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第一話『推理と書記』

放課後、喫茶店、扉をくぐればそこは、探偵への入口だ。


祖父が営む喫茶店で一人、少年はアイスコーヒーを飲んでいた。

はれて中学生になったおめでたい年だというのに、この俺、町田スバル(まちだすばる)は探偵として、来るかどうかもわからない依頼を待ち続けていた。

「スバル、もう閉店の時間だ」

「じいちゃん、わかってるよ」

この会話もいつもの日常だ。

「少しは友達と遊んできたらどうなんだ」

「そんなのいらないさ、俺は謎が解ければそれで十分なんだから」

空のグラスをカウンターに置いて、スバルは静かに店を出た。


翌日、特に苦労もせず進学した中学校にいつも通り登校する。

教室にはたった一人、本を読む女子生徒がいた。

腰まであるストレートロングの茶髪、まつ毛の長い、暗く儚い表情をした顔。

スバルはなぜか気になって、その子に話しかけていた。

「なんでこんなに早く来てるんだ?」

一瞬ちらっとこちらを見たその子は、小さく質問に答える。

「誰にも邪魔されずに本を読めるからです」

表情を一切変えず、また本を読み始める彼女。

スバルはふと、彼女の机に目を向ける。

やけにぼろぼろになっているノート、それには『白石ユミ(しらいしゆみ)』と名前が書いてあった。

何の授業ノートなのか、題名が書いていないのが妙に気になった。

廊下から足音が聞こえる。

「あっそう」

スバルはそっけなく返事をして、自分の席についた。


昼休み、購買でパンを買い、教室に戻っている最中だった。

数人の声が校舎裏から聞こえる。

「何これ、キモすぎなんだけど」

「やめてください」

今朝話した白石ユミと、同級生らしき女子生徒が二人、何やら揉めている。

「何してんだ」

スバルはすぐに声を掛けた。女子生徒たちの視線が冷たく刺さる。

「あんた誰よ」

「お前らこそ誰だ、同じクラスの奴じゃないだろ」

地面に投げ捨てられたノート。それは間違いなく見覚えのある白石のノートだった。

「今取り込み中、邪魔しないでよね」

スバルは思う。ああ、胸糞悪い。真実はいつもこんなもんだ。

「邪魔はお前らだったのか」

小さくそう呟いたスバルは、ノートを拾って白石に渡した。

「何? ユミの彼氏? 無視するとか趣味悪」

女子生徒たちは悪態をつきながらも去っていった。

「見ないでください」

白石がうつむきながら声を絞り出している。

「心配すんなよ、もうこんなことは起きない」

白石からの反応はない。

「意味が分かりません、今日のことは忘れてください」

そう言って、白石は行ってしまった。


放課後、スバルはいつも通り喫茶店でアイスコーヒーを飲んでいた。

だが、今日は目の前の机に数枚の写真を広げている。

「スバル、学校はどうだ?」

「じいちゃん、これから楽しくなりそうだよ」

明日の昼休みには一つの事件が幕を閉じるだろう。


翌日、教室にはいつものように白石が本を読んでいた。

「その本、面白いか?」

「あなたには関係ありません」

どうやらスバルと関わる気はないようだ。

「大丈夫だ、もう誰も邪魔しないから」

「そう、だといいです」

もう手は打った、掲示板が楽しみだ。


昼休み、購買前にある掲示板に人が群がっていた。

『○○中学の闇! いじめの実態!』

見出しにそう大きく書かれた校内新聞が張り出されていた。

文章の合間に、昨日の女子生徒たちの悪行が写真として載っていて、文章には実名も書いてある。

噂を聞きつけた当事者たちが掲示板を覗きこむ姿が見えた。

「何よこれ! こんなの知らない!」

案の定お怒りのようだ。スバルは感づかれる前に逃げた。

教室に戻ろうとしたスバルの進行方向に、スバルを真っ直ぐ見つめる白石が立っていた。

「どうして、どうやって、私には分かりません、教えてください……!」

いつも冷静な白石が、論理的な彼女が、慌てふためいている。

これはすごく簡単な、楽しい仕事だったと、スバルは思った。


スバルは白石に全てを話す。

「君が本を読んでいる間、俺は俺のやるべきことをしただけさ」

入学当初から不自然な動きをしている女子生徒たちがいた。

スバルは携帯で彼女たちの行動を撮影し、証拠を集めた。

誰が、何を、どうされているかなんて、スバルに興味はなかった。ただそこに違和感が存在していただけで、解き明かしたくなっただけだった。

そしてあの日、確信的な出来事が起こった。

スバルが導き出した答えは、『白石ユミは怪しい動きをしていた女子生徒たちに嫌がらせを受けている』というものだ。

あとは全てを明かすまで。

その証拠を新聞部に託したというわけだ。

「理解できたか?」

「はい」

白石は落ち着きを取り戻したようだ。

「んじゃ、俺はこれで」

「あ、はい……」

何か言いたげな彼女を置いて、スバルは教室に戻った。


放課後、下校中にスバルは後ろを振り向く。

「なあ、いつまでついてくるんだ」

数メートル先に白石が立っていた。

「あなたのこと、知りたいんです」

相変わらず無表情で語りかけてくる。

「それなら、一緒に行こう」

スバルは白石の手を取り、真っ直ぐ喫茶店へと向かった。彼女は抵抗しないが、会話もない。少し気まずいが、気にしている暇はない。

喫茶店に到着し、ドアを開ける。

「いらっしゃい」

挨拶をした祖父が少しだけ目を見開いた。

「ごゆっくり」

そして何事もなかったようにグラスを拭き始めた。

「ここは、どこなのですか?」

「俺のじいちゃんの店。俺はここで探偵をしてる」

白石は辺りを見回している。

「探偵、ですか」

「満足か?」

スバルはいつもの席に座り、アイスコーヒーを頼む。近くのホワイトボードには、スバルが白石たちの事件についてまとめたものが記載されたままだった。

「私、決めました」

「何をだ」

白石が何か覚悟を決めたらしい。

「町田スバルさん、あなたを手伝います。いや、手伝わせてください」

スバルは一瞬理解が追い付かなかった。こいつは何を言ってるんだ。

「白石、恩でも感じてんのか。そういうことならお断……」

「ユミで大丈夫です。私はただあなたを知りたい、それだけです」

一度決めたら曲げないタイプだと気づいた。

「はあ、分かったよ。そのかわり」

「え、はい」

「ユミが書いた小説、読ませてくれよな」

一気に赤面するユミ。バレてないとでも思っていたのだろうか。

「ど、どどどどうしてそれを……!」

「さあな」

「せ、説明してください……!」

「よーし、ユミは書記として歓迎しようじゃないか」

こうしてスバルに、探偵仲間の『白石ユミ』という書記が増えたのだった。

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