70 船酔いと奴隷とケートスと
のんびり更新中♪
ペリグレット王国から旅立った翌朝。
ミオは新たな問題に直面していた。
「ううぅぅぅ……もう……ダメかも」
朝目が覚めて、ベッドの上に起き上がったとたんにミオに襲いかかった船酔い。
ヒールを使う間もなくベッドに倒れ込んだミオ。
何とかベッドから降りようと、ベッドの端まで這うように体を移動させて……そこで力尽きて、頭と片腕がだらんとぶら下がった状態で動きを止めた。
眠っている間は船酔いに悩まされることはない。
寝る前にもポーションを飲んだため、問題なく就寝することが出来た。
でも、朝起きた時のことは考えていなかったため、現在の状況に陥っている。
「……枕元にポーション置いとこう……だ……誰か来ないかなぁ……」
こうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか?
朝食の時間になっても姿を現さないミオを心配して、シャルルがヴィクシスを連れてミオの部屋のドアをノックした。
「ミオ、起きているか?」
「……返事がないっすね」
「ミオ?」
シャルルとヴィクシスは顔を見合わせて少し考えると、ゆっくりとドアを開けて中に入った。
そして……
「ミオ!?」
「わわわ、ミオさん!?」
「……うぅぅ……し……死ぬ……」
「ヴィクシス、回復魔法を!」
「はいっす!」
こうして、ヴィクシスにヒールをかけてもらい事なきを得たミオは、ポーションを飲んでベッドの上に正座すると、2人に何度も頭を下げた。
その後、慌てて着替えようとするミオを止めて、2人は急いで部屋から出た。
―――――――
―――――
―――
「おはよう、ラウルさん。ごめんね、お仕事中に」
「ミオちゃんおはよう!俺の仕事なんて、全然気にしなくてもいいからね!」
船の甲板で、ミオは箒に乗って床から浮上しながら、クリスタルを使ってラウルと話をしていた。
本当は昨日連絡したかったのだけれど、船酔いだの何だので連絡が出来なかったのだ。
とりあえず、オルレーヌの港から出発したことをラウルに伝える。
「楽しみだなぁ、ミオちゃんに会えるの!」
「私もだよ」
こうして話をしていると、ミオの後ろからシャルルが声をかけてきた。
「ミオ、1人で何を話してるんだ?」
「あ、シャルルさん。1人でじゃないですよ、ラウルさんと話してたんです」
「ラウルと?」
「やぁ、団長さん!お久しぶり!」
クリスタルの上に映し出されているラウルを見て、目を見開くシャルル。
ミオは、通信用クリスタルのことを説明した。
「凄いな。こんなに離れていても話せるのか」
「今度、フェルドーやサンブリーとも連絡が取れるように、クリスタルを作ってもらうことになってるんですよ!」
「そうなのか?」
「あー、それなんだけどさぁ。ミオちゃんも作り方知っといた方がいいかと思って。こっち来た時に一緒に作ろうかと思ってるんだよねー」
「え、私にも作れるの?」
「材料さえあれば、そんなに難しくはないから大丈夫!」
「そうなんだ?うん、じゃあ頑張って作ってみるよ」
しばらく3人で話をして、ミオは通信を切ってクリスタルをバッグの中にしまった。
「ラウルとはよく連絡を取っていたのか?」
「はい、たまにですけど」
「そうか」
何とも言えない複雑な思いを抱きながら、シャルルはそんな感情を表に出さないようにミオに笑顔を向けた。
そして、心の中で思う。
なかなか決心できない私も……情けない男だな…
ミオとの関係性が崩れてしまうのではないか……そう考えると、なかなか自分の想いを伝えられずにいるシャルルだった。
「シャルルさんは、今日は何するんです?」
「私か?そうだな、今から船内を一回りして来て……あとは鍛錬だな」
「そうなんですね。それじゃあ……私は探検の続きでもして来ます」
「探検?」
「はい。昨日は途中で力尽きてしまったので……」
「ふふ。ならば、私と一緒に船内を回るか?」
「いいんですか?」
「もちろん」
ミオはポーションを飲んで箒から降りると、シャルルと一緒に船内を回った。
1人で探検していると、同じ場所をグルグルと回ってしまうこともあったけれど、シャルルと一緒だとそんなことはなかった。
こうして、出航して2~3日くらいは、いろいろな発見もあり楽しみながら過ごすことが出来たけれど……正直、やることがなくなると、退屈な時間がとても苦痛になって来るのだった。
ゲームも持って来たミオだったけれど、あれは船の上では船酔いを誘発してしまう危険もあり、そんなには出来ないことがわかった。
小説や漫画を読むのも同じだ。
厄介な船酔いめ……
「うーん……シャルルさん」
「どうした?」
「ちょっと散歩に行ってきてもいいです?」
「散歩?別にかまわないが」
「本当ですか?それじゃあ、ちょっとだけ行って来ますね!」
ミオが箒に乗るのを不思議そうに見ているシャルル。
次の瞬間、驚いたシャルルは咄嗟にミオの足を掴んで止めた。
「す、すまない。足なんか掴んでしまって……ミオ……何処に行くんだ?」
「えーと……散歩ですけど?」
ミオが言う散歩というのは、海の上を散歩するということだった。
箒を浮上させて、船から海上へと出て行こうとしたミオに、シャルルは目を見開いて驚き、思わず目の前の足を掴んでしまったのだった。
「すまない、まさか海の上だとは思わなかったんだ。そういうことなら、許可は出来ないよ」
「海には入りませんよ?」
「海には巨大な魔物も多い。たとえ上空を飛ぶのだとしても危険だ」
「そうなんですね……残念」
こうして、出航から6日目。
ミオ達を乗せた船は、食材の調達と燃料補給のため、初めて港町へと着港した。
久しぶりの地上に、ミオは足取り軽く船から降りて行った。
ほんの少しの間だけでも、船酔いの心配から解放されるのは嬉しい。
「今日はこの町で1泊することになるが……ミオ、宿を借りて泊まるか?」
「え?」
「その方がゆっくりと体を休められると思うのだが」
「でも、他の人達は?」
「他の者達は船でも問題はないから、気にしなくてもいいよ」
「うーん……でも、私だけっていうのも何だか悪い気がしますよ……」
「それは気にしなくても大丈夫だ。別に他の者も宿に泊まりたければ泊ってもいいのだからな。今回は、そういった者がいないというだけだよ」
「そうなんですか?」
そんなわけで、今夜はシャルルと一緒に宿屋に泊ることになったミオ。
これで、朝の船酔いを気にすることなく眠れる。
明日の出航までは、それぞれ自由に行動しても良いため、交代で船番をしながら、船乗りや騎士達も港町に出かけるようだった。
料理人達は食材の仕入れを行ってから、港町を散策するらしい。
ヴィクシスは、この港町には特別な薬草があるとかで、早々に薬草屋を探しに行ってしまった。
エレーヌは、部屋でのんびりと本を読みたいと言って、船の自室へと引きこもった。
「私達も行こうか、ミオ」
「はい」
シャルルが手を差し出したので、いつものことながらもやっぱりドキドキしながら、ミオは自分の手を重ねた。
―――――――
―――――
―――
港に1艘の船が停泊した。
次々と積荷が降ろされると、今度は首枷と手枷、足枷を付けられた人達が降ろされた。
少年少女や若い男女。
皆、ぼろきれのような粗末な布に身を包み、悲しみ以外の感情を宿していないような目をしていた。
鞭を持った男に命令されるがままに荷馬車の檻の中に入り、全員が入り終えると入り口に鍵がかけられて、荷馬車はゆっくりと動き出した。
「何だか、オルレーヌの港町とは違った雰囲気ですよね」
「この世界には港町はいくつもあるが、それぞれが違った雰囲気だと思うよ」
「そうなんですね」
オルレーヌの港町は、石畳が敷かれている少しオシャレな港町な感じで、どちらかと言うとヨーロッパ風。
ここは、どことなくアジア風な感じがする港町だ。
まぁ……どちらも行ったことはないので、あくまでもミオが思い描くイメージではあるけれど。
ミオとシャルルが屋台の商品を見ていると、近くにいくつもの檻を連結させた荷馬車が止まった。
そして馬車の中から、小太りの中年男性が降りてきて、荷馬車を止めた貴族風の人物と話をしている。
他の店も見てみようと、ミオがその店から移動しようとした時、ふと荷馬車の檻が目に入った。
あれは……人間?
ミオは、初めて見る檻の荷馬車と、その中に入れられている人達を見て足を止めた。
檻の中にいる人達は、全員首枷と手枷と足枷が付けられていた。
そして、ほとんどが悲しげな目をしていた。
その中の1人の少女と目が合ってビクッと固まる。
「ミオ?」
「……シャルルさん……あれは?」
ミオの視線の先にあるものを見て、険しい表情となるシャルル。
「あれは、奴隷だ」
「……奴隷?」
奴隷……元の世界でも、そういう制度が昔はあったということは知っている。
でも、奴隷などというものは、ミオの中では小説や漫画の世界のものでしかない。
こうして、現実世界で目にしてしまうと、胸が締め付けられるように苦しかった。
「ペリグレット王国では奴隷制度というものはないが、この世界の多くの国では奴隷制度があるんだ」
「そう……なんですね」
「貧しい家や身寄りのない子供が、奴隷として売られることが多い。中には正規ルートではなく奴隷を仕入れて来る、悪い商人もいるようだが」
「助けてはあげられないんです?」
「それは難しい。このような制度がある国だからな。他国の者が口を出せば、国同士の問題になってしまいかねない」
シャルルは、ミオの顔を自分の方に向かせて言った。
「ミオ、ペリグレット王国の王女として、このような国もあることは覚えておかなければいけないよ」
「……はい」
「良い主人に巡り会えることを祈ってあげることくらいしか、私達に出来ることはない」
お金を払えば、奴隷を買って助けてあげることは出来る。
でも、それはただの偽善者というものだろう。
全員を助けるなんてことは出来ないのだから。
シャルルは、ミオを奴隷達から遠ざけるように、ミオの手を引いてその場から離れた。
―――――――
―――――
―――
「んーっ……船酔いしない朝って、なんて気分がいいの!」
ポーションを飲まなくても、気持ちよく眠りに入って、朝はスッキリ目覚められる……地上での生活は何て素晴らしいんだろう!
海賊なんかに転生してこなくて本当に良かったと思う。
ミオはベッドから降りると窓を開けて、爽やかな朝の空気に包み込まれた。
これで、次の港町までまた船旅を頑張れそうだ。
朝食を食べてシャルルと一緒に船に戻ると、出航の準備は整っていたので、2人が乗船するとまもなく船は港から出航した。
さすがに船の上で1週間も過ごしていると、少しずつミオもヒールやポーションを飲むタイミングがわかってきたので、箒を使いながら上手く船酔いを防げるようになった。
ポーションも1日3本くらいで足りるようになったので、ヴィクシスの心配も軽減したようだった。
「そういえば、特別な薬草ってどんな薬草だったの?」
「今作ってるポーションよりも、回復力が高いのが作れる薬草っすよ。体力と魔力、両方の薬草があったんすけど……やっぱり高くて買えなかったっす」
「え、王国の経費にならないの?」
「師団長に話を通していないし、書類も書いてないからムリっす」
船の上から連絡が出来れば、書類は後回しでも口頭で指示がもらえるだろうに……やっぱり連絡が出来ないってとても不便だ、今すぐにでも通信用クリスタルを導入したいと思うミオだった。
船の上で箒に乗って過ごすのは、簡単そうに見えて実は少しコツがいる。
地上とは違って船は動いているため、空中で箒を停止させているとどんどん移動してしまうのだ。
特に、読書中は注意していないと、ぶつかりそうになったり船から出てしまいそうになったりする。
まぁ、船から出てしまっても戻ってくればいい話だけれど……なんて思っていたら、魔物が海中から飛び出してきて食べられてしまうこともあるから、とても危険なのだとシャルルに怒られてしまった。
そんなこともあり、箒の上で読書をする場合には細心の注意を払っている。
でも、船の動きに合わせて箒を動かす……これ、箒の操作がめちゃくちゃ上達するのでは?
オルレーヌの港から出航した時に比べると、ミオの船上での生活はかなり快適になったように思う。
何事も経験は大切だな。
こうして、最初に停泊した港町から出航して6日目。
次に停泊する港町が見えて来た時に、ちょっとした事件が起きた。
いつものように船の掃除の手伝い(あまりにも退屈で、ミオが頼み込んで手伝わせてもらっている)などをして、昼食を食べてから甲板で箒に乗ってぼんやりと海を眺めていたミオ。
「ん?」
魔物の気配を感じて、ミオは海を覗き込んだ。
船の上からは何も見えなかったけれど、確かに魔物の気配を感じていた。
念のためポーションを飲んでもしもの場合に備えるミオ。
そんなミオの姿を見つけたシャルルが歩み寄ってきて声をかけた。
「どうしたんだ?ミオ」
「シャルルさん。えーと……たぶん、この下に魔物がいますよ?」
「何!?」
驚いたシャルルが、そこにいた全員に向かって警戒するように知らせた。
しばらくの間、注意深く海を覗き込んでいると、巨大な影が近づいて来るのが見えて、船の上の緊張感が高まった。
そして、もの凄い水しぶきとともに海中から飛び出して来たのは……何と、ケートスだった。
空中で体を1回転させたケートスは、再び激しい水しぶきを上げながら水中へと潜って行った。
大きな波が立って、激しく船が揺れる。
そしてシーンと静まり返ったかと思うと、次の瞬間、船に激しい衝撃が襲いかかって、ほとんど全員がバランスを崩して船上を転がった。
どうやら、ケートスが船に体当たりをしたらしい。
すぐに立ち上がって体勢を立て直し、ケートスの動きに警戒する。
ミオは箒に乗ったまま浮上した。
「もっかいケートスが飛び上がって来ます!」
皆、柵などにつかまりながら衝撃に備える。
海中から大きな影が近づいて来て、再びケートスが海上に飛び出して来た。
ミオはスノーフロストを放とうと両手を構えたけれど……左側のヒレ辺りを怪我をしているのが見えて、魔法を使えなかった。
「ミオ!?」
「あのケートス……ケガをしています」
「怪我だと?魔物は自己再生できるはずだが」
「よくわからないですけど、次に飛び出して来たら回復してみます」
「いや、倒すべきだ」
「でも、ケガで暴れてるだけかもしれません」
「……確かに、何もしなければケートスが襲ってくることはないが…」
以前、オルレーヌの港町にケートスが現れた時は、襲って来たわけではなくてパニックだっただけのようだった。
生息場所から港に迷い込んでしまったために、パニックになってしまったのだ。
だから、今回も怪我によるパニックだと考えるのが妥当だろう。
攻撃しているわけではないのだから、ミオには討伐の必要はないように思えた。
「とりあえず、回復します。それで攻撃してきたら倒します」
「……わかった」
ミオは、魔力強化を自分にかけると、ケートスが飛び上がって来るであろう場所に向かって両手を構えた。
そして、ケートスが飛び上がって来た瞬間、ヒールを唱えた。
ケートスの怪我が癒されていく。
でも、魔力強化をしていたとはいえ、一度で完全に癒すことは出来なかった。
どこであのような怪我を負ったのだろう?
それに、自己再生が出来ないということも謎だ。
とりあえず、今はケートスの傷を回復させることに集中しよう。
ミオは念のためにもう一度魔力強化をかけてから、再び飛び上がって来たケートスにヒールを唱えた。
こうして、3回目のヒールでようやくケートスの傷は完全に癒された。
海中へと潜ったケートスは、しばらくすると海中から飛び出すのではなく、ゆっくりと浮上してきて海面から顔を出した。
「あ、ケートスがこっち見てますよ」
「何?」
ミオが船の端で箒に乗ったまま海を見下ろしていると、シャルルが駆け寄って来て海を見下ろした。
ケートスはミオの方をジーッと見ているようだった。
ミオが箒を下降させてケートスに近づく。
「ミオ!」
「たぶん、大丈夫ですよ」
ジーッと見つめて来るケートスに、ミオは手を伸ばして頬の辺りを優しく撫でた。
何となく嬉しそうな顔をした(ように見えた)ケートスは、海中へと潜って行った。
ミオには、ケートスが「ありがとう」と言ってくれたように思えた。
箒を浮上させてミオがシャルルの所に戻ると、シャルルは安堵のため息をつきながらミオの頭に手を乗せた。
「あまり、心配させないでくれ」
「ご、ごめんなさい」
「ふふ。ミオには、魔物に好かれる何かがあるんだろうな」
「えー、魔物になんか好かれたくないですけど……」
この後、そう時間はかからずに港へと到着したミオ達は、港町の領主にとても感謝された。
どうやら、あのケートスが港で暴れるので困っていたらしい。
お礼として、とても豪華な夕食に招待していただき、ミオ達は楽しい夜を過ごさせてもらった。
.
お読みいただきありがとうございました!




