表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆで卵

作者: なや

「……ゆで卵は二度と生卵には戻らないですね?このように、タンパク質は一定の温度以上になると性質が変わって戻らなくなるんですよ。で、これを『変性』と言います。」


先生が文字で埋まった黒板の下の方に白いチョークで「変性」と書く。


「ここ大事ね、テストに出るのもそうだけど一般常識だから。覚えておくように。」


今度は赤いチョークで「変性」の2文字をぐるぐる囲んだ。


私はいつの間にか意識が飛んでいたことに気づいて慌てて黒板の写真を撮る。この先生、黒板は見やすいのに授業がつまらなさすぎるのだ。……なんて友達に言っても、誰もわかってくれない。私も先生のように、ノートに書いた「変性」を赤ペンでぐるぐる囲んだ。


「じゃあ今日はここまで。課題ノート出せてない人は今日中です。」


終わりのチャイムが鳴って、生徒はぞろぞろと生物室から出ていく。友達に「先行ってて」と合図をして意識が飛んでいた部分のノートを急いでとった。



生物室を出て1人で廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「やっほー 久しぶりだね紬ぃ」

「茜ちゃ……先輩」


茜ちゃんは一つ上だが幼馴染なせいで、同じ学校になって1年経った今でも先輩呼びに慣れない。でも明らかに間違えた私にツッコミを入れることなく茜ちゃんは話を続けた。


「最後の授業、生物だったの?」

「うん……あ、はい。茜ち……先輩は?」

「さっきから言わなかったけどまだ先輩呼び慣れてないのww」

「いやだって部活違うし、一貫コースと外部入学コースじゃなかなか会わないから呼ぶ機会もないし、家ではちゃん付けで呼んでるし…」


もごもご言い訳する私を見て茜ちゃんはにこにこ笑っている。


「生物かぁ、ってことは先生こばちゃん?あの人超つまんないよね?w」

「それな!!」


思わず大声が出た。茜ちゃんは「声でかw」と笑うと「黒板は綺麗なのにねー」とつけ加えた。

激しく同意。首を大きく縦に振ると茜ちゃんはまたにこにこ笑った。小林先生の話でこんなに共感できる人は初めて会った、と思った。


3年生の教室の前まで着いて、じゃあねと声をかけようとすると、茜ちゃんは思い出したように

「今日さ、ちょっと話したいことあるから一緒に帰らない?」

と言った。

話したいことってなんだろうと不思議に思いながらも

「今日部活ないからいいよ」

と返す。

するとすかさず

「いいですよ、でしょ」

と茜ちゃん。

「本日は部活動がございませんのでかまいません先輩」

と言うだけ言って、「生意気な後輩だなー?」と笑う茜ちゃんに背を向けて自分の教室まで走った。


放課後。ホームルームが終わって教室を出ると、ちょうど茜ちゃんからLINEが来た。

『土手にいるから来て』


土手に着くと茜ちゃんは河原で川に向かって水切りをしていた。

「あ……おまたせ?」

と私が言うと、茜ちゃんは

「一緒にやろ」

と言ってにやっと笑った。


しばらく青春漫画みたいに水切りを楽しんだあとで、ふいに茜ちゃんが言った。


「梢は元気?」


梢というのは私のお姉ちゃんで、小さい頃はよく3人で遊んだ。お姉ちゃんは私の一つ上、茜ちゃんと同い年だけどいつもぼんやりしていておっちょこちょいだったから、茜ちゃんが姉のように私たちの面倒を見ていた。


「うん、元気だよ。……会ってないの?」

「まあ、ね。実は話っていうのはその事でさ」


何となくそんな気はしていた。小学生くらいまで茜ちゃんとお姉ちゃんはすごく仲が良かったのに、中学に入ってしばらくしたらあまり遊ばなくなってしまったのだ。お姉ちゃんに聞くと「茜ちゃんは部活で忙しいから」と返ってきた。でも、中学3年生になる頃には道端で会っても手を振らなくなっていて、その頃には私も何かあったのを察して聞かなくなっていた。


「ずっと前のことかもだけど、なんか……あったの?」


恐る恐る聞くと、茜ちゃんはいつものようににこにこ笑って、


「そんなに緊張する話じゃないし、ただの愚痴に近いから」

と訳の分からないことを言った。


私が相当「?」という顔をしていたのだろう、茜ちゃんは河原の石を弄りながら話し始めた。


「中学に入ってから私と梢が疎遠になってたの、紬も気づいてたでしょ?私ね、なんであの時話さなくなっちゃったのか分からなかったの。」

「え?」

「どっちかが悪い事したとか、喧嘩したとかじゃなくて、いつの間にか話さなくなってて、それがずっと続くと前みたいに仲良く遊んだりしづらくなっちゃったの。」

「部活が忙しかったのは本当だし、土日にも練習があったからあんまり遊べなかったのは、嫌いになったとかじゃないんだけど、学校でも同じクラスだったのに話さなくなっちゃって。」


その話は私も知っている。お姉ちゃんが

「せっかく茜ちゃんと同じクラスになれたのに茜ちゃんはもう新しい友達作っててね、あんまりお喋りできないの」

と言っていたのを覚えている。


「それで?」

「うん。ずっとなんで急に話しづらくなったのかわかったんだけど、それを直接梢に言う勇気がなくて、2年くらい経っちゃったからとりあえず紬に聞いてもらおうかと思って。話していい?」


なるほど。私も茜ちゃんとお姉ちゃんがどうして疎遠になっちゃったのか気になるし、話を聞くことにした


「うん。どうしてなの?」

「それはね、端的に言うと私が梢についていけなくなったの。」


???

確かにお姉ちゃんには少し変わったところはあるが、いつも茜ちゃんがお姉ちゃんの面倒を見ていたはずだ。てっきりお姉ちゃんに愛想を尽かしちゃったからだと思っていた私は面食らった。


「小学生だったし紬はわかんなかったかもしれないけど、梢ってああ見えてやらせればなんでも出来るのよ。 でも、対して私はすぐには何も出来なくて、毎回たくさん練習したり努力しないと梢に追いつけなかったの。」


言われてみれば、お父さんに水切りを初めて見せてもらった時、お姉ちゃんは数回ですぐにコツを掴んでお父さんを驚かしてたっけ。茜ちゃんは何回やっても上手くいかないから暗くなるまでずっと練習してたな。ちなみに私はというとすぐに水切りに飽きて綿毛を飛ばしていた記憶がある。


「まあそれでさ、私の中では梢を守らなきゃって気持ちと、だからこそ負けたくないって気持ちがあって、梢が中学受験するって聞いた時私もやる!って親に言ったんだよ」


そんなことがあったとは。確かにお姉ちゃんも茜ちゃんも中学受験をして今の中高一貫の学校に通っている。偶然同じところを受けたんだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。お姉ちゃんは家であまり勉強していなかったから私には実感はなかったけど、よくよく考えると塾に通ったりして忙しそうにしていた。


「受かったはいいものの梢はぐんぐん成績伸びてって常に学年トップとかで。けど私は部活もやってたし勉強する時間も限られてきたからなかなか伸びなくてさ。私は梢みたいに天才じゃないから、って思って心のどこかで嫉妬したりしてたんだと思う。」


私にとっては家でぼんやりしかしてないお姉ちゃんが学年トップは想像しづらいけど、しっかりしててなんでも出来る茜ちゃんがそんなことを思っていたことも意外だった。


「梢、比較的運動苦手だからこれなら勝てるかもって思って中学で卓球部入ったけど3年生の時の体育の授業で最後に負けちゃって。悔しいというかなんか虚しいなって思っちゃったから高校では卓球やめて陸部に入ったの。」

「それで無意識のうちに私の方が梢から離れていったんだなって気づいて。1、2年生の間ずっとそれが気にかかってて、強がってる自分が嫌になったりしちゃってさ。なんか今モヤモヤしてても受験に影響出るしそれをまた梢のせいにしたくないし、って罪滅ぼしをしたくて今日紬に話したってわけ。急にごめんね」


茜ちゃんは最後まで一気にまくし立てて、石を掴んで川面に向かって投げた。石は3回跳ねて、水の中に落ちた。

茜ちゃんは

「前は5回とか行けたのにね、ほら、練習しないとすぐ出来なくなる」

と少し悲しそうな顔で笑った。

私も見よう見まねで石を投げる。1回も跳ねることなく、石は ぽちゃん と水の中に沈んだ。


何か言わなきゃ、と思った。

「茜ちゃん、私ね、ずっとしっかりしててなんでもできる茜ちゃんがかっこいいって思ってた。……お姉ちゃんもそう思ってたと思う。だからさ、なんか……ずっと強がっててよ。それでさ、かっこいい茜ちゃんでいて欲しいな。お姉ちゃんにだってできないことあるし、茜ちゃんがいなかったらできてなかったことなんて沢山あるから。」


茜ちゃんははっとした顔をして、すぐにいつものようににこっと笑った。


「紬は、昔から私の欲しい言葉をくれるね。」


突然、茜ちゃんは上の土手まで走って登って、ぐっと伸びをして、また走って戻ってきた。


「たぶん私と梢は小学校の頃みたいな仲に今更戻れないと思うけどさ、私は私なりに頑張るよ。卵と同じ。ゆで卵は二度と生卵に戻れないけど、生卵とは違った美味しさがあるもんね」


「タンパク質の変性?」

脳裏に赤いマルで囲われた「変性」の2文字が浮かぶ。


「うん。毎年こばちゃん、この単元のとき卵の例え話するんだって。……教科書に載ってるのかもね。 でもさ、一般常識として知っておくべきなのはその先だと思う。」


茜ちゃんの横顔を夕陽が照らしていた。


「卵はゆで卵も生卵も美味しいってこと。」


河原に涼しい風が吹いた。

てことは、卵の例え話はお姉ちゃんも知ってるってことか。

茜ちゃんはいつものようににこにこ笑って、「帰ろっか。」と言って。


最後に石を投げると、水面で1回だけ跳ねた。

ここまで読んでいただきありがとうございました


もしあなたが受験生だったら応援してます

頑張ってください


もしあなたが受験生じゃなかったら私のほかの作品も読んでください

そしたらあなたが受験生になった時応援します


もしあなたが受験生じゃないし今後受験する予定もないなら応援のしようがないのでごめんなさい

そういう日もあります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ