手紙。
いつものように金華亭に出勤し働いていると、事務所の方にわたくし宛のお手紙が届いているという連絡があった。流石に貴族らしい封蝋に印璽が押してあるお手紙を勝手に持ってくるわけにもいかず、とりあえず報告にだけ来たという小間使いのエル。
「ありがとうエル。じゃぁ今日は先に事務所の方に行かなきゃかしら」
「そうしてくださいお嬢様。貴族からの手紙だなんて何があるかわからないと、事務長のジン様はビビっちゃって」
「どこからかはわかるの?」
「それが、表には差出人の名前がみあたらなくて。手紙を持ってきた使者もどこの家か名乗らなかったそうです」
「うーん。マリーゴールド商会がグラン商会の分家みたいなものだっていうのは商売人の中では知れ渡っているとは思うけど、貴族にもどうかって言われたらわからないものね。もしかして、急いでお返事しないと怒らせちゃうようなお手紙でもいけませんしね。しょうがないです」
そう言って、着替え直して外に出る。もう日が暮れて空は赤紫に染まっていた。ここから事務所まではほんの少しの距離だとはいえ、こう薄暗くてはやっぱり一人じゃ少し怖い。
「いつもごめんねエル」
「いえ。お嬢様のお役に立てるなら嬉しいです」
護衛がわりにわたくしのそばを離れずついてきてくれるエル。わたくしの乳母の子で実家からついてきてくれたエルは、まだ12歳だけれど武術もかなり嗜んでいて頼りになる。
普段は商会の事務所で寝泊まりしつつ、こうして夜道の護衛を務めてくれているのだった。
やっぱりこの間みたいなことがあると少し怖い。
自分の護身術に自信があっても、それでも怖いのがなくなるわけじゃないから。
「お嬢! こちらです!」
「もう、ジンったら慌てて。貴族だってそんなに理不尽な者ばかりじゃないわよ? お手紙のお返事が少しくらい遅れたって大丈夫なのに」
「いや、違うんです。これ、どう見てもお誘いですよ! 手紙の後にすぐ荷物も届いたんです。どうやらドレスのようで」
「え? ドレスってどういうこと? そんな、知らない人からのドレスなんて受け取れないわ!」
「だからです。早く見てもらいたくてですね」
事務所に着くと待ってましたとばかりに捲し立てる事務長のジン・カルロ。
母方のいとこの彼は元々グラン商会で番頭をしているジャン・カルロお爺様の孫に当たる。わたくしのお母様のお兄様の息子で、平民身分ではあるけれど、昔からユーラッド家に尽くしてくれている一族の出身だ。
普段は割と大人しく事務仕事系が得意な彼。
お父様がわたくしにマリーゴールド商会を設立してくださった時に、その財務系のお仕事を任せるためにつけてくださった。
彼がいなければマリーゴールド商会は回って行かない、っていうくらい、頼りになる従兄弟だ。
そんな彼がこんなに慌てるなんて。
「まさかお嬢が人妻だって知らずに求婚? 流石にそれはまずいが……」
小声でボソボソっと、そんなジンの声が聞こえた。
「まさか。そんなの受けるわけないじゃない。断って終わりよ」
「しかしお嬢。これは『マリー』様宛なんですよ? マリエルお嬢宛ならちゃんとはっきりお断りできても、マリー様宛だとすると、相手方にマリー様はマリエル様だって開示しなけりゃいけません。良いんですか?」
「うーん。あんまり嬉しい話でもないわね。まあいいわ。手紙の中身を見て判断しましょう」
なんにせよ、相手もわからないではお話にならない。
わたくしは執務室の机に腰掛けその手紙を開けて中身を見る。右手に持っていたペーパーナイフが机にカランと落ちた。




