第六話『推理と迷子』
放課後、喫茶店、扉をくぐればそこは、探偵倶楽部への入口だ。
探偵倶楽部が結成されて約一か月、特にこれといった依頼はない。いつものように喫茶店で四人、集まるだけの日々を送っている。
「何か外から声が聞こえないか?」
外の声に気が付いたカイがドアを開ける。すると目の前には泣きじゃくる幼稚園児がいた。黄色い帽子に水色の園児服、名札はついていない。
「と、とりあえず中に入れようか」
アスカが園児の背中をさすりながら店内へ招き入れる。
「君、お名前は?」
アスカが尋ねても泣くばかり。
「どこから来たのかな?」
さらに聞くが答えてくれない。
「うわあん、こっちが泣きたいよお!」
犬のおまわりさんのように困り果てるアスカ。
「キクト君だね? 先生たちとはぐれたのか?」
ため息をつきながら、アスカの代わりにスバルが尋ねる。
被っている黄色い帽子に名前が書いてある。テントウムシの装飾が付いた可愛いネームワッペンだ。
「泣いてたら分からないだろ」
スバルはキクトの頭を撫でる。
「み、ミクちゃんがあ……」
少しずつ泣き止んだキクトが話し始めた。
「ミクちゃんが、きらいって……」
「だから逃げてきたのか?」
スバルはキクトの目線に合わせ、身をかがめながら真剣に見つめる。
「ううん、ぼくのおなまえのやつ、どこかになげちゃったの」
「なるほどな、それを見つけるまで帰ってくるなと」
なんとも残酷なことをする。
「どうしよう、ぼくかえれないよお」
また泣き始めるキクト。スバルは静かに立ち上がりキクトの頭を再度撫でると、三人に告げた。
「よし、依頼だ。探しに行くぞ」
スバルたち四人はどこかに消えたキクトの名札を探しに、キクトを連れて公園へと足を運ぶ。
先生たち引率のもと、公園に遊びに来た園児たち。
キクトはミクという女の子と遊んでいたが、理不尽なミクの行動で名札を公園内のどこかに無くしてしまう。
どれだけ探しても見つからず、一人で喫茶店まで歩いてきてしまったのだ。
きっと今頃、先生たちが必死になってキクトを探しているはずだ。
公園にたどり着いたスバルたち。
「キクトくーん!」
案の定一人の先生がキクトの名前を呼びながら探していた。
「あ! キクトくん!」
こちらに気づいた先生はスバルたちに走り寄ってきた。
「もうどこに行ってたの? それに、この人たちは?」
スバルたちは先生に事情を話した。
「そうだったのね、君たちには感謝しないと。でも、名札はどうしましょう」
困り顔の先生。
「大丈夫です、俺たちが代わりに探しておくので。後で幼稚園まで届けに行きます」
「本当に? どこまでも迷惑かけてごめんなさい。じゃあ、お願いしてもいいかしら」
先生はスバルたちに頭を下げ、キクトを連れて幼稚園へと帰っていった。
「スバルさん、目星はついているのですか?」
目星というか、幼稚園児の男の子が探せない場所となると、おのずと絞られてくるだろう。
「まあ、それなりにな。とりあえずは公園全体を手分けして探そう」
数分後、りんごをかたどった名札を発見。
スバルが代表して幼稚園に届けることにした。
「お、いたいた。おーい……って、聞こえてないみたいだな」
よく見ると、キクトと女の子が言い争っている。もう少し近づいてみる。
「ミクちゃん、なんでそんなこというの?」
「なふだもみつけられないなんて、ただのばかよ!」
ひどい言われようだ。ツインテールの、明らかに気の強そうな女の子。
「君がミクちゃんか。ずいぶんな言いようだね」
スバルはキクトに強い態度を取るミクに話しかける。
「あんただれよ、かんけいないじゃない」
「俺はスバル。キクトの友達だ。関係あるだろ?」
身長はスバルの腰上ぐらい。ミクが頬を膨らましながらスバルの顔を睨みつけている。
「わたしはキクトくんとはなしてるの、あっちいってよ」
「実は俺もキクトに用があってね、ほら」
スバルは見つけてきた名札を二人に見せた。
「なんであんたがもってるのよ」
「キクトに依頼されて探していたのさ。君、『女子トイレ』にわざと隠しただろう?」
ミクはあの時、適当に投げたわけではなかった。
「キクトくんのおうちって、びんぼーなんでしょ?」
「え、わかんないけど……」
「ママがいってたもん。それに『キクト』ってへんななまえ」
「べつにへんじゃ……」
「もっといいなまえにしてあげる!」
「ちょっと!」
ミクはキクトの名札をむしり取った。
「ぼくのかえしてよ!」
涙目のキクトが取り返そうとするも、ミクは返してくれない。
「そんなにだいじならとってきなよ」
そう言ってミクは茂みのほうに名札を投げた『ふり』をした。それに気づかないキクトは泣きながら茂みのほうに走っていった。
「ふん、ばかみたい」
キクトが見えなくなった後、ミクは女子トイレに名札を隠した。
「ダメだろ? 男の子が入れないとこに隠しちゃあ」
「あんたじょしといれはいったんだ。へんたいじゃん」
スバルは女子トイレには入っていない。じゃあ、どうやって取ったのか? それは簡単なことだ。
「俺の女の子の友達が取ってくれたんだ。あと俺は変態じゃない」
「ふーん、どっちでもいいけど」
悪びれる様子のないミク。ここまで態度のでかい幼稚園児もなかなかだ。
「お金持ちがそんなに偉いか? お金持ちなのはママであって君じゃあない」
「ママはまちがってないもん、おかねもちのおうちのわたしがいちばんなの!」
何を言ってもダメらしい。
「じゃあ、先生にお話を聞いてもらおうか。先生は何ていうかなあ」
「なんでせんせいがでてくるのよ!」
スバルはキクトを連れて帰った先生を呼び、今までの出来事を説明した。
「ミクちゃん、キクトくんをいじめたらダメでしょう!」
「わたしべつにいじめてなんか……」
「いくらお金持ちでも、お友達はお金で買えないのよ?」
「せんせいまでなんで!」
先生に叱られたミクはとうとう泣き出してしまった。
「わたしわるくないもん!」
泣きながらも反省は全くしていないらしい。スバルはキクトに一言だけ伝えた。
「名札、もう取られるなよ」
あとは先生にお辞儀して、幼稚園を後にした。
スバルは喫茶店に戻り、三人に結果を報告した。
「キクト君も大変だったね」
アスカはオレンジジュースを飲み、一息ついている。
「この後何もなければいいけどな」
スバルの嫌な予感がまさか本当になるとは、この時は誰も思わなかった。