06 初めての騎士団との同行
のんびり更新中♪
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11月23日 暴風雨
酷い天気だったけど、嫌いではない。
台風の時の変なワクワク感みたいな感じだ。
それよりも……
気になる2人組を見かけた。足まで隠れる黒いローブを羽織って、フードを深く被っていた。見た目がとても怪しい。
この世界での敵は、魔物だけだと思っていた。でも違った。どの世界に行っても、悪い人間はいる。
人間との戦いも……避けられないことがある世界…
「黒ローブかぁ……何で悪いことする人って、いかにも怪しそうな格好をするんだろうな」
ベッドの上で母親の日記を読みながら、ミオはゴロンと仰向けに寝転がって天井を見つめた。
人間との戦い……
結局のところ、どの世界でも一番怖いのは人間なんじゃないかと思う。
どうして人間は、争いを起こしてしまうのだろうか。
「お母さんも……人間と戦ったのかな…」
母親の日記を胸に抱いて、目を閉じた。
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「おはようございます、パトリエール団長」
「おはよう、ミオ。今回はよろしく頼む」
「こちらこそ。ご迷惑をおかけしないよう頑張ります!」
今回調査に向かうのは、王国の東側に広がる東の森・メーヌの森だ。
水竜がいる南の森・ネーオールの森よりも王都からは遠く離れているため、途中で野営をして向かうらしい。
野営ってキャンプみたいな感じなのだろうか?
インドア派のミオにとっては、キャンプなんて小学生の頃の林間学校以来だ。
テントでは全く眠れなかった記憶しかない。
「団長、これを」
「ああ、ありがとう」
1人の騎士ががシャルルに何かを渡しに来た。
騎士が立ち去ると、シャルルは受け取ったものをミオに差し出した。
「これはミオの分だ。使ったら補充するから言ってくれ」
「えーと……これは?」
見たところ、ゲームやアニメなんかで見たことがあるポーションに似た小瓶だ。
「そうか、ミオはまだ使ったことがなかったな。これはポーションと言って、体力を回復したりケガの治療に使うものだよ。ミオには魔力を回復するポーションも渡しておく」
「とってもキレイな色ですね」
「魔導師団で作っているものだけれど……見たことはなかったか?」
「え、そうなんですか?全く知りませんでした…」
「先日、薬草を買いに行っていただろう?あの薬草を使って作っているんだよ」
「あ、そういえば薬草買いに行きましたね。何も考えていませんでしたけど、あれで作ってたんですね」
シャルルはポーションについて説明してくれた。
赤…体力回復、治癒
黄…魔力回復
緑…体力と魔力の回復、治癒
今回手渡されたのは3種類だったけれど、ポーションは他にもあるらしい。
紫…解毒
青…麻痺解除
橙…鎮静
ゲームやアニメで見ていたポーションが、今は現実として自分の手の中にあるのが何だか不思議な感覚だ。
どんな味なんだろう?
「積荷が終わったら出発するから、それまでもう少し待っていてくれ」
「私も荷物積むの手伝いますよ」
「荷物は重いからミオはここで待っていて」
シャルルは優しい笑みを向けると、作業状況を確認するために騎士達の所に向かった。
準備を手伝わないのは何だか悪い気がして、少し考えてミオは荷馬車の所に行ってみたけど、荷物を運ぶ手伝いはお断りされてしまった。
仕方がないので静かに待つことにする。
「よし、では出発する。目的地はメーヌの森だ。今日は手前の地点で野営をする」
荷馬車への積み込み作業が終了し、いよいよ出発だ。
ミオの緊張が高まる。
それぞれが自分の馬や荷馬車へと移動していった。
「ミオ」
「パトリエール団長」
「荷馬車か私の馬でもいいのだが……本当に箒での移動で良かったのか?」
「はい。師団長にも、練習のためできるだけ箒で移動するように言われていますので」
「カミーユの奴も厳しいな」
「でも、私も練習したいので大丈夫ですよ」
「……それならば、私の傍を飛んでくれ。もしも私が限界だと感じたら、私の馬に乗せるから」
「はい。頑張ります!」
こうして第一騎士団と共にミオは王宮から出発した。
ゆらゆらと箒に座って浮かび上がったミオは、シャルルの隣を飛行する。
練習の甲斐があってかなり安定して乗れるようになった。
乗り心地はまだまだいいとは言えないけれど、馬車とは違って揺れないのが助かる。
馬車に対する憧れはあったけれど……実際に乗ってみると振動とか揺れが想像以上で、乗り物酔いしてしまいそうな乗り物だった。
「だいぶ上手に乗れるようになったのだな」
「まだまだ不安定な時もありますけどね。落ちる回数はかなり減りましたよ!」
「さすがに隣で落下されるのは…心臓に悪いな」
「……十分に気をつけます」
「疲れたらすぐに言うんだよ?無理はしないで」
「はい、ありがとうございます」
王都を抜けて門を出ると、見渡す限りの草原が広がっていた。
こんなに見晴らしのいい景色は、元の世界ではなかなか見る機会がないだろう。
この草原はどこまで続いているんだろう?
ミオは思わず箒を上空に高く浮上させていた。
凄く……美しい景色
ここが現実世界だということを忘れてしまいそうな景色だった。
「…………あ」
ミオは、自分がとても高く浮上していたことに気がつき、慌てて箒を下降させてシャルルの隣へと戻った。
「す、すみません。つい……あんまりキレイな景色だったので…」
「急に浮上していったから何かあったのかと思ったが…何事もなかったのなら良かった」
「…はい」
「あんなに高く上がれるんだな。だが……落下するんじゃないかと少し心配したよ」
「本当にごめんなさい!」
「次からは……声をかけてもらえると嬉しい」
「はい!」
さっそく心配をかけてしまった……ミオはとても反省した。
何やってんだろう、私…
こうして草原の中を進んでいくと小さな小川が見えてきて、そこで休憩を取ることになった。
「疲れていないか?ミオ」
「大丈夫ですよ。少しお尻が痛いですけど……箒の柄は硬いもので」
「休憩が終わったら、私の馬に乗っても良いのだよ?」
「いえいえ、まだ大丈夫です」
「そうか」
シャルルは優しいなぁ…などと思いながら、ミオは小川の畔の大きな岩に座って、靴を脱いで川の水に足をつけた。
冷たくて気持ちがいい。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
シャルルが2人分の飲み物を持ってやって来て、ミオの隣に座った。
「気持ちが良さそうだな」
「はい、冷たくて気持ちがいいですよ」
「拭くものを持ってこよう」
「あ、大丈夫ですよ。魔法で乾かせるので」
「魔法で?」
ミオは魔法を使って濡れた足から水分を取り除いて見せた。
驚いた表情で見ているシャルル。
「そんなことも出来るのか……凄いな、ミオは」
「こないだ、髪の毛を乾かそうと思って使えるようになった技です」
「髪の毛を?」
「はい。こっちにはドライヤーがないから、髪の毛がだんだん傷んできちゃって…それで魔法で何とかならないかなって思ったんです」
「ドラ……?」
「えーとですね……濡れた髪の毛を乾かす温かい風が出る道具なんです」
「ほう。ミオの世界には便利な道具があるのだな」
「便利な道具はたくさんありますよ。でも、こっちの世界みたいに魔法は使えないです。だから、こっちでは魔法が便利道具みたいなものですね」
「使える者は限られているがな」
「それなんですけど……きっと魔法を使える人ってもっといると思うんですよね。気がついていないか……他に何か理由があって使わないようにしているとか。私は、探せばたくさんいるんじゃないかと思ってます」
ミオがそう言いながらシャルルに目を向けると、とても驚いた顔をしているシャルルがいて逆に驚く。
「あ、私何かおかしいこと言いました?」
「いや……そんな風には考えたことがなかったからな」
「そうなんですね……魔導師の学校とか作ったら、魔導師の数も増えると思うんですけど。あ、魔力を持っている人がいればですけどね」
「騎士を育成する場所はあるが、魔導師はないからな。ミオの言う通り、魔導師を育成する機関があってもいいかもしれない。今度、カミーユに話してみよう」
「ホントですか?ありがとうございます」
そんな話をしていると、近くでバッシャーンという水音が聞こえてきて、ミオとシャルルは何事かと驚いて視線を向けた。
どうやら、騎士の1人が足を滑らせて川に落ちてしまったらしい。
全身ずぶ濡れになって、他に騎士達に笑われている。
「そんなビショビショじゃあ、お前の馬可哀想だな」
「重いだろそれじゃあ」
「冷たくて気持ちは良いがな」
「風邪ひくなよ」
「えーと……乾かしましょうか?」
「は?」
ミオが声をかけると、騎士達が驚いたようにミオを見下ろした。
「いやいや、乾かすって…」
「すぐに乾きますよ?」
「そんなのどうやって……なっ!?」
ミオが魔法で、騎士を濡らしている水を水滴にして取り除いた。
騎士から取り除かれた水は川へと戻す。
「「「おお~~~!!」」」
「凄いな!もう乾いてるぞ!」
ミオは、もう落ちないでくださいねと笑いながら、シャルルの所へと戻った。
「なかなか便利だな」
「はい」
こうして休憩が終わり、ミオと騎士団は再びメーヌの森に向かって出発した。
草原だった景色も少しずつ変わり、小さな森を抜けたり、小さな村を見つけたりと、移動時間は長いもののそんなに苦にはならずに飛行することが出来る。
「次の休憩は丁度昼時だから、町に立ち寄って昼食にするよ」
「そうなんですか、どんな料理があるんだろ……楽しみです♪」
「マルセーヌという小さな町だが、酪農が盛んで肉料理が評判なんだ」
「ふぅん、そうなんですね!」
きっとこの広々とした草原が酪農にはいい土地なんだろうと思った。
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「各自自由に休憩を取ってくれ。時間になったらここに集合だ」
馬や馬車を預けると、自由行動となった。
相変わらず時計というものが見えないのだけれど、皆はどうやって時間を守ってるんだ?ミオの中ではとても謎だ。
「さあ、行こうかミオ」
「はい………ん?」
「どうした?」
シャルルと一緒に昼食を食べる店を探しに行こうとしたミオのスカートの裾が引っ張られて、ミオが立ち止まった。
見てみると女の子がミオを見上げながらつかんでいた。
迷子かな?
「えーと……どうしたのかな?お母さんとはぐれちゃった?」
ミオが目線を合わせるようにしゃがみながら女の子に声をかけると、女の子はにっこりと笑いながら言った。
「わたしの家に食べにきて!」
「え?」
「おかあさんの料理はとてもおいしいの!だからおねがい、食べにきて!」
「えーと……」
ミオはどうしたものかと困惑しながらシャルルを見上げた。
するとシャルルは優しく微笑みながらミオの隣でかがんで、女の子に言った。
「わかったよ。君の家に案内してくれ」
「ホントに!?やったぁー!こっちよ!」
女の子は嬉しそうにミオの手を引いて歩き出した。
町中からは少し離れているらしく、路地を抜けて小道を歩いて行き建物が少なくなって開けた場所へと出た。
「この道の先にわたしの家があるの!」
「ふぅん、そうなんだ。でも偉いわね、お母さんのお手伝い?」
「わたしの家……すこしとおいからあんまりお客さんきてくれなくて……でもね、ホントにおかあさんの料理はおいしいの!」
「うん、楽しみにしてるよ」
ミオとシャルルの後ろから、騎士達も何人か一緒について来ていた。
確かに、町中からは少し離れていて場所もわかりにくそうなので、町を訪れた客が足を運びにくい店なのだろう。
「ここよ!」
「可愛らしいお店ね」
「どうぞ、入って!」
店先には小さいけれど手入れの行き届いた花壇があり、控えめなメニュー看板が置かれていた。
見た目的にはミオ好みの可愛らしい外観だ。
「あら、リリアンナ。お帰りなさい」
「おかあさん!お客さんつれていたよ!」
「え、お客さん?あらまぁ、いらっしゃいませ。もしかして……王都の騎士様達ですか?」
「ああ、そうだ。少し人数が多いのだが…大丈夫か?」
何だかんだで12人くらいになってしまった。
町中に向かおうとしていた騎士達の中にも、ミオやシャルルを追ってついてきた騎士もいたからだ。
今回の調査に同行している騎士は15人だから……ほぼ全員ということになる。
一緒に来なかった3人の騎士は、後でとても後悔していた。
こじんまりとしたお店だったけれど、大丈夫だろうか?
「大丈夫ですよ。狭い店なので少し窮屈かもしれませんが……もしよろしかったら外の席もお使いください」
「すまない」
「お好きな席へどうぞお座りくださいませ」
何人かは外の席に行ったようだ。
ミオとシャルルは店内の席に座った。
そして懐かしい香りが漂ってきて、ミオの目が輝いた。
「ん?カレー?」
「どうかしたか?」
「カレーの匂いがします!」
「それは……料理の名前なのか?」
こっちの世界ではカレーという料理はないらしい。
でも、これは間違いなくミオの大好きなカレーの匂いだ。
「カレーがあるんですか?」
「え、もしかしてお嬢さん………これはお店で出している料理ではなくて、私たちの食事にと作ったものなんですよ」
「……そうなんですか」
「あまり量がないので少しで良ければ……料理ができるまでの間にでもどうぞ」
「え、いいんですか!?」
「お店に出せるようなものではありませんが」
「いただきます!」
出されたものは、ミオの記憶の中にあるカレーと寸分たがわぬ料理だった。
まさかカレーが食べられるとは。
カレーの作り方は知っているものの、スパイスからとなると全く分からないので、こちらの世界で食べることは諦めていた。
それが目の前に出てきたのだから、これはテンションが上がる。
皆で食べられるようにと取り分ける器もつけてくれたのはさすが気の利く店主だ。
「……初めて見る料理だが」
「これはカレーという料理で、私の大好物です。毎日でも食べられます」
「そうなのか……どのような料理なんだ?」
「うーん……どのようなと言われると説明は出来ないのですが…とりあえず食べてみてください」
ミオは器によそったカレーをシャルルの前に置いた。
自分の分もよそうと、他の騎士に器とカレーを回した。
スプーンですくってカレーを口に運ぶ。
その味わいは……まだ子供が小さいこともあって辛さは控えめだけれど、スパイスが効いていてコクもあり、とても美味しいカレーだった。
何故、このカレーが店の料理として出されていないのかがとても疑問だった。
「ほう、なかなか美味しい料理だな」
「王宮の食堂でも出してほしいです」
「ミオがスージーさんに作り方を教えれば、食堂でも出してもらえると思うぞ?」
「私、カレーのスパイスの調合とかわからないですもん」
「スパイス?」
「カレーにはいろんな香辛料が入っているんですよ。でも、何が入っているのかは私にはわからないです」
「そうか、それは残念だな」
他の騎士たちからも、カレーを絶賛する声が上がっていた。
まさかこっちの世界にカレールーなんてないだろうしな。
また食べたくなったらこの店に来よう……そんなことを考えていると、料理が出来上がったらしく、とても美味しそうな料理が運ばれてきた。
ワンプレートの料理だったのが、何だか庶民的でミオはとても好きだと思った。
「どうしてカレーはメニューに加えないんですか?」
「カレーなんて知っている人がいないですからね」
「えー、凄く美味しいのに……もったいないです」
「そんなに気に入ってくれたんなら、スパイスを分けてあげましょうか?」
「ホントですか!?是非!それと、カレールーじゃなくてスパイスでのカレーの作り方も教えてもらえると嬉しいです!」
「それじゃあ、食べ終わるまでに書いておきますよ」
「ありがとうございます!」
よし、これで食堂でもカレーを出してもらえる。
それにしても……この店の料理はとても美味しい。
でも、立地があまり良くないためにお客さんが少ないというのは……何だか残念なことだ。
王都からは4時間くらいはかかってしまうけれど、ミオは時々食べに来ようと心に決めた。
箒の練習も兼ねて。
食事を食べ終えて、それぞれがお会計をしていると、リリアンナがミオの手を引っ張った。
「どうしたの?」
「おいしかった?」
「うん、とっても美味しかったわ」
「またきてくれる?」
「うん、また食べに来るわね」
「ホント?」
「そんなにたくさんは来られないけど、また食べに来るよ」
「楽しみにまってるね!」
ミオがリリアンナとの会話を終えて会計をしようとすると、もう頂いてると言われて驚く。
シャルルが払ってくれたらしい。
ミオは慌ててシャルルに駆け寄った。
「パトリエール団長!あの…」
「ミオは何も気にしなくていいんだよ」
お金のことは言わないとでも言うように、シャルルは人差し指を口に当てながら微笑んだ。
いやいや、でもさすがにそれは悪いのでは……そう思ったミオだったけれど、そんなポーズを取られては、何も言えなかった。
「えーと……ごちそうさまです」
「とても美味しい店だったな」
「はい。また来ようと思います」
「そうか、それじゃあ一緒に来よう」
「え、いいんですか?」
「私と一緒では嫌か?」
「そんなことありませんよ!」
集合時間まで、町をブラブラしたりベンチでのんびりと過ごしたりして、今夜の野営の場所に向かって出発した。
今日はメーヌの森の少し手前での野営の予定だ。
メーヌの森は、王都からは約80kmほど離れている。
車ならそんなに時間はかからずに移動できる距離なのだろうけど、こっちは馬や馬車での移動なのでかなり時間がかかってしまう。
便利な世界に慣れてしまったミオには、とても不便に感じることが多い。
せっかく魔法があるのに……もっと便利な世の中にできないのだろうか?
凄い魔導師とか現れて、転移魔法なんて開発してくれると嬉しいな。
途中で休憩を挟んで野営地点に到着した頃には、日は沈んで辺りが薄暗くなり始めていた。
騎士達が馬車から荷物を降ろして野営の準備を始めた。
ミオは手伝おうと声をかけてみたけれど、朝と同様にお断りされてしまった。
うーん……やることがない。
騎士達の見事な手際で、辺りにはいくつかのテントが立てられた。
三角のこじんまりとしたテントを想像していたので、この光景に驚くミオ。
え、こんなに大きいテントの道具がどこに乗せてあったんですか?
そんなテントの中でも一番小さいテントに案内され、それが今夜ミオが寝るテントだと教えられた。
小さいテントとはいえ、1人で過ごすには広すぎて何だか落ち着かない気分だった。
私……馬車の荷台の片隅とかで大丈夫ですけど…
テントに囲まれた中央部分は少し開けた場所となっていて、そこで火を起こして夕食を作って食べるようだった。
水とかどうするのかと思ったら、近くに水が湧き出ている泉があって、そこから汲んでくるとのことだった。
ミオは場所を聞いて泉へと向かった。
「わぁ……キレイな泉」
泉の水はそのままでも飲めそうなほどにキレイな水だった。
お風呂には入れないし…ここの水で体でも拭こうかな。
バケツを持ってくればよかったと後悔しながら、少し考えて泉に手を翳した。
「お、出来た」
一塊の水を浮かび上がらせて、魔法で操作しながら運ぶ。
そして騎士にバケツを1つ借りて水の塊を入れた。
「それ……便利だな。今度水を運ぶの手伝ってくれないか?」
「手伝います!」
これでお手伝いができる。
1人だけ何もしないのって……本当に気が引けるんですよ。
ミオは水を入れたバケツを持ってテントへと戻った。
……水を入れたバケツはとても重く、テントに持って来てから水を入れればよかったと後悔する。
さっきから後悔ばっかだな。
バッグからタオルを取り出してバケツの中に入れた。
服を脱いでタオルを絞って体を拭く。
石けんとかはないけれど、こうして拭くだけでもサッパリする。
頭も洗いたいところだけど……あ、バケツに頭を突っ込んだら洗えるかな?
水洗いだけでも気分的にはスッキリするかなと、バケツに頭を突っ込んで頭も洗った。
「サッパリした~」
「ミオ、食事の用意が出来上がったようだが、出てこれるか?」
「え、ちちち、ちょっと待ってくださいね!」
テントの外からシャルルの声が聞こえて、慌てて髪の毛を乾かす。
急いで服を着てテントから顔を出した。
「すみません、ちょっと体拭いて頭洗っていたので…」
「そ、それはすまなかった」
「片付けるので、パトリエール団長は先に食べててください」
「終わるまでここで待っているよ」
「それじゃあ、急いで片付けますね!」
「ゆっくりでいいよ」
シャルルは慌てるミオに微笑みながら言った。
ミオはタオルから水分を取り除いて乾かすとバッグにしまい、髪の毛をブラシでとかして整えて、シュシュで結びながらテントから出た。
「お待たせしました!」
「そんなには待たされていないよ」
シャルルの優しい笑顔がとても好きだなと思う。
どうしたらこんなに品が良く笑うことが出来るんだろう?
やっぱりイケメンって凄いなぁ…
「髪をおろすと随分と印象が変わるものだな」
「そうですか?」
「あんなに長いとは思っていなかった」
「結んでるとわからないですよね。たぶん、私の人生の中でも長い方だと思います」
「そうなのか?」
「時々無性に切りたくなって、そうするとしばらくはボブのままになるから、あんまり伸ばすことがないんですよね。シャンプーするの楽ちんだし」
「ボブ?」
「えーと……こんな感じです」
ボブだった頃の写真を見せると、シャルルは驚いた顔をしながら微笑んだ。
「これもまた、随分と印象が違うな。髪型でこうも変わるものなのか」
「変わるものなのですよ」
ケラケラと笑うミオに、シャルルも穏やかな笑みを浮かべた。
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木が生い茂る森の中……
足音を潜めながら動く人影が1つ。
その人影の足元に描かれたのは、魔法陣。
この魔法陣は何のために描かれたのだろうか……
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