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第五話『推理と過去』

放課後、喫茶店、扉をくぐればそこは、探偵倶楽部への入口だ。


大麻騒動の事件が起こる少し前のこと。スバルは父親と警察署で話をしていた。

「ちゃんと『刑事』してるんだ」

「前置きはいい、用件はなんだ」

「親父こそ、話があるんじゃないの」

父親は事あるごとにしつこくスバルに忠告している。過去についてもう考えるな、関わるなと止めようとしているのだ。スバルはそれがなんとも鬱陶しかった。

忘れるはずがない。あれが、探偵としてのスバルの原点だった。


スバルが小学校低学年の頃、ある雨の日だった。

赤い傘と赤い長靴、お気に入りの格好で家に帰ってきた。

スバルはいつものように、家にいるはずの母親に「ただいま」と叫んだ。

返事はなかった。妙な違和感が漂っていて、スバルは不安になった。

リビングを通って、キッチンへと向かった。「お母さん」と呼び続けても、反応はなかった。

キッチンの入り口を覗いた時、スバルの視線は一点に釘付けになった。

「お母さん?」

目の前には包丁でめった刺しにされ、冷蔵庫にもたれかかるように倒れた、変わり果てた母親の姿があった。

スバルはその血まみれの光景をしばらく見つめていた。そして静かに父親に電話をした。

「お母さんが、血まみれで、死んでる」

「どういうことだ? スバル? 返事をしなさい!」

電話越しに騒がしい声が聞こえてきた。いつも冷静な父親が、取り乱しながらも周りに指示をしていて、スバルとの電話を切らずに状況を聞いている。

スバルは分からなかった。こんな光景を、見る時が来るなんて思っていなかったのだから。

父親たち警察が来るまでの間、スバルは考え続けていた。

腹部に複数の刺し傷、料理の時にはいつも着けていた白いエプロンは赤く染まっている、服は乱れていない、部屋も散らかっていない、争った形跡はなし、凶器は腹部に刺さったままの包丁。

瞬きも忘れ、ただ茫然とその光景を目に焼き付けていた。

スバルは考える。誰が、誰が、いったい誰が……!

怒り、悲しみ、憎しみ、あらゆる感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って気持ち悪い。

「スバル! スバル!」

父親がスバルを呼んでいる。

「スバル! どうしたんだ! 何があった!」

「帰ってきたら、お母さんが……」

表情は動かない。なのに目から涙がこぼれている。スバルは掌に爪が食い込むほどに、拳を強く握りしめ続けることしかできなかった。

その後のことは、上手く思い出せず、スバルは気が付いたら病院のベッドの上だった。

医者は、ショックで倒れたのだろうと言って、スバルに点滴を打った。

父親がスバルに説明をした。

「必ず犯人を見つけ出す、スバルは心配しなくていい」

警察の捜査で他殺と断定されたが犯人は見つからず、事件はお蔵入りになってしまった。

スバルは父親を信じていた。何があっても犯人を見つけてくれると、信じていたのに。

「捜査が打ち切られたんだ、でも心配しなくていい、私は諦めていないから」

スバルは嫌な予感がしていた。一か月、二か月、半年、一年、どれだけ待っても進展などしなかった。

母方の祖父と話す父親を、スバルは喫茶店でよく見ていた。

「お義父さん、本当に申し訳ありません」

父親は謝ってばかり、祖父はずっと悲しそうな表情で話を聞いていた。

スバルはいつしか悟ってしまった。もうみんな諦めてしまったんだ。

案の定、父親は喫茶店に顔を見せなくなった。

スバルのこともどうでもいいといった様子で、母方の祖父母の家にスバルを預けたまま、会いに来ることもなくなった。

スバルも、祖父の喫茶店に入り浸るようになった。常連客の悩みを聞いたり、身近な事件を解決したり、喫茶店の傍ら探偵業をしている祖父の後ろに付いて、見様見真似に探偵をしていた。

ミヤモト刑事も、元々は祖父の知り合いだ。


「君、町田スバルくんっすね?」

近くの住宅街で窃盗事件があり、祖父と現場を見に行った時だった。

スバルはどこか胡散臭い、新人刑事に声を掛けられた。

「マチダさんの息子さんっすよね。いやあ、写真のとおりっすね」

「何、おじさん」

「おじさんって、まだそんな年じゃないっすよ。ゲンゾウ(げんぞう)さんのお孫さんでもあったんすね」

ゲンゾウは祖父の名前である。

「じいちゃんの知り合い?」

「そうっすよ。よく現場でお話しするっす。本当にゲンゾウさんには助けてもらってばかりっすから」

この時からスバルは、父親の代わりに色々な場所に連れて行ってもらっている。


祖父はもう母親のことについて話さなくなった。

ミヤモト刑事も「その事件はスバルくんのお父さんに任せておけば大丈夫っすよ」と嘘ばかり。

父親は相変わらずスバルに会いにすら行かない。

スバルは強く思った。もういい、俺一人で十分だ、こんなのあまりにも母がかわいそうだ、俺が絶対に解決してやる。


「親父たちは諦めた、だから俺が見つけるんだ」

「確かに警察の捜査は打ち切りになったが、情報提供も受け付けてるし、諦めたわけでは……」

言い訳ばかり、スバルはもう聞き飽きていた。

「結果何もしてない、何も進展してないじゃないか……! 証拠はあるのに、事件はまだ終わってないのに、まるで忘れたように……」

「下手に動けばお前だって危ない目に……」

きっと母親のことなんてどうでもよくなってしまったんだと、スバルは父親を、信じていたかった。

「臆病者は引っ込んでろよ」

スバルはそう言い残して警察署を後にした。


これが大麻騒動の事件前に済ませた用だ。

なんで今日、そんなことを思い出したのだろう。

どうせ父親は来ない。いつまで経ってもあの事件から、母親の父である祖父から、母親が死んだ事実からも、永遠と逃げ続けている。

「スバル、どうした?」

祖父が心配そうにスバルを見ている。

「何でもないよ、じいちゃん。アイスコーヒー、おかわりで」

「あいよ」

祖父が少し前にスバルに言ったのは、「過去は変えられない、だから気負う必要はない」だった。

祖父は気づいているんだろう、スバルが必死になって犯人を捜していることを。祖父は、待ち続けることに疲れてしまっていた。

スバルは思う。犯人を見つけたらどうしてしまうんだろう。

スバルの中で最大に胸糞悪い事件。

きっと、おかしくなって、『探偵』であることを忘れてしまうのかもしれない。

「ねえ、じいちゃん」

「なんだい」

たとえそうなったとしても、スバルは……。

「過去は変わらないけど、終わらせないといけないんだと、俺は思うよ」

「……そうか」

スバルは母親を殺した犯人を、今も探し続けている。

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