閑話 ピアノと噂話
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朝、ミオが王宮に行くと、何処からかピアノの音が聞こえてきた。
その音は、何かの曲を奏でているわけだはなく、ただ鍵盤を指で鳴らしているだけの音のようだった。
ミオは音が聞こえてくる部屋を探して、王宮内をウロウロと歩いていた。
今まで、この王宮でピアノの音なんか聞いたことがなかったから、ピアノがあったことに驚く。
誰が弾くんだろう?
「あ、この部屋かな?」
ミオは、ピアノの音がよく聞こえる部屋の前で立ち止まり、ゆっくりとドアを開けて中を覗いて見た。
誰が弾いているのか……ピアノの陰に隠れていてその人物が誰なのかは見えない。
ミオは静かにドアを閉めると、ゆっくりとピアノに近づいて行った。
「……お父さん?」
「おぉ、ミオか。おはよう」
ピアノの前に座って音を鳴らしていたのは、ミオの父親でもある国王だった。
「おはようございます。王宮にピアノがあったなんて知りませんでしたよ」
「私も久々にここに来たからなぁ」
「お父さんが弾くんです?」
「いやいや、私には弾けんよ。カエデにも愛想をつかされたくらい、私にはピアノを弾く才がなかったからなぁ」
「え、もしかして……お父さんもお母さんのスパルタ指導受けたんですか?」
「スパルタ?何だそれは?」
「めちゃくちゃ厳しいピアノの指導ですよ……」
「ははは、私はカエデの言うようには弾けなかったから、すぐに愛想をつかされてしまったよ」
普段はとても優しい母親だったけれど、ピアノのこととなるととても厳しい人だった。
まぁ、母親の指導のおかげで、ミオはピアノが弾けるようになったわけだけれど。
ミオの母親がこちらの世界に来たのは15歳の頃。
その頃には、ピアノの腕はかなり優れていたようで、ピアニストを目指していたと母親に教えてもらったことがあった。
こちらの世界にいたことは話していなかったけれど、子供の頃からピアノが上手で、中学生の頃には将来ピアニストになることを決めて、音大を目指していたと話していたのを覚えている。
ミオが高校生の頃に、音大なんて行くつもりはないと話すと、別にそれは求めていないと言われた。
ただ、この曲は弾けるようになって欲しかったからと、数曲をみっちりと教え込まれたのだ。
母親が弾けるようになって欲しいと言った曲は、どれも難易度の高い曲ばかりで、母親ほどピアノが上手ではなかったミオにはとても大変な練習の日々だった。
「ミオはピアノが弾けるのか?」
「お母さんみたいに上手には弾けないですけど……それなりには弾けますよ」
「だったら、カエデの曲も弾けるのか?」
「お母さんの曲?お母さんが作ったんです?お母さんが作曲したなんて、聞いたことないですけど……」
「うーん……そうだなぁ……説明は出来んが……英雄の曲だとか、星が輝く曲だとか……あとは幻想的な曲だとか言っておったな。他にもいろいろと弾いていたよ」
「……それ、お母さんが作ったんじゃなくて、昔の凄い人達が作った曲だと思いますよ」
「そうなのか?」
ミオは少し考えてからピアノの前に座って、母親に教え込まれた曲を弾いてみた。
目を見開きながら驚いた国王は、嬉しそうに顔を緩めて、そのうちに滝のような涙を流し始めた。
いい加減、号泣するのはやめて欲しい。
「楽譜がないので、これくらいしか弾けませんけど」
「十分だよ。懐かしいなぁ、カエデの曲」
「これくらいで良ければ、いつでも弾いてあげますから」
「本当か?ミオ~~~~~、私は、私は嬉しいぞ!」
「わっ、だから泣かないで下さいよ!」
抱きついて号泣する国王に、ミオは盛大にため息をついた。
ミオは思った。
母親が何故あそこまでスパルタでこの曲を教え込んだのか……きっと、こうして父親の前でミオがピアノを弾くことになるのを、見越していたのだろう。
どんなに練習をしても、母親のように上手に弾くことは出来ない。
それでも、父親が喜んでくれたのだから、スパルタ指導でピアノを学んだ甲斐はあったとうことだ。
こうして、時々ミオは王宮でピアノを弾くことになったのだけれど、そのピアノの音色は王宮の外にも聞こえていて、あっという間に噂が広まった。
「そういや、最近王宮からピアノの音が聞こえて来るらしいな」
「あぁ、夜勤の騎士達が、たまに朝食の時間の前に聞くそうだ」
その噂話は、シャルルとカミーユの耳にも入っていて、ある日の夕食でその話をしていた。
「この王宮に、ピアノなんか弾ける奴いたか?」
「さぁな」
「何だよシャルル。お前、何か知ってるだろう」
心当たりがあるシャルルが笑みを浮かべながら食事を食べ、カミーユがいぶかしげな顔でシャルルを見ていた。
そこにミオがやって来て、向かい合って座っている2人の隣に座った。
「お疲れ様です、シャルルさんに師団長」
「お疲れ様、ミオ」
「……俺だけ距離ないか?」
「え、ないですよ。何言ってるんですか」
「名前で呼んでみろ」
「……何でですか」
「いいから、ほら」
「……カミーユ師団長……って、やっぱりおかしいですよね?」
「おかしくない」
何でそこまで呼び方にこだわるのか、ミオには全く理解できなかった。
隣でシャルルがクスクス笑いながら見ている。
「何笑ってんだよ、シャルル」
「いや、別に。それよりも、ミオ」
「何ですか?」
「噂になっているよ」
「え、何がですか?」
「何言ってんだシャルル。別にミオは噂になってないだろう?噂になっているのは、王宮から聞こえてくるピアノだ」
「え!?噂になってるんです?何でですか?」
「やはり、ミオだったか」
「……どういうことだ?」
1人だけ状況が理解できずに怪訝そうな顔をしているカミーユに、シャルルがピアノを弾いているのはミオだと説明をした。
驚くカミーユ。
「お前、ピアノなんか弾けたのか?」
「まぁ、多少は……母に教え込まれたので」
「ミオはとても上手に弾けるよ」
「何でシャルルは知ってるんだよ?」
「収穫祭で聴いたからな」
「収穫祭?……それにしても、何でピアノなんか弾いてるんだ?」
「王様が、母が弾いてたピアノを聴きたいと言うので、時々弾いてるんですよ」
「今度、私も聴きに行ってもいいか?」
「いいですよ」
「俺も行く」
「師団長がピアノとか……何だかイメージと違いますよね」
「どんなイメージだ」
王宮から聞こえてくるピアノの音色は、聞いた者はその日に良いことが起こるなどという噂となり、王宮前の広場には毎朝人が集まるようになった。
おかげで、ミオが朝食を食べに行くのに、誰にも見られないように行くのが難しくなってしまい、毎日苦戦することに。
「……なぜ、こんなことに」
今度、秘密の通路を作ってもらおう……ミオは本気でそんなことを考えていた。
それにしても、噂話とは本当に怖いものだと思う。
竜の噂も、今回のミオのピアノの件と同じように、いつの間にか出来上がってしまった噂だ。
このような、真実ではない噂というのは、どこから生まれてしまうのだろう?
「てゆーか、ピアノを弾いているのは私で、何の効力もないって話したら、毎朝人が集まらなくなるんじゃないかな?」
ミオがピアノが弾けることは、別に隠しておく必要もない。
ミオの母親が弾いていた曲を、国王が聴きたいと言うから弾いているだけだ。
ミオが伝説の魔導師の娘だということは、騎士団も魔導師団も知っていることだし。
今日もたくさんの人が集まった王宮前の広場。
ミオはコソコソ王宮に向かうのではなく、深呼吸をしてから、大勢の人達が集まった広場の中央へと向かって歩いて行った。
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