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 夢を見ていた。

 わたしがまだ幼い頃の夢だ。



「キャハハハッ」



 明るい笑い声と一緒に、一つ年上の義姉ルーナが廊下に出て来た。

 ピンクのフリルがたくさん付いたドレスに、キラキラとしたリボンを着けて。小柄で可愛らしい義姉によく似合っている。


 わたしが呆然とその姿に見惚れていると、その視線に気づいたルーナが得意げにその場でターンして豪華なドレスを見せつけた。


「お母様、お父様! 早くいきましょう!」

「オホホ。ルーナったら、全くお転婆なんだから。あなたもほら、早く」

「ああ」


 ルーナの後に続いて出てきた父と義母も豪華に着飾っていた。

 これからどこかへ出かけるようで、三人並んで楽しそうに廊下を歩いて行く。


 廊下の端に立っていたわたしは素通りされ、まるで空気のようだ。


 わたしは義母とは血が繋がっていない。


 わたしを産んだ母は元々平民で、ヴァレンウッドの屋敷での使用人をしていた。好色な父が気まぐれに手を出してわたしを妊娠してしまったという。


 母は子が生まれると、わずかばかりのお金を持たされて田舎の実家に帰らされ、そしてその後すぐに流行病で亡くなったらしい。


 生まれてすぐに実の母と引き離されたわたしはもちろんそのことを知らなかったので、噂好きな使用人からその話を聞くまで、なぜ姉妹でこんなにも扱いが違うのかとずっと不思議に思っていた。



 ぽつんと一人立ち尽くしていた廊下の窓からは屋敷の玄関が見える。

 玄関先に停まった豪華な馬車に着飾った三人が乗り込んで行くのが、わたしの視界に入った。

 父も義母も妹も楽しそうに顔を輝かせていて、その姿は誰が見ても仲の良い完璧な家族に見えるだろう。

 

 わたしは手に持っていた分厚いこの国の歴史に関する本を持ち直すと、うつむいたまま静かに歩き出した。

 胸の中に少しだけ浮かんだ痛みには気づかないふりをしながら――。





「……あれ?」


 翌日、起きたら私は自分の寝台の上で寝ていて、身体にはしっかりとふかふかの布団をかぶっていた。 


 ずきずきする頭を押さえながら昨日の記憶を思い出そうとしたが、四杯目を飲んだあたりからの記憶があやふやで、いつ頃帰ってきたのかを宿舎の管理をしているおばさんに聞くと「超絶イケメンがあなたを背負って運んできたのよ~。どこかで見覚えがある気がしたんだけど誰だったかしら」とポヤポヤと頭にお花を咲かせながら顔を赤らめて言う。


 血相を変えながら部屋へ戻ると、机の上に見覚えのない紙が置いてあることに気づいた。

 その紙には、


『男と飲むときはもっと警戒心持ったほうがいいと思うけど』


「……」



 ……しばらくお酒は控えよう。

 そう固く決意したのだった。


  ◇ ◇ ◇



「ちょっとエリアナ! 久しぶりじゃない!」

 

 その日、仕事のお昼休憩で食堂を利用していたわたしは、聞き覚えのある声に顔を上げた。


「ハーミア! 元気だった?」


 彼女はわたしの学園時代からの友人であり、現在は王宮の外交部に勤めている。互いに忙しくて最近は顔を合わせることがなかったが、今日はタイミングが良かったみたいだ。

 懐かしい顔に思わず笑顔になってしまう。

 彼女は目の前の席に腰を下ろすと、顔を寄せて秘密話でもするかのように小さな声を出した。


「そういえば、聞いたわよ~」

「え? なんのこと?」


 一瞬ぎくりとする。この前のお酒での失態は記憶に新しい。レイノルドに背負われて帰宅したところを誰かに見られていたらと思うと気が気ではなかったが、やはり目撃者がいたのだろうか?


 そう絶望的な気持ちになった瞬間。


「あんたお見合いしたらしいじゃない。何、とうとう結婚するの?」

「ああ……」


 ハーミアの口から出たのが想像していたような話ではなくてホッとする。


「この間お見合いした人なら、その場で断ったわよ。わたしには合わないと思ったから」

「そうなの? 相手どんな人だったのよ?」

「確かハーミアと同じ外交部に所属している方じゃなかったかしら。オブリー子爵って知らない?」

「ああ……。わかるわよ。あれは確かにエリアナには合わないわね。頭が固すぎて割ったら石が出てくるんだろうって有名だもの」

「そんな感じの人だったわ」

「うーん……。まあ、エリアナは優秀な事務官なんだし、そんなに急いで結婚しなくてもね」

「そうね、気長に相手を探すことにするわ」

「うんうん! どうなの? 最近仕事の調子は?」


 わたしはその言葉に顔が曇るのが自分でもわかった。


「それがね、仕事自体は楽しいし問題ないんだけれど……」

「うん?」

「経理部のモートン室長っているじゃない? 前からフレンドリーな人ではあったんだけど……なんだか最近特に距離感が近い気がして」


 そう、わたしには最近、大きな悩みがあった。

 以前からなんだか距離感が近いなあと思っていたモ-トン室長。その彼が、最近前よりも執拗にボディータッチをしてきたり、食事に誘ってきたりとしつこいのだ。

 もちろん、さりげなく体を触られそうになるのを避けたり、誘いも全て断っているけれど……。


「モートン室長か……。確かにあんまりいい噂は聞かないわね。前の奥さんと離婚したのも、女性関係でトラブルがあったって話だったけれど」

「いい人そうだと思ってたから意外だわ」

「意外と人の内面なんて外からじゃわからないものよね。とにかく、あんまりひどいようなら、人事部に相談したほうがいいと思う」

「ええ、もう少し様子見てみるつもり」

 

 昼休みは、そんな会話をして終わったのだけれど。

 


 ――問題が起きたのは、その日の帰りだった。





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