白い結婚継続中。
「すべては豊作だった事が原因だと思われます。こちらの報告書では穀物の在庫数量は金額換算されていませんものね。税収の大半が穀物の現物であるレイングラード領では予算に合わせて穀物を現金化する必要があるのですが、豊作で予想以上に値崩れしてしまったのが原因でしょう。まあそこまで値崩れしている市場に必要以上に出すのは損ですから、予算が赤字になるからと慌てて売りに出す事が無かったことも幸いでした。ですから。豊作による税収増ということで在庫はかなり潤沢です。特に問題はありませんわ」
マリエルの澱みない声に、家臣の皆は満足げに聴き入っていた。
すべては俺の勘違いだったということか?
そうか。
良かった。
本当に、良かった……。
昼食はオニオンスープに若鶏のソテーだった。
これは……。
あの日、金華亭で食べたのと同じメニューだ。
まさか……。
一口食べて確信した。
これはあの時と全く同じ味付けだ。
もしかしたら、いや、もしかしなくてもこれを用意したのはマリエルなのだろう。
俺のために?
思い出のあの料理を出してくれたのか?
嬉しかった。
家臣らに囲まれ笑顔で応えるマリエル。
そんな彼女の笑顔も久しぶりに見ることができて。
俺は、幸せな気分に浸っていた。
食事が終わった後、中庭に彼女を誘う。
どうしても二人きりで話がしたくって。
彼女も、ついてきてくれた。もしかして、少しは蟠りも解けたのだろうか?
「ありがとう」
「いえ。ジュリウスさまはお義父さまからお仕事を引き継いていらっしゃらなかったんですもの。しょうがないです」
「それだけじゃない。俺はほんと考えが甘かった。もっと勉強しなければって反省しているよ」
「それなら、良い先生がいらっしゃいますわ。もし宜しかったら紹介しましょうか?」
「それはありがたい、けど、君が教えてくれればもっと嬉しいけれど」
「でも、わたくしはあと半年ですし、それでは引き継ぎくらいの時間しか取れませんし……」
っく、まだそんなことを。いや、ここでちゃんと話さなければ。
俺は彼女の腕を掴み。
「君と別れたくない。なんとかやり直せないだろうか」
そう切り出した。
彼女は、心底驚いたといった顔でこちらをじっと見ている。
ああ、信じて貰えなかったのか……。
そう、落胆し項垂れる。
きっと情け無い顔をしているのだろうな。
そう落ち込んでいると。
「どうして……。だって……」
そう、つぶやくような声が聞こえた。
「どうしてって。だって俺は君のことが好きなんだ。別れたくないに決まっているだろう?」
そう、すがるように声を絞り出した。
「でも、『わかれよう』そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。わたくしも、やっとそのあなたの言葉が正しかったのだと思うことができるようになったところだったのに。どうして今更そんなことおっしゃるの……」
泣き出しそうな彼女。まだ幼い頃の面影の残るそんかわいらしい顔が、くしゃくしゃっと歪む。
「ごめん。ほんとうにごめん。君がそんなに思い詰めるほど傷ついていた事に、俺は思い至っていなかった……。ほんとうに、ごめん」
情け無い。
この後に及んで彼女を泣かせるだなんて。
そんなつもりは無かった。
なかったんだ……。
「俺は、どうすればいい? どうしたら君に許してもらえるんだ……?」
吐き出すようにつぶやく。彼女に聞こえていなくてもいい。いや、こんな言葉、聞こえていない方がいい……。
さっきまで泣き出しそうだった彼女がキョトンとして俺を覗き込んでいる。
ああ、こんな情けない俺はおかしいよな。それでも、俺は……。
「許すも許さないもありません、わ。ごめんなさい。わたくしも、ずっと勘違いしておりました。ジュリウスさまは美しくて綺麗で貴族の中の貴族のような方で、わたくしの憧れでした。でも……」
覗き込む彼女の顔が、少し緩んだ。
「あなたも、同じ人間だったんだって。わたくしとおなじくらい、間違ったり後悔したりするんだって。わたくしのほうこそ、あなたを勝手に偶像化して恋に恋していたんだって」
「マリエル……」
「やりなおしましょう。さいしょから。きっとわたくしたちは最初の出会いから間違っていたんです。ですから、最初からやりなおしませんか?」
「それじゃぁ」
「お互いに、相手を知るところからはじめてみませんか? 幸い約束の離婚時期まであと半年ありますし……。その間に本当に最初っから関係をやり直してみましょ」
「半年、は、変わらないの?」
「それは。半年後に決めれば良いんじゃないでしょうか? もう一度ちゃんと夫婦として生きていけるのか。できないのか。それまで、白い結婚を継続しましょ?」
「でも、それって……」
「もちろん、わたくしは今はお仕事が楽しくてしょうがないので、それを諦めるつもりはありません。それでもよければ、ですわ。ジュリウスさまさえそれでよろしければ……」
いたずらっぽく微笑むマリエル。
ああ、負けだ。俺は君が好きだ。これはもう魂に刻み込まれてしまっているらしい。
どんな条件でもマシだと思う。君を失う事を考えたら。
自分を鍛え直して君の心を振り向かせるしか無い、のかと。
そう誓う。
こちらを見て微笑んでいる君に。
FIN




