迅雷 7
千曲川と犀川に挟まれた平野を、重光は一心不乱に駆け抜けた。
井上の使者を殺したことなど、すでに忘れかけていた。
遠くに合戦の戦況が見える。五分、と重光は見た。
兵の数は圧倒的に平氏軍が多い。
しかし、駆武者と呼ばれる各地から無理やり連れてこられた兵が多数を占める平氏軍は、いわば烏合の衆であり、木曾義仲の率いる武士団に比べると士気が目に見えて劣っていた。
その烏合の衆へ駆け入り、重光は木曾義仲がいる敵本陣めがけて進む。
千曲川は源平双方の血で真っ赤に染まっていた。
河原は敵味方が混戦状態となっており、重光はこれ以上奥へ進むことができなくなった。
ほとりで立ち往生していた重光のもとへ、見覚えのある武士が馬を寄せてきた。富部の郎等である。
「一足遅かったな」
「何がだ」
「主人、富部家俊はたった今、上野国の武士である西七郎廣助に首を取られた」
この郎等は、目の前に立ち塞がっている、血の滴る生首を鞍にぶら下げた屈強そうな男を指さしながら言った。
「そうか」
己が富部の郎等であったことなど、ここに来るまで頭の片隅にも浮かばなかった。ましてや主の敵討ちなどごめんであった。
しかし、木曾義仲のもとへ行くのに手土産がないのもつまらないと考えを改め、重光は緋縅の鎧を来た騎馬武者へ近づいて行った。
「上野国では、少しは名の知れた武士らしいな。木曾殿が黄泉路を一人というのもさみしかろう。義仲の首の横に供えてやるからお前の首を差し出せ」
そう言うと、重光は素早く西廣助の胸倉をつかみ上げ、なんなく馬から引きずり下ろした。相手の抵抗も空しく、重光は瞬時にその首をかいてしまったのである。
周りにいた敵兵は、重光の無類の強さを見ると恐れおののき後ずさりした。
再び馬に跨った重光は木曾義仲本陣目指して駆け出した。雑兵など目もくれず、立ち塞がろうとする敵のみを薙ぎ払っていった。
全身に無数の切り傷を負ったが、それでも重光は止まらなかった。
昨年、遠くから眺めた木曾義仲の姿が、今、目の前にあった。
(義仲、お前の首をいただく)
重光は右手に持つ太刀の切っ先をゆっくりと木曾義仲に向けた。相手がこちらに気が付き身構える。
すると、義仲を庇うように重光の前を女武者が立ちはだかった。
(これで、三度目か……)
一歩前に出ると、葵は勇ましくこう名乗った。
「我こそは、木曾義仲が妻、葵である」
これを聞いた重光は目を大きく見開くと、全身の力が抜けたように右手の太刀をだらりと下ろした。
そして葵を、もしくは己自身を卑下するかのような笑いを浮かべた。
次の瞬間、重光は左手に下げていた先ほど討ち取ったばかりの西廣助の首を義仲めがけて投げつけると、己の白刃を口に咥え、馬から飛び降りて、死んだ。