第二話『推理と調査』
放課後、喫茶店、扉をくぐればそこは、探偵への入口だ。
「探偵俱楽部、なんてどうでしょうか」
「なんでもいいよ、俺は推理するだけだからさ」
ユミはスバルと探偵として活動することが楽しみなようで、ずっとスバルに意見を聞いている。
別に書記が増えたくらいで何か変わるわけでもないだろう。
「元から十分なんだよ」
毎日謎もなく、こんな感じだ。
翌日、放課後、下校時間。
あの日からユミとスバルは一緒に帰るようになった。
別にスバルから誘っているわけではなく、ユミが勝手についてくるだけだった。
校門までは毎回グラウンド前を通らなければいけない。何気にめんどくさい構造だ。
いつも同じ光景だと思って最近は気にしていなかったが、今日は少し違うものだった。
活気に溢れるサッカー部、ひと際目立つ部員が見当たらない。フェンス越しには女子が群がっているはずなのに、黄色い声援が聞こえてこない。
隣にいたユミが口を開く。
「立花カイさん、今日はいないようですね」
サッカー部のエース、立花カイなら名前だけは知っていた。興味がないからそれ以上は知らない。
入学して間もなくサッカー部に天才が入部したと噂になっていた。その立花がなぜ今日はいないのか。
「妙な違和感だ」
今日のところは特に調べることもないだろう。いないのは偶然かもしれない。
スバルは深く考えないようにした。
また翌日、放課後、下校時間。
グラウンドに立花の姿はなかった。違和感が確信に変わる。
「ユミ、立花ってどんな奴だ?」
ユミは少し考えて、立花について知っていることを話し始めた。
立花カイ、スバルたちとクラスは違うが同級生、入学してすぐにサッカー部のエースとして活躍、女子生徒からの人気はすさまじく、顧問や担任の先生にはとても信頼されている。
ただ、部の先輩からはあまりよく思われていない。
スバルはその情報で、ある程度予想がついた。
「また、胸糞悪そうな事件だ」
「スバルさん、何か分かったのですか?」
疑問を抱くユミをよそに、スバルは考えをまとめる。
「ユミは喫茶店で、サッカー部についての情報を集めておいてくれ。俺は他にやることがある」
「分かりました」
スバルは一人、学校内の散策に出た。
「返せよ」
サッカー部の部室から、争う声が聞こえてきた。
「何のことか分かんねえな」
「とぼけんなよ」
部室を覗くと、立花と数人のサッカー部員が言い争っていた。
次の瞬間、立花が殴られる。
「おい、何してんの」
さすがに見過ごせない。
「はあ、なんでもねえよ。いこうぜ」
立花以外の部員はどこかへ行ってしまった。
「大丈夫か?」
「うるせえ、なんだよお前」
スバルの心配も虚しく、立花は差し伸べた手を払う。
「町田スバル、ただの通りすがりだよ」
「あっそ」
立花は乱れた長髪を整え、床に落ちた眼鏡を拾ってかけなおす。
どうやら感謝の気持ちはないようだ。
「先輩か?」
「お前に関係ないだろ」
意地でもスバルに話す気はないみたいだ。
さて、どうしようか。
「ユニホームならごみ置き場だぞ」
「は? 知ってんならなんで……」
「俺には、関係ないからな」
助ける気なんてさらさらない。スバルは自分のためだけに動く。
スバルは立花を放って、三年の教室へと向かった。
「先輩」
「お前はさっきの……」
部室には部員全員の練習内容、ポジション、出欠名簿があった。
部員は三十人程度、学年ごとにユニホームの色は異なり、名前が刺繍してある。
グラウンドを見れば、誰がいて誰がいないのかは一目瞭然だった。
「立花のユニホーム、返してもらえません?」
「なんだ、立花のダチか。健気なお友達だなあ、笑えるぜ」
無駄にガタイのいい、たらこ唇のブサ面。
勝手に友達認定されたのは少し気に障ったスバルだったが、そんなことはどうでもいい。
「これ、バラされたら困りますよね?」
「それはさっきの……!」
汚い奴には汚いやり方が一番効く。
スバルはスマホで撮った、さっきの暴力動画を見せる。
「大丈夫ですよ、返してくれたらこの動画は消すんで」
「生意気言ってんじゃねえ、お前も殴られてえのか」
どこまでもおめでたい奴だ。現状がわかってない。
「ちなみに、カメラは一つじゃないですからね」
「はあ、めんどくせえ」
スバルは宙に投げられたユニホームをキャッチした。
「じゃ、俺はこれで」
「待てよ、今目の前で動画消していけ」
さすがにそこまで脳筋ではない。
「はいはい、これでいいですか?」
スバルは消去ボタンを押して動画を削除した。
「おう、二度と邪魔すんなよ」
先輩はグラウンドに戻っていった。
スバルは取り返したユニホームを部室に置いて、喫茶店へと急いだ。
喫茶店、ユミと合流。
「スバルさん、遅かったですね」
「何か分かったか?」
ユミは調べてまとめたことを報告した。
「三年生は次が最後の大会で、それが余計に立花カイさんの状況を悪化させているようです」
つまりは嫉妬ということだ。スバルはそんなことだろうと思っていた。結局胸糞悪い事件。
「ユミ、明日は一人で帰ってくれ、俺は事件を解決してくるから」
「分かりました」
物わかりのいいユミ、初めての仕事は十分にやってくれた。本人も満足そうだ。
さあ、終止符を打とう。
翌日、放課後。
「先輩」
「なんだ、またお前か」
「いい話があるんですよ」
「そんなの信じられるかよ」
スバルはまたあの先輩に接触していた。作戦を実行するために。
「立花カイがあなたのユニホームを持ち出していた、って言ったらどうですか?」
「あ? あいつ復讐か? しょうもねえ奴だなあ」
スバルは思う。どの口が言ってるんだ。
「行ってみたらどうですか?」
「お前、立花のダチじゃねえのか」
「そんなこと、一言も言ってないですよ」
先輩はにやりと笑うと、何やら楽しそうに教室を出て行った。
スバルも面白くて思わず口が緩んでしまった。
「ああ、楽しくなりそうだ」
用を終えてスバルは下校する。
グラウンドが騒がしい。女子生徒たちは黄色い声援ではなく、こそこそと何か話している。
「三年生、全員ベンチ入りだって」
「え、最後の大会なのにどうして?」
「なんか一人は謹慎処分だって」
「やばいことになってんじゃん」
これで立花も気楽に過ごせるだろう。
「おい」
校門をくぐろうとした時、後ろからスバルを呼び止める声が聞こえた。
「なんだ、立花、俺に何か用?」
「お前、何したんだ」
また勘の鋭い奴だ。しらを切っても通じない。
「知りたいならついてこい」
スバルたちは静かに喫茶店へと向かった。
「いらっしゃい」
祖父のいつも通りの挨拶、スバルの姿を見てまた目を丸くする。
「ごゆっくり」
何事もなかったようにグラスを拭き始めた。
「スバルさん、お疲れ様です」
ユミは特に驚いていないようだ。
「ここは?」
「俺の祖父が経営している喫茶店だ。俺はここで探偵をしてる」
「探偵、か。で、真相を教えてくれよ」
スバルはユミにホワイトボードにメモを頼み、立花に説明を始めた。
あの時先輩に、『立花が先輩のユニホームを持ち出している』と言ったのは全くのでたらめだ。
これは先輩を部室におびき出すためのフェイク。
部室にいるのは立花ではなく、サッカー部の顧問だ。
スバルが用意したビデオを再生して、さぞかし驚いたことだろう。
何も気づいていなかった顧問も顧問だが、これで立花が嫌がらせを受けている事実を知らせることができた。本当はスバルはそれだけでよかったのだった。
ここからは女子たちの会話。
「三年の誰かが、顧問の先生を部室に閉じ込めたらしくてさ」
「何それやばいじゃん」
「連帯責任で三年全員ベンチ入り、実行犯は謹慎らしいよ」
といった感じで事が起こったようで、結果オーライというわけだ。
「この後は立花の想像に任せるよ」
「昨日、ユニホームがいつの間にか部室にあったのも、お前か?」
「さあ、どうだろうね」
スバルは今回も存分に楽しませてもらっていた。
「その、探偵ってさ……」
スバルの背筋に何か嫌な予感が漂う。
「僕にもできるかな」
やっぱり。なんでこうなるんだ。
「おい、何言って……」
「僕も入れてくれ! 調査でもなんでもやるから! 僕のことは『カイ』と呼んでくれ!」
こうして、探偵倶楽部に『立花カイ』という調査担当が加わったのだった。