コスモスは眠りに就いた
少女の頭上には白銀が瞬いていた。行儀よく並ぶ大小の白銀は神々が創った調和の世界なのだろう。
だが、その下の世界は荒れ果て、大穴が口を開けて秩序ある世界を呑み込もうとしているようだ。
荒れた地に足を取られた少女の華奢な身体がふらりと倒れ込む。
<右脚ニ激シイ損傷>
そんなメッセージが少女の眼前に表示される。
もうどれだけ前か知る術がないほど昔、アンドロイドである少女の生みの親が死んだ。永い眠りに就いた彼を前に少女は何時間も泣いた。それでも、いつまでも泣いていられない、彼との約束を果たさねばという義務感に駆り立てられるように少女は行動を始めた。
自分が死んだら知人に知らせてほしい。
それが彼との約束だった。少女は言われたとおり、彼の端末からプログラムを起動するためのパスワードを入力した。
パスワードを入力し終えた瞬間、機能停止コードが少女の眼前に表示された。機能停止まで残り何パーセントという表示に少女は焦った。
あのプログラムは男の死を知らせるものではなく、自分を停止させるためのもの。
男は少女に嘘をついた。
そのことに気がついたものの、少女は受け入れたくなかった。男の死も、嘘も拒絶するかのように無我夢中で動いた。
気がつけば、過去への通信を試みていた。自分でもなぜそのような行動を取ったのかわからないまま、それでも、知りたいと思ったことがあった。
なぜ、嘘をついたのか。
なぜ、自分は機能を停止しなければならないのか。
約束をしたあの日に繋がれ。少女はそう願った。
しかし、システムは不備だらけだった。約束をするよりも前、それどころか、少女がまだ生まれてもいない日に通信が繋がった。当然、男は少女を知らず、怪しまれてしまった。
システムは不完全、機能停止直前の状態でまともに話せず、通信は途絶え、少女も眠りに就いた。
再び目が覚めたときには身体やプログラムの至るところが破損していた。状況を理解しようにもできない中、少女は彷徨い続けた。
彷徨っている最中、少女はあることを知った。
この世界は混沌に包まれ、多くの命ある者が絶えたことを。
最後の生き残りは彼だったことを。
「博士、ひとりは寂しいですね」
少女の問いかけに応じる者はいない。
少女の瞳がゆっくりと閉じられていく。
「私は、あなたの希望になれましたか?」
コスモスと呼ばれたアンドロイドの少女は今度こそ、永い眠りに就いた。
その様を神々の調和の世界はただ静かに見下ろしていた。
コスモスを知らない博士との話→「5年後という未来」https://ncode.syosetu.com/n5795io/
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