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従弟のハンスのエスコートで夜会に行ったのはそれから数日後のこと。
叔母様は先日のオブリー子爵とのお見合いを丸潰しにしてしまったわたしを咎めることはなかったものの、その代わりということなのだろう。
自らの息子であるハンスのパートナーにわたしを指名してきたのだ。
「エリアナ姉様、もしかして母上に振り回されてる?」
ハンスは苦笑いしながら言った。彼はわたしよりも年下の二十歳。わたしと同じく婚約者がいないので、相手がいない者同士、共に夜会に行って結婚相手を見つけてきてほしいということなのかもしれない。
「そんなことないわよ。わたしももう二十一歳で、そろそろ結婚を考えなければいけないのは事実だしね」
「エリアナ姉様もとうとう結婚かあ……。そういうことなら協力するよ。紹介したい人がいるんだ」
「そうなの? 助かるわ」
ハンスはわたしとは違い、昔から社交的だった。それにとても常識的な人なので、彼の紹介ならばまともな人がいそうな気がする。
「それにしても、夜会に参加するのは久しぶりだわ」
実家の伯爵家を飛び出してから一度も社交の場に参加していなかったので、少なくとも二年以上は期間が空いている。
「エリアナ姉様は昔から社交が苦手だもんね」
「この独特な空気はやっぱり好きになれそうにないわね」
わたしはきょろきょろとあたりを見回した。
なぜかたくさんの視線を感じるが、わたしと目が合いそうになると皆、一斉に目をそらす。
「ハンス、わたしどこかおかしなところあるかしら?」
「特にないと思うけど。いつも以上に綺麗だよ。どうして?」
「なんだかとても見られているような気がするの」
「うーん。エリアナ姉様って頭はいいけれど、意外と鈍感なところあるよね」
「どういうこと?」
わたしの問いかけを笑って誤魔化すと、「あ、いたいた」と近くに寄ってきた男性に手をあげた。
「エリアナ姉様、紹介するよ。こちらはジェフリー・ミルトンさん。ミルトン伯爵家のご長男だ」
「エリアナ嬢、はじめまして」
体格の良い男性が茶色の瞳を細めニッコリと笑って挨拶した。
とても好感が持てる笑顔だった。
「ジェフリーさんは騎士団の隊長をされているんだ。ジェフリーさん、こちらはエリアナ・ヴァレンウッド嬢。伯爵家のご令嬢で、今は経理部で働いています」
「ごきげんよう」
わたしも膝をおって挨拶をする。
「それじゃあ、俺は他のところにも挨拶に行かなければならないからあとは二人でどうぞ。ジェフリーさん、少しのあいだエリアナ姉様をお願いします」
ハンスはそれだけ言い残すと、さっと歩いてどこかへ行ってしまった。
ジェフリー様は近くの給仕係からグラスを二つ受け取ると、わたしをエスコートしながら壁際へ寄る。
「夢のようです」
グラスをわたしに手渡しながらジェフリー様が呟いた。その意味を計りかねて首を傾げたわたしに気づいたのか、照れながら笑いかけてくる。
「経理部のヴァレンウッド事務官といえば、とても美しい方だと有名ですから」
「まあ。お上手ですのね」
きっとお世辞だろう。
そう思って軽く受け流す。
「事実ですよ。エリアナ嬢と呼んでもいいですか?」
「ええ」
「私のこともジェフリーと呼んでください」
「はい。……ジェフリー様はお若いのに騎士団の隊長をされているんですね」
「昔から勉強が苦手で剣を振り回してばかりだったので……」
「すごいですね」
「いえ、本当にすごいのは騎士団長ですよ。実力であの地位に上り詰めた天才ですから」
「騎士団長……」
その単語に思わずピクリと反応してしまったことにジェフリー様は気づいたらしい。
「ええ。有名な方ですからね。やはりエリアナ嬢もご存知ですか?」
「そうですね……なんとなくは」
なんとなくどころか毎週のように会っています、とはさすがに言えずに歯切れの悪い返事になる。
ジェフリー様はそんな様子には気づいていないのか、タイミングよく流れ出した音楽に合わせて手を差し出してきた。
「せっかくですから、一曲いかがですか?」
正直に言うと、わたしはダンスにはあまり自信がない。
幼い頃に家庭教師に必要最低限のことを教えてもらってなんとか形にしただけの、付け焼き刃程度の腕前だ。
しかし、ここで誘いを無下に断っては失礼にあたるかもしれない。
そう思い、ジェフリー様の手を取ろうとした瞬間だった。
差し出した手ごと絡め取られて腰を抱かれ、思いっきり後ろへと引かれて重心を崩した。
「きゃっ!?」
驚いて振り返った視線の先にはよく見知った顔があった――レイノルドだ。