよりも気になった言葉があった。


「なぁ、夫婦って何だ?」

「……結婚した男女の事だよ」

「結婚って、何だ?」


 青年は少し考えた。


「う~ん。好きな人と、ずっと一緒に居る事かな」

「なら、私とお前はもう夫婦だな!」

「ええ……!? いや、それは色々と誤解がある」

「何だ、私と一緒じゃ嫌なのか! 私はお前の事は好きだぞ」

「いや、そういう意味じゃなくてだな。俺は……」


 どう説明したものかと、青年は頭の後ろを掻いた。

 一つ、思い付く。


「そうだ。結婚するには、ほら、指輪が無いとな」

「指輪? なら、くれ」

「くれ、と言われてもな……」

「さっきみたいに貰えば良いだろ?」

「いや。そればっかりは、買わないと」

「面倒だな」

「ああ、面倒だ。今日はもう日が暮れる、休む場所を探そう」


 青年はどうにか誤魔化し、アリアを伴って宿を取った。

 流石にベッドは別々にしたが、アリアは不満そうだった。

 次の日の朝。

 一足先に起きていた青年がアリアの所へと戻ると、アリアが抱き付いてきた。


「置いて行かれたと思ったぞ!」


 涙ぐむ彼女のその台詞を聞いて、青年は初めて胸が締め付けられる感覚を覚えた。

 アリアとは出会って間もない。

 が、絆は着実に強く結び付いてしまっていた。

 後悔が、責任が、上着のポケットから出掛かっていた左手を制した。

 こんなつもりでは無かった。

 アリアを街まで送ったら、別れるつもりでいて。


「すまなかった」


 青年はそう言って、アリアを抱き締めた。

 自分は世界を、彼女を、軽く見ていたのかも知れない。

 アリアには言わなければならない。

 みっともない言い訳より、真実を。



 ──そして。

 それから、更に三日後。

 霊峰の中腹を通過した青年とアリアは、山頂を目指して歩を進めていた。

 霊峰もやはり灰が積もり、灰色の山脈が連なっている。


「まただ」


 アリアが立ち止まって呟く。

 五感が鋭いアリアは、霊峰で時折轟く地鳴りが気になるようで、こうして足を止めるのだ。


「アリア」

「ん。何だ?」

「少し、話がしたい。聞いてくれるか?」

「ああ、いいぞ!」


 アリアはニカッと笑い、青年と共に再び歩き始める。


「俺達が今いる大陸では、二つの大きな国が長い間、戦争をしていた。お互いの国を滅ぼす為に、『ユニオン』や魔導兵器を作って」


 もう目と鼻の先に見えている山頂を見据えつつ、青年がアリアの手を取って話し始める。

 アリアは嬉しそうに、青年の手を握り返した。


「俺の右手の『呪い』も、そんな戦争の兵器の一つだ」


 繋いだ手の温もりを感じながら、青年は続ける。


「これは火薬なんだ。任意で起爆して、俺の命と引き換えに敵を吹っ飛ばす事が出来る。戦争に参加した兵隊全員に刻まれた、消えない『呪い』さ」


 アリアは酷く不安な顔をした。


「で、でも! 霊峰へ行けば、消せるんだろ? お前はその為に目指しているんだろ!? ほら、あと少しだ」

「──戦争が終わって、二つの国は和平条約を結ぶ事になった。その為の条件の一つに、魔導兵器の武装解除が挙げられている」

「……お前、何言ってるんだ?」

「この『呪い』を持つ兵隊全員の所へ、政府から通達が来た。霊峰山頂にある施設へ向かい……起爆しろ」


 アリアの耳に、再び地鳴りの音が届いた。


「兵隊全員の排除。その確認を持って、正式に和平条約が締結させられる。要はお互いに、戦争が出来そうな武器は捨てて、手を取ろうって事だ」

「……死ぬのか?」


 アリアは立ち止まり、力無く俯いた。


「お前は、死ぬのか?」


 青年はアリアの手を離し、震える彼女から少しだけ離れた。

 二人の間に暫くの沈黙が流れた後。


「私は、一人か……?」


 アリアの足元の灰に、悲痛な言葉と共に染み入る。

 顔を上げた彼女の頬を伝う、大粒の涙だ。


「ふざけるなっ! 私はお前と一緒に居る! お前が死ぬなら、私も死ぬ! いつまでも、どこまでも一緒だ!」


 地鳴りのように吼えるアリアを見て、青年は穏やかに笑い、そっと、彼女の身体を抱き締めた。


「君と出会えて良かった。君が側にいてくれて、この数日間、俺は本当に幸せだった。心から、君を好きになった」


 それが別れの言葉である事を、アリアは理解していた。

 もう覚悟は決まっていて、覆らない事も。


「俺はこの先もずっと君が好きだ。でも、だからこそ、さようならなんだアリア。平和になった世界で、君には生きていて欲しいんだ」


 青年は涙を流し続けるアリアの唇に、優しく口付けた。

 強く抱き締め合い、最後の時を分かち合う。

 暫くそうして、納得出来ないまま離れて。


「もう行くよ。宿の主人に、俺の故郷への行き方を書いた地図を渡してある。全部終わったら、目指すといい」


 アリアは一度だけ頷くと、背を向けた。

 そして、歩き出した。

 青年もアリアに背を向けて、歩き出す。


「幸せにな、アリア……」


 青年は涙を流しながら山頂を目指して歩いた。

 出会わなければ、こんなに苦しくは無かった。

 だが、それ以上に幸せだった。


 青年は山頂の施設に辿り着いた。

 中には政府の人間がいて、照合が行われた。

 故郷の家族への支援金の手続きが終わり、特別頑丈だという空間に通された。

 青年は実に穏やかな気持ちで、最後の任務を遂行した。


 


 和平条約締結から、一年後。

 稼働中の『ユニオン』の駆逐が行われ、物流が安定し、少しずつ世界が変わってきた頃。

 霊峰から離れた田舎街で、赤毛の少女が鍬を片手に畑を耕していた。


「おーい、マリーさん!」


 すると、少女……マリーは、鍬を持った男性に声を掛けられた。

 汗を拭って話を聞くと、なんでもマリーを探しているという一人の少女が家を訪ねているらしい。


「直ぐに行きます!」


 マリーは鍬を放って、自分の家へと走った。

 訪ねて来る人物に心当たりがあったからだ。


「ごめんなさ~い!」


 マリーは息を整え、家の前に立っている翡翠色の髪の少女……アリアと合流した。

 アリアは目を丸くしたが、直ぐに笑いに変わった。


「お前が、マリーか?」

「はい、そうです。貴女がアリアさん、ですね」

「驚いた。私を知っているのか?」

「あの、詳しい話しは、中で」


 そう言われ、アリアは家の中へと招かれた。

 アリアが訪ねて来る事は、青年との手紙のやり取りで知っていたのだという。


 戦争で両親が他界し、青年が兵隊となってからは、マリーは一人だったらしい。

 独りで暮らすには広い家は、幾つも部屋があった。

 水を一杯貰った後、アリアは青年が使っていたという部屋に案内された。


「確かに、アイツの匂いがするな……」


 椅子に腰掛け、何処か懐かしい雰囲気に包まれたアリアは、目の端に涙を浮かべて暫く過ごした。

 来て良かったと思う。

 それから、青年が読んでいた本や愛用の机、羽ペンを次々と手に取り、思いに更ける。

 自分の気持ちが今も変わらない事を確認したアリアは、早々に立ち去る事にした。


「もう、良いんですか?」

「ああ。アイツの匂いを思い出せたからな。これ以上居たら、私は駄目になる」

「これから、何処へ?」

「少し、世界を回ってみるつもりだ。アイツの守った世界を、私は見てみたい」

「そうですか。では、アリアさんにコレを」


 マリーはそう言って、封筒を差し出してきた。


「兄が、アリアさんに向けて出した物らしいです」


 裏返すと、確かに『アリアへ』と書かれている。


「ん、分かった。貰って行くよ」


 アリアは封筒を丁寧に鞄へと仕舞い、マリーに手を振った。

 のどかな麦畑の風景を眺めながら歩き、荷馬車を捕まえて乗せて貰った。

 空は青く晴れ渡り、太陽は光の枝を伸ばす。

 その恩恵を受けた大地を駆ける荷馬車の上で、アリアはマリーから受け取った封筒を取り出し、開いた。


「……っ!」


 中に入っていた物を見て、アリアは思わず片手で口元を覆った。

 ポロポロと、溢れた涙が封筒に滴り落ちる。

 どうにか嗚咽を堪え、一緒に入っていた短い手紙を開く。


『直接渡せなくて、すまない。俺は今でも君の事を、愛している』


 その手紙の文字も、滲んでいく。

 温かい涙で。


「ああ……私もだ……」


 アリアは、封筒に入っていた指輪を握り、胸の前に引き寄せた。


「私も、お前の事を……愛している……!」






 Fin






お読み下さり、感謝の極みです。

後書きには後日談をぶっこみましたので、良ければどうぞ。

 ↓







 最愛の人と霊峰で別れ、『呪い』を起動させた。

 火薬は命を糧に大規模な爆発を引き起こす。

 一瞬で肉体は粉々になっている筈であった。


「……?」 


 未だに消失しない感覚と意識に違和感を覚え、青年は恐る恐る目を開いた。


「え……?」


 天国でも地獄でもない。

 ここは霊峰の山頂にある施設の、起爆をする為に通された空間だ。

 確かに起爆した。

 だが、何故か未だに、ここに立っている。


「俺は、一体……」


 青年が自らの右手に目をやると、花の刺青は炎を象ったモノへと変化していた。

 そして同時に空間に響く、乾いた拍手の音。


「いやいや、おめでとう」


 青年の前に現れたのは、一人の男であった。

 身なりからすると、政府の人間。

 それも、上の立場の。


「君は、その呪いの火の同位体となった。本当におめでとう、貴重な成功例だよ」

「どういう事だ?」

「君には全て話そう。場所を移そうか」


 青年は男の案内で客室に通された。

 椅子に腰掛けると、白衣を着た別の男達がやって来て、何やら火の刺青に四角い金属の箱を近付けている。

 暫くすると、目の前に腰掛ける政府の男に一枚の紙が手渡された。


「うん、値も正常だ。安心して良いよ、もう起爆の心配は無い」


 青年は男を睨んだ。


「おっと、悪いね。説明が先だった」


 男は青年に一枚の紙を手渡した。

 そこには、花の刺青と炎の刺青の絵が書かれている。


「魔導兵器って、知ってるよね。大気や大地のマナを収束して起動する兵器で、『灰色の死』を生み出してしまう致命的な欠点が有るんだけど。つまり人類はマナを、外から集めないと魔術が使えない。そこでね、人間自身がマナを生産出来るようにならないかって、政府は考えた」

「まさか……」

「そう、それが花だ。人体に直接術式を組み込んで、身体を魔導回路に変化させる。でもね、身体に術式が馴染むのは極稀である事が分かった。適合した同位体は君が初めてさ」


 男は席を立ち、客室の窓から下を覗く。

 丁度、起爆空間が下に望める。


「成果が無いまま戦争が終結したから、急遽この場所に研究施設を移したんだけど。まあ、向こうにコッチの意図が悟られなくて良かった。和平条約の条件に上手く被せられたのが効いたね」

「ま、待ってくれ! もう戦争は終わっただろ!? 俺達が犠牲になって、それで……」

「表面上は、ね」


 男は目を細めた。


「和平条約締結に向けて、互いに戦力を捨ててはいるよ? けど、あの国では水面下で生物兵器の研究が続けられている。奴等は既に新型『ユニオン』を開発し、投棄と称して地上に送り込んでいた。近い未来、必ず奴等は仕掛けてくるだろうね」

「馬鹿な!」

「そこで、君さぁ。その開発した新型兵器、壊してくれない? こっちの切り札としてさぁ」


 男は不敵に笑い、青年に交渉を持ち掛ける。


「勿論、君の生活は保証する。和平条約が締結するまで大人しくしていれば、家族の元へ戻っても良い。でもその時が来たら、分かるよね?」

「……。」


 青年は何も言わず、軽く頷いた。

 家族の元へと戻れる。

 妹にも、妻にも会えるかも知れない。

 それは魅力的な台詞であった。

 青年は知らず知らずの内に、過酷な運命を承諾するのだった。

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