新しい世界。
「遠くに行きたい……」
「じゃぁ、隣国にでも行きますか?」
「え? ジン」
「俺が思うに、お嬢は少し頭を冷やした方が良さそうだ。このままじゃ考えすぎて身体の方まで参っちまうかもしれませんしね。それに」
実家の部屋に篭りきりのわたくしを案じてか、お仕事の采配の兼ね合いもあってか、ジンもすっかり伯爵邸で寝泊まりしている。
お父様ったらメアリィもこちらに呼び寄せたし、エルも今はこの屋敷で働いているし、で。
わたくし的には今の生活には何にも困ったりはしないんだけれど。
「伯爵は激怒していましたからね。当分は侯爵邸に戻るのは無理でしょう。というか侯爵側は離婚に応じるつもりはないようで。お嬢は今でも侯爵夫人のままですけどね。それでもこのままこの家に篭りっきりになるのはやっぱり良くないですよ?」
「でも……」
「なあに、金華亭はもうちゃんと軌道に乗ってますからね。今はテコ入れの必要はありませんし、従業員たちもちゃんと育ってます。お嬢を見てきてますからね、ちゃんと『何をしなければいけないのか』ってみんな理解してますよ。まあだから、問題なのは雑貨店、プティキャットの方ですよ」
「そうね。プティキャットには特にこれといった目玉になる商品もないですし」
「ですよ。基本的にグラン商会からの仕入れだけですからね。逆に言えば、グランにあるものしか無い、です。そんな状態で経営が上手く回っていくわきゃありませんね」
「でも、しょうがないじゃない。独自の仕入れルートなんてわたくしにはないもの。物販のお店で個性を出す方法は内装や品揃えだけですもの」
「で、グランと同じものをグランより高い原価で売る、と。それじゃぁいつまで経ってもグラン商会の小売店って枠から出られませんよ。まあそれなりにいいものを回してもらってますから、ちゃんとお客は途絶えず来店してくれていますけどね。でも、ずっとそんな状態で、いいんです? お嬢は」
「良くは、ないわ。でも……」
「だからです。この機会にちょっと外の世界を回ってきませんか? 侯爵の坊ちゃんと約束した期限は一年なんでしょう? その一年があれば、外国を回って見聞を広げたりも、仕入れ先の開拓もできるんじゃないですか?」
「でも、いいのかしら……」
「まあ、グラン商会の通商ルートがありますからね。最初はそれを頼りの旅になりますが。それでも、ただグラン商会の仕入れてきたものを売るだけよりも、自分の目で色々見て選ぶことはできますよ。伯爵なら侯爵家にお嬢を取り返されるよりはマシだって賛成してくれそうですしね」
新しい世界への扉が開く。
ジンの言葉に、そんな光景が目の前に広がっているような気がした。
「当然、俺はお供しますよ。だから道中は大船に乗ったつもりで任せてください」




