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わかれよう。

「わかれよう」


 それはお義父さまがお亡くなりになって一週間が過ぎた日の午後だった。

 侯爵位をお継ぎになり一族を代表する位置に立たれたジュリウス様が、わたくしの目の前でそうぼそっと口を開く。


 お庭の噴水の隣に設えられた白のガーデンテーブルには真っ白な磁器のカップが二組。

 東の遠国から取り寄せた香の良いお茶が琥珀色に輝いている。


(まだひとくちも、お口をつけていらっしゃらないわ……)


 彼が、好きだと言ったから無理をしてでも取り寄せていたけど……。


 日課となっていた二人だけのお茶の時間。

 形だけの夫婦であっても、それだけはとお願いして時間を取って頂いていた。


「どうして、ですか……」


 彼の瞳は心ここにあらずと言った様子で、わたくしのことなんて見てもくれていない。



 元々、幼い頃に親同士が決めた許嫁。

 ただそれだけの関係だった。


 わたくし、マリエル・ユーラッド元伯爵令嬢と、

 目の前の彼、ジュリウス・レイングラード元侯爵令息。


 流されるように結婚式を挙げたわたくしたち。ジュリウス様はお父様のレイングラード侯爵が急病でお亡くなりになってから侯爵位をお継になって。


 かたちだけの婚姻。

 かたちだけの夫婦。

 おさないままごとのようなそんな関係。


 それでもこのまま時が経てば、きっと自分たちの関係も普通の貴族の夫婦のようになっていくのじゃないかって、そう思っていたのに。


「君にもわかっているんじゃないか? こんな政略的な婚姻は不毛だと」


「そんな。それでもわたくしは……」


 幼い頃からずっとお慕いしておりました。そう続けようとしたけれど、彼の冷たい眼差しに口ごもってしまう。


(ああ……。もう無理なのかしら……)


 彼の心はここにはない。このままわたくしがこうしていても、もう振り向いてもらうことはできないのかもしれない。

 そう思うと悲しくて、心が張り裂けそうになる。


 15歳でこのレイングラード侯爵家に嫁いで二年が過ぎようとしていた。

 その間、自分なりに家のためにと頑張ってきたつもりだった。早くにお亡くなりになったジュリウス様のお母様に代わり、次期侯爵夫人として家の隅々まで目を通すのはもちろん、お義父様に領地経営も学んで今では補佐もできるようにとなっていた。全てはジュリウス様が当主となった時に隣にいて支えて差し上げるために、との思いからだったのだけれど。それも彼には必要じゃなかったのだろうか。


「わたくしはそれでも、あなた様をお支えし、この侯爵家が末永く繁栄するための一助になりたいのです……」


 俯いて、そう言うのが精一杯だった。


「だから、そういうのはもういいよ。損得や利益のために君を犠牲にしたいとも思えない。元々父は君の家の経済力を欲していたようだったけれど、そういうのはもう嫌なんだ」


 冷たい声で、そう吐き捨てるようにおっしゃる彼。


「まあ、だからと言ってすぐに君を離縁し追い出そうというつもりじゃない。あと一年。このまま白い結婚を続けさえすれば何の世間体も気にすることなく離婚できる。それまでに根回しをしつつ、円満に別れる方法を考えようと思っている」


「それは……」


「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」


(ああ。もう。ダメ……)


「わかりました……」


 小さくそう答え、席を立つ。このまま一緒にいると泣いてしまいそうで。


「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」


 最後はもう、声を絞り出すこともできなかった。

 両手でスカートの裾をつまみ小さくカーテシーをして、その場を離れる。


 心を落ち着ける場所が、わたくしには必要だったから。




 ♦︎ ♦︎ ♦︎

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