毎朝の電車通学が青春鑑賞会になった件
「電車 青春 4900字以上」というお題で仲間内で書いた小説を、少し調整して投稿してみました。
温かい目で読んでやってください。
その日、僕は青春が始まる瞬間を目撃した。
桜舞う4月上旬のことだ。
新学期が始まるこの日、僕は電車の連結部分にほど近い角の席に座り、本を読んでいた。
途中の大きな駅に着くと、学生やサラリーマンがたくさん乗り込んできて大変混み合う。
この日も多分に漏れず、押し込まれた人々で座席前のつり革は全員分が埋まった。
ふと、読んでいた本に影が落ちる。僕の座席の前に人が立ったらしい。
ちらりと前を伺ってみる。
僕の目の前に陣取ったのは、紺のブレザーを着た長身の男子高校生。どうやら、僕とは違う学校の制服だ。
そして、その隣で肩身が狭そうにしているのは、長身の彼と同じ制服でボブヘアーの女子高生。
2人とも、制服からは新品同様の堅さを感じる。おそらく1年生だろう。
長身男子くんはイヤホンで音楽を聴いていて、ボブ女子さんはピンと伸ばした手で吊り革を掴もうと格闘している。
様子からして、2人は知り合いでは無さそうだ。
発車の衝撃で電車が揺れる。
まだ吊革を掴めていなかったボブ女子さんが体勢を崩し、長身男子くんの腕と彼女の肩がぶつかる。
「すみません!」
「え?あ、いえいえ」
ボブ女子はぺこりと頭を下げて謝り、長身男子くんは大げさな謝罪に虚をつかれたようだった。
律儀なボブ女子さんは今度こそしっかり吊革を掴んで、少し恥ずかしそうにしていた。
うーん、初々しいなぁ。
慣れないうちは、この朝の満員電車はきついだろう。僕も昨年の春は毎日げっそりしていたものだ。もう慣れたが。
これから頑張れ、若人よ。
彼らのこれからを思いながら、本に目を戻した。
───2人の青春恋愛劇は、この日から幕を上げていたのだ。
翌日。
この日も、電車の連結部付近の角座席に座って本を読んでいた。
僕の乗車駅は始発なので、10分も余裕を持って行けば毎日角の席に座れる。長く通学するうちに得たライフハックだ。
この時間にいけば、僕の横の席で本を読む眼鏡女子高生と、向かいに座って爆睡するおっさんサラリーマンしかいない。
電車に揺られながら本を読むこと数分、大きな駅に着くと、今日も大勢の人が乗ってくる。
その中に見知った顔があった。
昨日の長身男子と、その隣にはこれまた昨日のボブ女子さん。
どうやら、2人ともまた同じ時間の同じ場所(僕の座席の前)に乗ったらしい。
確かに、始めの頃は遅刻しないように計画して同じ電車に乗ったりするよね。
これが数ヶ月も経てば段々ルーズになって、どんどん遅れたりするのだ。この2人はいつまで持つかな?
発車で電車が揺れたが、今度は事前にしっかり吊革を掴んでいたボブ女子さんは倒れない。
その時に昨日のことを思い出したのか、ボブ女子さんも長身男子くんも相手の方をチラッと見て、少し目を見張る。
おそらく、昨日と同じ相手だと気づいたんだろう。お互いに会釈をして、長身男子くんはスマホに、ボブ女子さんは前に向き直った。
実に微笑ましい。
2人とも同じ高校みたいだし、昨日も会いましたね~とか話せば良いのに(何様)。
まあまだ2日じゃハードルが高いかな?
なんて思ってたら、そんなことがそれからも毎日続いて、週末の金曜日になった。
ここ数日、2人は電車に乗ってきて、隣に立っては会釈するだけ。その繰り返しだ。
いい加減話しかけてほしいな?もう週末だぞ?
というのも、最近は会釈の後お互いにそわそわしているのだ。
毎日会うし、仲良くなりたいな~って雰囲気が否応なしに伝わってくる。
2人とも話しかけたいんじゃろ?
ここを逃したら土日で休みだぞ!
行け!行ってしまえ!
すると念が通じたのか、ボブ女子が動いた。
「あ、あああの!」
「えっ!は、はい」
コミュ障かな?
「よ、よく会いますよね!」
「そ、そうですね」
「ええと……」
「……」
「……それだけです」
「あっ……うん」
そこまでいって諦めるな!
長身くんも話しかけられて嬉しそうにしてる癖になんで話続けないかな!?
友達を作る絶好のチャンスだぞ!
ここで話さないでどうする!行け!!
再三送った念が通じたのか、長身男子が動いた。
「そ、そういえば同じ制服ですね。萩高ですか?」
「は、はい!そうです!」
よーし、よくいった。良い流れだ。
「ですよね!えーと、俺は1-Cの田中っていいます」
「わ、私は1-Aの吉田です」
長身男子が田中くんで、ボブ女子が吉田さんね。覚えた。呼びづらかった(心の中で)から助かる。
「え、タメだったんだ」
「みたいですね。私、田中さんは年上だと思ってました」
「田中さん……うーん、タメだしさんづけはいいよ」
「そ、そうですか?じゃあ、田中くん」
「お、おう。吉田さん」
「はい」
お互いに名前を呼び合って少し照れる2人。
何なん??見せつけやがって!初々しくていいね!!
というか田中くんはさん付けやめてないじゃん……。いや分かるけどね。いきなり吉田ちゃんとか吉田って呼んでたら、こいついきなり距離近いな?って思っただろうな。
そう思うと女子からのくん付けって違和感ないし、距離感が近づいた感あっていいよね。※個人の感想です。
それから田中くんと吉田さんは日常会話のテンプレ集みたいなやりとりをちらほらとして、「これからよろしくね」「はい、よろしくお願いします」なんて挨拶を交わしながら彼らの高校の最寄りで降りていった。
今回はついに話しかけただけあって大進歩だ。
これから毎朝、あの2人がどう進展するのか見られるのか……これは見逃せない。
自分、こういうの大好物です。
ちょうど今日読んでいた本だって学園青春恋愛もののラノベだ。
それがまさか、モノホン(になるかは分からないけど)を目の前でリアルタイムで見られる日が来るなんて……!
本なんかより余程いい朝の娯楽が出来そうだ。
土日を挟んで次の週。
案の定、田中くんと吉田さんは毎日同じように電車の端座席付近に乗ってきては、会話を楽しんでいる。
数日話していればぎこちなさも取れてきたようで、学校の行事のことから好きなアーティストの事まで話題は尽きないようだ。
そんなやりとりを微笑ましく眺めること数日が経った朝、田中くんからこんな発言が飛び出した。
「吉田さん、学校ではあんな感じなんだね。ちょっと意外」
「あ、あれは忘れてください……!」
あんな感じ……だと!?
どんな感じなんだ!?学校で何があったの!?気になるんですけど!!
「その、あれはほんとに仲のいい友達と話してる時だけで……」
「はは、じゃあたまたま見られて良かったなぁ」
「もう!いじわるです」
これまでより随分と親しげに談笑する2人。
どうやら、田中君は学校で友達と話す吉田さんを見かけて、それが普段と違って面白かったようだ。
くっ、僕も見たかった!……学校が違うから無理だけど。
「それじゃ、またお昼にね」
「うん。またね」
またね、だと……!?
待って、お昼にも集まるんですか!?
なんか知らない間にだいぶ進展してるね!?
こうなってくると、僕はあくまで電車内の2人しか観測できないのがとても歯がゆい。
2人でお昼ご飯……見たかった。悔しい。
まだ友達って感じだから「あーん」まではしないだろうけど……
『吉田さん、そのお弁当手作り?』
『うん、毎朝作ってるんだ』
『すごいなぁ!その卵焼きとかめっちゃおいしそう』
『えっと、よかったら食べる?その、卵焼き』
『え、いいの!?やった』
『いいよ!はい、あーん』
『えっあっ……(もぐもぐ)』
『おいしい?』
『……うん、とってもおいしいよ!』
『ふふ、よかったぁ』
ハッ!結局、僕の卓越した妄想力であーんさせてしまった!
これは吉田さん天使ですね。田中うらやましいぞそこ変われ!!
まあ、実際は自分の弁当の具と交換しようって流れになると予想。
それでも男女で弁当の具の交換って青春って感じして良いよね。一度で良いからやってみたい。
僕?男子校ですがなにか?
そんなじれったい日々を眺めて過ごすことしばらく。
新学期から1ヶ月近くが経ち、4月も終わりに差し掛かった頃だった。
「ねぇ、雄輝くん」
「ん、なに?加奈ちゃん」
「呼んでみただけっ」
は???
な、名前呼び!?名前呼びだと!?
「はは、なんか恥ずかしいな。まだ慣れないっていうか」
「そ、そうだよね。私も……」
お前等……付き合い始めたか!!?
その口ぶりはどう聞いてもつい最近名前を呼び始めたそれでしかない。
これは昨日の学校で何かあったな!?だって昨日の朝はまだお互い苗字で呼んでたもん!
「でももっと呼びたいから、頑張って慣れるね」
「もう、人前では呼んじゃダメだよ?」
「わかってるよ。でも、電車にいるときはいいでしょ?」
「うん。私も……呼びたいし」
「っ……」
あーっと!吉田さんの天然恥じらい上目遣いが田中にクリーンヒットだ!
飛び火して僕も悶える。さすがにかわいい。
というかあの、2人の世界を展開しているところ悪いんですけども電車内は思いっきり人前であることに気づいて欲しい。
それに、人前では呼ばないけど2人の時は名前で呼び合うって……シチュエーションとして最高すぎるだろ早くこれになりたい。
というか、これもう確定です。絶対付き合ってる!!どう見てもそうだろこれ!!
そう思ったとき、電車が揺れて2人の肩が触れる。
「あっ、ごめん!」
「う、ううん!気にしないで」
え……?何その反応?ピュアすぎんか?
恋人になったなら、こういうときは優しく受け止めてお互い照れつつも幸せを感じ――みたいな反応にならん?いやむしろずっと肩触れて寄り添ってるまであるよな?
まさか……え゛ぇ!?
付き合ってない!?付き合ってないんですか!!?
名前呼びにはなってもまだちょっと気になる友達くらいってとこか?純粋にも程があるだろ!!
くそっ、じれったくなってきた!僕ちょっとやらしい雰囲気にしたいです!(できない)
電車が高校の最寄り駅に着き、どうやら友達以上恋人未満の2人が降車してゆく。
いや、驚きはしたが……それでもずいぶんと進展したものだなあ。
これはもう付き合うのも時間の問題だな。面白くなってきたぞぉ!
しかし今でこれなんだから、付き合い始めたら毎日これより濃密なイチャイチャを見せつけられるのか……?それはそれで、なんかキレそうになってきたな。
と、僕が複雑な情緒を展開していると、
「てぇてぇ……」
という呟きが右からうっすら聞こえてきた。
出所をチラ見すると、いつも始発駅から本を読んでいる眼鏡女子高生さんのようだ。
至極満足げな表情で何かを噛みしめている。しかし本は閉じて膝の上にあり、開かれていた気配もない。
ふむ……これは間違いない。
どうやら眼鏡文学女子高生さんは、僕の同類らしい。
あの後、眼鏡文学女子さんに話しかけて田中吉田カップル(未遂)のこれまでを語り合い……なんてことをする勇気が僕にあるわけも無く、数日が経って世間はGWに入った。
当然学校は休みなので、家で学園青春もののアニメを一気見した。
これはこれで見ていてとても心躍るのだが、良い展開になるたび、あの電車の2人はどうなったのか続きが気になってしまう。
そのせいかなんとなくそわそわしてしまい、家でゴロゴロ満喫していたはずのGWはあっという間に過ぎ去ってしまった。
GW明け。
学校が始まり、久々にあの2人を見られるのを心待ちにして僕は電車の角座席に座った。
しばらくして電車が動き出し、いつも通り隣の大きい駅に着く。
そこで、異変が起きた。
いつも通り、僕の横の席の前に吉田さんが乗ってきたが、その表情は暗い。
それからしばらく経っても僕の前は空白のままだ。
おかしい。
いつもは乗ってくるはずの田中くんが、乗ってこない。
結局田中くんは乗ってこないまま、電車のドアは閉まり発車してしまった。
僕の前はいつもの田中くんの代わりに汗だくのおじさんが収まった。顔上げたくねぇ……。
にしても田中くん、一体何があったんだ?風邪か?
「やっぱり……」
吉田さんが沈痛な面持ちで呟く。
どうやら、たまたま休みって訳じゃなさそうだ。
「わ、私が……あんなこと言っちゃったから……でも雄輝くんだって……!」
悲しみと怒りがない交ぜになった表情で、なおも呟く吉田さん。
……まさか、喧嘩か?
あの2人が喧嘩するイメージが無かったから心底びっくりだ。
察するに、何かの拍子に吉田さんが言ってしまった言葉が、田中くんを遠ざけてしまったようだ。
口ぶりからするに田中くんにも非がありそうな感じはするが……。
「もう……このまま」
悲しみに暮れる吉田さん。とても見ていられない。ふつふつと怒りが湧いてきた。
喧嘩の原因は知らないけど田中ァ!何女の子泣かせてんだゴラァ!!僕は許しませんよ!そして眼鏡文学女子さんも許さないよ多分!そらみたことか憤懣やるかたない表情だ!
結局、降りていくまで吉田さんは後悔を呟きながら打ちひしがれていた。
僕達(?)の吉田さんにあんな顔をさせるとは……田中め。
「許せんな……」
「許せませんね……」
同時に横からの呟き。
そちらを見ると、無表情の中で目だけは燃えている眼鏡文学女子さんと目が合う。
僕たちは頷き合い、心の中で田中を許すな同盟を交わした(気がする)。
翌日の朝。
今日も田中が乗ってこなかったら学校に乗り込んで引っ張ってやろうかとか考えて待つこと数分。
「そうだったんだ!」
「うん。それでね?先生がね……」
なんと、田中と吉田さんは笑顔で談笑しながら乗ってきた。
……仲直りしてる!?
え、早くない!?いつの間に!!
ちょっと拍子抜けしてしまった。若いもんは治りが早いのう(違う)。
昨夜会って2人で話したんだろうか。
メッセージで近くの公園とかに呼び出して……
『ごめん、吉田さん。急に呼び出して』
『ううん。それで、話って……何かな?』
『……ごめん!!ずっと謝りたかったんだ!!』
『田中くん……』
『もし許してくれるなら、また吉田さんと毎日一緒に通学したいんだ!』
『……私こそごめん!元はといえば私があんなこと言ったからだし』
『吉田さん……』
『これからも、仲良くしてくれる?』
『ああ、もちろん……』
そして二人は手を取りあい、夜の公園で……!
※すべて妄想である
本当は何があったのか、とても気になるけど……今2人が幸せならなんでもOKです。
いやぁ、それにしても仲直り早かったな。
多分些細なすれ違いとかだったのかな?拗れなくてよかったよかった。
「今日、学校が終わったら……屋上に来てくれない?」
おおっと!?
こ、これは……ついに行くのか!?しかも屋上ってまじかよ空いてるタイプの学校なのか?
告白スポットといえば校舎裏と言われがちだけど、屋上も捨てがたいと思います!!
余談だがうちの校舎の裏は木が生い茂っててそもそも入れないし、屋上は鍵がかかっている。そこで起こり得た青春を見逃してると思うと僕は悲しいよ。
ま、男子校だから関係なかったか!あっはっはっは。
2人が屋上でなにを話すのか妄想を巡らせながら、明日を待つとしよう。
さて、みなさんに聞きたい。
青春ものの告白イベントといえば、どんなものを想像するだろうか?
例えば、下駄箱に手紙が入っていて、屋上に呼び出されるとか。
部活で「この試合に勝ったら伝えたいことがあります!」とかもいい。
体育祭の借り物競走で連れて行かれて、ゴール後お題を開けてみたら『好きな人』だったとか……これは実際にやったら少し恥ずかしいかもしれない。
これらは青春の一大イベントであり、その瞬間を見ることができたらさぞ楽しいことだろう。※個人の感想です。
え、自分の身に起きたほうがって?
……欠片も想像できないね!!
閑話休題。
ともあれ今回、僕はそのイベントをひとつ、観測することが叶わなかった。
誰の告白イベントを見逃したかというと、それはもちろん――
「加奈……」
「ふふ、雄輝くん……」
この2人の告白イベントだ!
あーー!!手を!!おててを繋いでいるッッ!!
おめでとう。心からおめでとう。
座席に座って本を読んでいるが心の中ではスタンディングオベーションだ。
4月から見守って早2ヶ月。
どうやって告白したのかは非常に、ひっっじょうに気になるが、ついに2人がここまできた喜びで胸がいっぱいだ。
手を繋いで扉の外へ歩いて行く2人を見送って、思わず背にもたれ、嘆息する。
ああ……ラブコメを一つ見終わってしまった。
素晴らしい臨場感だった。
もちろん2人の物語はこれからも続くだろう。
だが、それは後日談だ。
2人の出逢いから付き合うまでを描く大きなメインストーリーは、今、終幕したのだ。
静かに横を向く。
眼鏡文学女子と目が合った。
……恐らく僕たちは今同じ事を考えているだろう。
一つの素晴らしい作品を見終わったのだ。
この恋愛劇を同時視聴していた唯一の同士と語り合わずにいられるだろうか?
いいやできない!
僕はこの熱情を抑えきることはできないッ!
そしてどうやら、相手の眼もそう言っているッッ!!
「「あの――!」」
ここから新たに始まったかもしれない青春は、また別の話。
毎朝の電車通学が青春鑑賞会になった件 完