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プロローグ
「お前さ、本気で結婚するつもり?」
ひとけのない薄暗い廊下。所々に灯されたランプの柔らかな光が、目の前にいる男の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる。
腕を痛いくらいに掴まれているのはわたしなのに、なぜか目の前の男のほうが苦しげな顔をしていた。
「そうだけど」
「あいつとか? あの男、確か伯爵家の長男だったな」
「いや、そういうのじゃないわ。どうしてそんなに怒っているの?」
「……怒ってる? 俺が?」
「自覚ないの? その顔、どう見たって怒ってるじゃない。ていうか腕、痛いからそろそろ離して。結婚の話もあなたには関係ないでしょ」
「ないよ」
いつも飄々と笑っているはずの男は、大切な玩具を奪われた子どものような顔をしていた。
揺らめいたランプの光が彼の顔に翳りをつくり、眩しくなったわたしが一度目を瞬かせると、その僅かな間に彼の顔が互いの息遣いが聞こえそうなほど近づく。
「関係なんて、ない」
そう言って男は、さらに顔を近づけた――――