第七話『推理とトラブル』
放課後、喫茶店、扉をくぐればそこは、探偵倶楽部への入口だ。
迷子騒動は無事解決した、はずだったのだが、先ほど喫茶店に幼稚園から連絡があった。
「じいちゃん、内容は?」
「どうやら保護者の方から、お前を呼ぶようにと苦情が入ったらしい」
おおよそ見当はつく。
「何々、どうしたのスバル」
アスカが興味津々に首を突っ込んでくる。
「ちょいと幼稚園に用事」
「やっぱりミクちゃんのこと? スバルどうせ言い過ぎたんでしょ」
じっとスバルを睨むアスカ。スバルにそんなつもりない。
「それを確かめるためにも行ってくるさ」
「私も気になるからついていく!」
そう言うと思ったスバル。
「なら、僕もついていこうかな」
「では私も」
カイとユミもアスカに乗じてついてくるようだ。まったく、抜かりない奴らである。
四人で幼稚園へと出発した。
幼稚園に着いたスバルたちは、異様な光景を目にする。
先生たちが一人の保護者に対応していて、こちらに気づく様子はない。
「早くあの生意気な中学生を呼びなさい!」
「い、今連絡していますので……」
確実にスバルのことだ。あれが、ミクの母親。
「先生、どうされたんですか」
とりあえず声を掛けてみる。
「あ、スバルくん。それが、ミクちゃんのお母様があなたに用があるって……」
「あら、あなたがミクをいじめた中学生?」
いじめたとは人聞きの悪い。先にキクトをいじめたのはミクだというのに。
「ミクちゃんと話はしましたけど、何の用ですか」
「何の用ですって? ミクを泣かせておいてしらばっくれるのね」
さすが親子、といった感じだろうか。高級そうなアクセサリーにブランドもののバッグ、きつい香水の匂い。とても仲良くなれそうにない。
「俺は泣かせた覚えはないですよ。ただキクトくんをいじめるのをやめろ、と言っただけです」
「うちのミクは事実を言ったまでですわ」
あれが事実だと。ミクがああ言うのはこの母親のせいだった。
「お金持ちが偉い? お金持ちだったら何してもいいってことですかね」
「そうですわ。私もミクもキクトくんのお宅より優位に立ってますのよ。それに文句を言うキクトくんが悪いんですわよ」
スバルは怒りを通り越して呆れていた。子供相手に何言ってんだこの人は。
「そんなことしてると、あなたもミクちゃんも一人になっちゃいますよ。人間関係はお金で買えないんですから」
「ご心配には及びませんわ。私にはお金持ちのママ友さんたちで溢れていますもの」
中学生にこんなこと言われて恥ずかしくないのか。ミク同様、何を言ってもダメなようだ。
「そうですか。別に俺には関係のないことなんで」
「これに懲りたらもうミクをいじめないでくださいね」
勝手に話を終わらせ、ミクの母親はミクを連れて帰ってしまった。
「スバルくん、大丈夫?」
先生はスバルを心配している。
「そうだよスバル。あんな言い方して大丈夫なの?」
アスカはスバルより別のことを心配している。
「大丈夫です。きっとすぐ反省しますよ。効果はすぐに出ると思います」
「こ、効果って……」
「これだけの人が見ていて、この出来事が色んな人に知られてしまった。保護者もそうですが、園児たちも子供とはいえ状況は分かりますよ」
どっちが間違いで、どっちが正解か、誰の目から見ても一目瞭然だろう。スバルには関係のないことだった。
「それじゃあ、俺たちも失礼します」
スバルたちは先生にお辞儀をして幼稚園を後にした。その後は喫茶店で結果報告。
「では、スバルさんは何も悪くないと」
「当たり前だ、逆に悪いように見えるのか?」
「いえ、そうは言ってないですが……」
ユミはなんだか心配そうな顔をしている。
「でもやっぱり言い過ぎなんじゃない?」
アスカまで同じように心配している。
「僕も聞いていたけど、さすがにね」
「カイまで何言ってんだ、みんなで俺に説教かよ」
スバルは思う。なんで俺が責められなくちゃならないんだ。待ってれば分かるってのに。
散々非難されたスバルだったが、結果報告はほどほどに終わった。
そこから数日、依頼のない平和な日々を過ごしていたある日のこと、喫茶店のドアが勢いよく開いた。
「ちょっと、説明しなさい!」
誰かと思えば、そこに立っていたのはミクの母親だった。
「スバルさん、どうしますか」
「はあ、とりあえず座ってもらおうか」
「……どうぞ」
ユミが無表情でミクの母親を誘導する。
「そんな暇ないわよ! それより説明してちょうだい!」
「何がです?」
「あなたたちが噂を流したのでしょう!?」
「さて、何のことかさっぱりですが」
正直、どうしてこんなことになっているのか想像はつく。
「あなた、ミクがキクトくんをいじめていると噂を流して、私たちを陥れようとしているでしょ! そのせいでミクは幼稚園に行かなくなって、噂を聞いた夫とは別居する羽目になったのよ!」
「俺は何もしてません、あなたの行いがこの結果を招いたんですよ」
先日の口論、園児たちはちゃんと間違いを理解していたようだ。園児たちから保護者へ、保護者から町へ、噂はそういう風に広がっていった。
「何とかしなさいよ! 新しい噂を流すとか」
「良評は悪評には勝てないですよ。このことで一番傷ついているのは誰だと思います?」
「それは当然私たち……」
「キクトくんのご家族です。俺ではなく、先にキクトくんに言わなければならないことがあるんじゃないんですか」
スバルは一生懸命ミクの母親を諭す。これで動かなければもうどうしようもないだろう。
「そ、そうね、キクトくんママにこの噂をなかったことにしてもらえば……」
「違います。謝罪するんですよ。できないことじゃないですよね」
はじめは渋っていたミクの母親だったが、キクトの家族に謝ることを決意。スバルたちも当事者なのでついていくことに。
キクトの家に着き、インターフォンを押す。
「はーい、どちら様でしょうか」
「き、キクトくんママ、ミクの母です……」
気まずそうに名乗るミクの母親。少しの沈黙の後、ドアが開いた。
「どういったご用件で……」
「あの、お宅に関する言葉、撤回しますわ。本当に、ごめんなさい」
「いいんです、最初は子供同士の喧嘩だったんですから」
「改めてミクには、キクトくんに謝るように言っておきますわ……」
キクトの母親は優しい人だ。スバルだったらもっと痛めつけているところだろう。
あれから幼稚園からの苦情はない。
迷子騒動は今度こそ解決、探偵倶楽部に平穏が戻ったのだった。