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迅雷  作者: 三峰三郎
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迅雷 2

 火をかけるまでしなくてもよかったのではないか。


 栗田寺襲撃後、主人である富部家俊に従って善光寺に立て籠った栗田範覚と村山義直の軍に勝利した重光は、炎が燃え盛る善光寺本堂を見ながら佇んでいた。


「祖父の領地を取り返してやったわ」


 二十代半ばという重光とそれほど年が離れていない富部家俊は、重光に向かって誇らしげな表情を作った。

 

「おめでとうございます。御父上もお喜びのことでしょう」


 善光寺領は違うのではないか、とは言えなかった。


 もともと善光寺の南に広がる千曲川と犀川に挟まれた川中島平一帯は、富部家俊の祖父である平正弘が治めていた。しかし、保元の乱で平正弘が処刑されると、その息子である布施惟俊と孫の富部家俊が川中島平を分割相続することとなった。

 平正弘の死が領土拡大の好機と見た善光寺周辺を本拠とする栗田範覚と村山義直は、川中島平争奪を目論み、これまで惟俊、家俊親子との間で領土争いを繰り広げてきたのである。


 祖父の領地でない善光寺周辺にまでこの親子が手を出したのには理由があった。

 千曲川と犀川を渡って多くの善光寺参拝客が訪れるこの地は、川の渡し金を徴収することで巨利を得ることのできる土地だったのである。


「これで北信濃一帯は盤石なものとなりましたな」


 重光は主人に調子を合わせるように言った。

 重光は富部家俊に逆らうことのできない立場にあった。

 

 重光が治める杵淵郷は、犀川から流れる田園用水路の一番末流に位置しており、上流を治めている主人に水を止めらては稲を育てることができなかった。用水路の上下が、そのまま主従関係に当てはまっていたのである。


「そうだのお。高井郡の井上光盛が攻め寄せてこない限り、しばらくは平穏に過ごせよう」


 善光寺北東の高井郡を本拠とする清和源氏の井上光盛は、敵大将のひとり村山義直と血縁関係にあたる人物であり、敵の加勢として参戦してくるのではないかとの風聞も流れていた。しかし、今回の戦で井上光盛は静観を貫いた。


「もし井上光盛が敵の援護をしおれば、我々は負けていたやもしれぬ」


 ぶつくさと呟く主人をよそに、重光は別のことを考えていた。


(あの娘は無事に逃げ延びることができただろうか)


 徐々に鎮火し始めている善光寺を眺めながら、重光はあの甘い香りを思い出していた。



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