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ハットトリック  作者: 北野 ソラ
5/26

第5試合 彼が彼女であるために

   『第5試合』



教室に戻ると彼女の心配や不安は一瞬で吹き飛んだ。

クラスのみんなが彼女を受け入れてくれたのだった。

特に女子のほうが彼女を取り囲み「可愛い!」「とても男の子には

見えないよ」「色が白い!」「細い!」「ほんとに女の子じゃないの?」

などと話しかけていて、逆に同性の男子達は遠くでその光景を見ているしか

できなかった。

教壇でそれを見守っていた担任に僕が視線を向けると気づいて小さく

ガッツポーズをした。

後で担任にはHRの内容を聞いたのだが、彼女が男の子だと打ち明けると

当然のようにざわついたみたいだが、彼女の性同一性障害について話すと

みんな真剣に聞いてくれて、否定はせずに受け入れてくれたらしい。

取り敢えず難関は突破したわけだが、しかしなんでこんなに彼女の事で

僕はやきもきしなければならないのだろう?

確かに屋上でさっき君は女の子だと言い、守ってあげる!などと口走って

しまったけどやっぱり彼女は男の子だし、恋愛対象にはならない・・・

はず・・・だけど・・・でも彼女のしぐさなんか見てると心がときめいて

しまうのは僕がおかしいのだろうか?



モヤモヤした気持ちのまま、クラブ紹介を見て気持ちを入れ替えて

僕は予定通りサッカー部に入部した・・・のだが、なんと僕を入れて

部員数10人・・・って試合すら出来ないチームだった。


僕を含めて1年生が3人入部する前は7人・・どうしてたんだろうと思い

キャプテンである3年生の福田に訊いてみた。

福田によると、普通なら野球とかサッカーは人気スポーツで放っておいても

入部希望者が集まってくるものだが、なぜかうちの学校は野球はもちろん、

バスケットボール、バレーボール、陸上、テニスに人気が集まり、

サッカーは不人気でさっぱり入部希望がないらしい。

それでも試合は陸上などから助っ人を頼んで11人集めてなんとかしたと

いうことで今までほとんど勝ったことがないってまあ当然の結果だろう。

しかし、高校でももう少し真剣にサッカーを続けるつもりだった僕には

やる気がそがれてしまう状態だった。

そこに現れたのが朝男子寮の食堂で彼女の事でみんなに説明をしてくれた

井原だったのだが、サッカー部の監督でもあったのだ。

僕を見て井原は話しかけてきた。

「赤井君だったな、そうかサッカー部に入ってくれるのか、宜しく頼むぞ」

「は、はい」


その後井原は今のところ10人だけれど新学期も始まったばかりで

入部希望者の可能性はまだあるけど、クラスの中でどこの部に入ろうかと

決めかねている人がいたら是非声をかけてみてくれと僕達に呼びかけた。

と言われても中学からの知り合いは皆無でクラスメイトの名前と顔が一致

しない状況では無理難題でしかなかった。

中学の時でさえ、サッカー部は人数が揃っていてポジション争いがあったり

レギュラーになるのは難しかったけど、現状だと1年生でレギュラー確定に

なってしまうってのもどうなんだろう?

とりあえず練習は明日から参加する事になり、僕は男子寮に戻ろうとして

入り口付近まで来た時、物陰から山本さんが急に出てきた。

「わ!びっくりした!な、何してるの?」

「何してるって、君が帰ってくるのを待ってた」

「ここでずっと・・・もしかして隠れて?」

「うん」

「一人で中に入ればよかったのに。いちおう寮のみんなには説明して

 あるんだし・・」

「そんな事言っても・・・やっぱり入りづらくて・・・」

「だから待ってたの?」

「そう」

4月とはいえまだ暖かいわけではなく、こんな外の物陰でどれくらいの

時間待っていたのだろうか?

もし彼女が恋人だったりしたら僕は間違いなくあまりのいじらしさに

確実に抱きしめていたに違いない。

「風邪でも引いたらどうするつもりだよ、早く中に入ろ」

促した時に触れた制服の上着は冷え切っていて、彼女は僕の後ろに

くっつくようにして僕達は寮の中へと入った。

部屋行くまでに数人の寮生に遭遇したが、やはりスカートを履いた

女子の姿を見ると凝視されて、彼女は僕の制服をしっかり掴んで

隠れてしまっていた。


部屋に戻って5分もしないうちにドアをノックする音がした。

「はい」と返事をしてドアを開けると、朝食堂で声をかけてきた

野村が立っていた。

「戻ってきたばかりですまないな」

「いえ、大丈夫です」

たぶん二人が帰ってきたら野村に連絡行くようになってたのだろう。

「夕食が始まる5時半になったら二人とも食堂に来てくれないか。

 寮の全員にも集まるように伝言してあるので、そこで山本さんを

 紹介しておきたいと思う。いいかい?山本さん」

カーテンで隠れて見えない彼女に野村は声をかけたが、返事が

なかったので僕はカーテン越しに「どうなの?」と訊くと

小さな声で「行く」と返事をしてくれた。

その声を聞き洩らさず、野村は安心して「待ってるから」と戻って

いった。


「行く」と返事をしておきながら、「やっぱり行きたくない」と

まるで子供のようにぐずる彼女をなんとか説得し、制服のままで

行こうとしてたのをジャージに着替えさせ、僕はなんとか食堂へ

彼女を定時に間に合うように連れていった。

食堂へ着くともう寮生全員が揃っていて、一斉に僕達、いや彼女に

視線が向けられた。

「こっちへ来てくれ」と野村が立っている傍に僕達は歩いたが、

彼女はやはり小さくなってぴったりと僕にくっついていた。

「おい、ほんとに男か?」「可愛いなぁ」と呟く声が聴こえてきて

彼女は俯きながら顔を真っ赤にしていた。

野村の横に立つと「山本さん、もう少し前に出て」と言っても

ほんの少し数ミリしか前にいけず、野村は諦めて喋り出した。

「食事の前にみんなに紹介しておく。

 朝井原先生から話があったが、俺の隣にいるのが新入生の山本さんだ。

 御覧の通り、どこから見ても女性で、学校でも女性の制服を着ている。

 ただ性別は俺達と同じ男性なので、この男子寮に入ったわけだ。

 実際俺も今朝山本さんが寮から学校に向かうのをチラっと見た時には

 正直驚いた。どう見ても女の子だったから。

 こんな子が男子寮に居ていいのかともう一度井原先生と担任の先生に

 話を聞きにいったくらいだ。

 そこで両先生に言われて、いちおう寮長を任されてるものとして

 みんなに話を聞いてもらおうと思ったわけだ。

 学校では女の子だけど、寮では特別扱いはせず、一男子生徒として

 山本さんには生活してもらう。食事はここでみんなと一緒にして、

 掃除当番とか決められた事もやってもらい、寮のルールに乗っ取って

 もらう。

 トイレとかお風呂は部屋のものを利用してもらうが、基本男子として

 過ごしてもらいたいので、出来れば寮内では女子の恰好、スカートは

 履かないでほしい。いいかな、山本さん?」

彼女は俯きながら話を聞いていて頷いた。

「だからといって女子の服を着ていなくてもこの通り見た目からもう

 女の子にしか見えない。お前ら絶対変な気を起こすなよ!

 わかったか?」

「はい!」と野太い声が食堂に響いた。

「何か質問は?」

「はい」と手をあげたものに野村が指をさした。

「山本さん、彼氏は?」

「お前な、たった今変な気を起こすなって言ったばかりだろ」

ただこの質問は緊張感漂う食堂の雰囲気を和ませ、笑いを誘った。

「今の質問は却下、長くなったな、さあ食事にしよう。

 二人とも座って」

野村は全員から注目されるような食堂のど真ん中辺りの席を

空けて用意してくれていたのだが、彼女は小さな声で「こんな

真ん中の席いや、恥ずかし過ぎる」と僕にだけ聴こえるように

呟いた。

「でも早く慣れたほうがいいし、せっかく野村さんが用意して

 くれたんだから座ろう」

彼女がしぶしぶ座るとすぐに周りにいた男子達が「何食べる?

取ってきてあげるよ」と声をかけてくる。

ようやく顔をあげ「いえ、結構です!自分で行きますから」と

答えると「声も女の子だな、近くで見るとますます女の子だし」と

言われ、また顔を真っ赤にして俯いてしまう。

僕と野村に促され、なんとかバイキングの料理を取りには行ったが

男子に囲まれ、もう疲れ切った表情で何も手を付けない状態だった。


学校でも寮でも同じ状況を繰り返したら、そりゃ精神的に参るよな。


「山本さん、少しでも食べておこうよ」

「うん」

そう言って彼女が左手で箸をもった。

「あれ?今気づいたけど左利きなの?」

昨日食堂では彼女はスプーンとフォークを使っていたのと僕もかなり

テンバっていたので全く気付かなかった。

「うん、小さい時から左利きだよ」

まだ授業は始まってないが、彼女は後ろの席なので何か書くことが

あっても振り向いて見ることはしないので気づくわけがない。

「じゃあ箸や鉛筆もだけどスポーツで投げるのも蹴るのも左利きなんだ」

「スポーツするの好きじゃないけどそうだよ。でも小学生の時とか

 授業でソフトボールあったけど左利き用のグローブなかったから

 右利き用のグローブはめてた記憶がある」

少し彼女の事を知ることができて僕は嬉しかった。

他の男子が話しかけてきても全くしゃべれないけどなぜか僕とは

話してくれ、なんとか食事をしてくれて僕達は部屋に戻り、彼女は

やはり疲れていたのか、ベッドに横になったと思ったらすぐに眠って

しまっていた。


彼女にとっての長すぎる一日がようやく終わった。




 

 

 









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