第八話 ルームメイト
学院編、始まります。
統也の処遇が決定してから五ヶ月後の四月。
春となり、桜が満開となる季節。黒を基調としたブレザーの制服に身を包んだ統也は一人、某県にある国立大和学院の校門前に立っていた。
桜の花びらがひらひらと宙を舞う。満開に近い桜の街路樹。大和学院は東京湾に浮かぶ人工島の上にある。その上に鎮座する広大な学園の敷地と巨大な校舎群。
モノレール、もしくは定期専用便の船でのみ行き来できる。
大和学園には退魔科以外にも様々な学科が存在する。退魔士を目指す霊力を有する学生だけでなく、一般の生徒も在籍し、全校生徒数は千人を超えるマンモス学校である。
すべての学科の生徒は、この学園の敷地内にある寮で生活をする。また学校だけでなく、一種の都市としての機能もあり、様々な商業施設も存在する。
全国から優秀な学生が集まり、日夜切磋琢磨し、国を担う人材を育成する。この学園を卒業できれば、その後の進学も就職も望むままと言われている。
ただし国立と銘打ちながらも、成績によっては退学もあり得る。
その中でも退魔科の競争率は激しく、入学だけでなく、進学、卒業までに退学を宣告される生徒は他の学科の比ではない。
しかしこの大和学院は国内に存在する退魔科の中でも、トップクラスの者を世に輩出する名門として知られている。それを可能にするのが、質の高い教員、最新鋭の設備を含め、在籍する学生も一流から超一流の原石ばかりであるからだ。
統也は何とか受験に成功した。寝る間も惜しみ受験勉強に明け暮れるとは思ってもみなかった。
「もう一生、勉強はしたくねえ」
げっそりとしながら、統也は呟く。そう呟くも、この学園に入学してからも勉強は続く。普通かよりも一般的なテストは少ないだろうが、最低限の勉強は必要になってくる。
「ああ、やめだやめだ。考えるのは後だ。先に寮に行くか」
全寮制の学校であるため、入学前に寮に入る決まりになっている。入学式は明日。今日は荷物の整理がメインであり、余裕があれば施設の自由見学が可能だ。
統也は校門をくぐり、寮を目指す。敷地内は広く、至る所に案内板が設置されている。
さらに寮も複数存在し、退魔科の生徒が入寮する建物は、学園の一番奥にある。
寮はほかに比べて孤立しているような配置になっているのは、退魔科は基本的に危険を伴ったり術の暴走が懸念されるため、一般性とへの安全を考慮しての配置になっている。
「ここか。……普通にでかいな」
見上げるは十階建ての巨大な建物である。男子も女子もこの寮で生活している。無論、男女間での棲み分けは行われているし、大浴場やトイレなども別に存在する。
「ええ、何々。一年生はルームシェア。二学期以降は成績に応じて個室が与えられると」
入寮の案内に再度目を通す。一年は、入試の成績に関わらず、最初は交友を深める意味でもルームシェアを行うとのことである。この寮には一学年から三学年までのすべての退魔科の生徒が入寮している。
一階と二階が共有スペース。三階から四階までが一年。五階から六階までが二年。七階から八階が三年生となっている。九階は成績優秀者の個室である。
そして十階は、この退魔科の最優秀生徒五人が占有している。
五星と呼ばれる、退魔科のエリート中のエリート達。
退魔科の生徒は一学年百人。二学年になればその約一割が退学になり、三学年になればさらに二割が退学になると言う。その中で生き残り、勝ち上がった五人のエリート。
「……戦えば、どれだけ楽しめるかな」
ニヤリとどう猛な笑みを浮かべる。五星を目指す生徒は多い。この学園に入学した者の殆どが、その席を狙うが、統也としては称号もその椅子もどうでもいい。
ただ一つ、自分が満足できる戦いが出来る相手かどうか。ただそれだけである。
(けどそれも明日以降だな。それに今の俺の現状で、この学園のトップ達とまともにやり合えるのかも不明だしな。まあ今の状態で戦っても面白いかも知れないが)
とりとめの無いことを考えつつも、統也は寮へと入っていく。
「すいません。今日からここでお世話になる十六夜統也です。これ学生証と入寮手続き書です」
創真の名を名乗ることを禁じられた事で、統也は新しい姓を名乗ることになる。四季が手を回して用意したものである。何でもかつて創真の分家の一つであったが、跡継ぎに恵まれず途絶えた家の名だった。
創真の分家とは言え、途絶えた家の名を与えるとは改めて良い性格をしていると統也は思った。
「はいは~い! いらっしゃいなのですよ」
入り口に受付からおっとり、のほほんとした声が聞こえてきた。見ればまだ若い、と言うよりも小学生くらいの女性が管理人室の椅子に座っている。
「ようこそ、退魔寮へ。私はこの寮の寮母の真田幸子なのですよ」
背の低い桃色の髪のお団子にまとめた少女と言っても間違いない外見だ。
「あー、疑ってますね。こう見えても私は大人の女性なのですよ。ほら、これ、マイナンバーカードです。ここに来る人は皆、最初は私を疑うのですよ」
「あっ、はい」
律儀にマイナンバーカードを出してくる管理人の真田幸子氏。生年月日からすると、確かに二十を超えているが、どう見ても十代前半にしか見えない。
「でもでも、許してあげるのです。こう見えて、お姉さんは優しいのですよ」
「それはどうもありがとうございます」
「はい。では届け出を受け取りました。十六夜統也君ですね。これからよろしくお願いしますですよ。十六夜君も頑張るのですよ。三年間、一緒に生活できる事を願っているのですよ」
「ありがとうございます。俺も退学にならないように気をつけます」
礼を述べると、統也は幸子からルームキーと手引きや書類の控えを受け取る。
「ではでは、もう一度この入寮の手引きをしっかり読んでおいてくださいなのですよ。それと規定通りに一年生は相部屋となっているのですよ。仲良くしてくださいね♪ 十六夜君の部屋は三階の六号室ですよ」
「わかりました」
統也は荷物を持つと、そのまま三階へと向かう。階段のほかにもエレベーターに何故かエスカレーターまである。寮だというのに、施設の設備がおかしい気がするのは気のせいだろうか。
寮にはすでに大勢の新入生が来ており、荷ほどきの終わった生徒達が寮の散策したり、交友関係を広げようとあちこちで話をしている。
また上級生であろう生徒も新入生の様子を観察したり、声をかけたりしている。
「さて、ここだな」
ガチャリと鍵を回して部屋を開ける。ノックも無しに部屋を開けたのだが、部屋の奥の方に下着姿の上半身裸の人物がいた。
「………」
「………」
その人物は統也の方を見て固まっている。数秒の沈黙の後、統也はそっとドアを閉めた。
「………ハプニングと言えばハプニングだが、なんだこれ?」
指をこめかみに当て、頭痛のする頭を抑える。普通なら同性の着替えの現場に出くわしても、謝罪するだけで終わる話なのだが、部屋の中にいた人物の体を見た時、胸が膨らんでいたように見えた。
あれは男だったのかと言われれば、統也は即座に肯定できない。しかし、ここは学生寮の中の男子用の区画のはずだ。
一瞬、間違えたのかと部屋の番号を確認する。間違ってはいない。廊下を見て回るが、ちらほら見える人影はすべて男だ。
「あれか? 男子寮の中に男装した女が混じっていたとか、そんな話か?」
転生前も転生後も、こんな経験など無かった。どっきりか、はたまたあの性格の悪い先代宗主の悪戯かと身構える。
「……確認するか」
流石に同室が男装の麗人と言うのは、別の意味で危険だ。社会的に抹殺されかねない案件だ。
今ならばまだ間に合う。事実確認をして、もし女ならば何とかしなければならない。
統也は気持ちを落ち着かせると、トントントンとドアをノックする。
中からは少し焦ったような声が聞こえてくる。
「は、はい! 大丈夫だよ!」
「失礼」
統也は部屋の中に入ると、そこには先ほどの人物がいた。男子生徒用の制服を来た、小柄な少年(?)だった。少し長めの黒髪に紫色の瞳。顔は統也よりもさらに中性的で、女の子と言っても通用するのではないか。身長は百六十半ばから前半くらいか。
「え、ええと……」
「ああ、俺は十六夜統也。今日からこの寮のこの部屋で世話になる新入生なんだが……その、さっきはすまなかった。着替えの途中とは知らなくてな」
「ぼ、僕は不破錬。よ、よろしくね! さ、さっきの事は別に気にしてないよ!」
どこか緊張した感じで、さらに動揺しているのが見て取れる。
(これは、ひょっとしてひょっとするのか?)
どうにも嫌な予感がする。先ほど見たのが見間違いでなければ、彼は彼女なのかも知れない。
「よろしく。不破って呼ばせて貰えばいいか?」
「う、うん! 僕も十六夜君って呼ばせて貰うね」
「ああ、これから一年間はルームメイトだ。よろしく……と言いたいところだが」
頭をかきつつ、統也は確認しなければならないことを単刀直入に聞いた。
「これは最初に確認しておきたいことだが、不破は男、だよな?」
「なっ! あ、当たり前じゃないか! 僕は男だよ!」
「さっき偶然に見た時、胸が少しあったように見えた。退魔士の家や、退魔士に連なる者の系脈は特殊な事が多い。女が男と偽っている事もある。不破が女なら、共同生活も問題になる可能性がある。初対面でこんなことを言うのは失礼だが、一度疑念が発生したからには、はっきりさせておきたい」
虚偽を許さないとばかりに視線を送る統也に少したじろぐ錬。錬は少し考える素振りを見せると、すぐに統也に向き直った。
「そう、だね。僕もそんな風に疑われて生活をするのは嫌だから、きっちり証明するね」
すると錬は来ていた制服の上着を脱ぎ、さらにシャツと肌着を脱ぐ。
「ほら。これでいいかな? どう? これを見てまだ僕が女だと思う? これでも疑うなら、下の方も脱ごうか?」
上半身裸になった錬は、統也にそう聞き返した。錬の言うとおり、彼は女ではなかった。胸も体つきもどう見ても男のそれだった。
先ほど見たのは、統也の見間違えだったようだ。何らかの認識阻害の術や幻覚系の術を行使している様子もない。
「いや、悪かった。俺の見間違いで勘違いだった。謝罪する。許してくれ」
「ううん。僕は気にしてないから言いよ」
笑いながら、錬は統也の謝罪を受け入れる。
「よく僕も女みたいだって言われるからね。疑われながら生活するよりも、こうやってはっきりさせて方が、僕としてもありがたいから」
「だが不破を不快にさせたのは事実だろ? この埋め合わせは必ずさせて貰うさ」
「そう? じゃあお言葉に甘えようかな」
男だと分かった後なのだが、どうにも仕草や表情が女っぽいと感じてしまう。創真家では弟がそれに近いが、ここまで女顔ではない。女装させれば普通に女の子になってしまうが。
「ああ。困ったことがあれば、何でも言ってくれ。俺に出来る範囲なら何でもする。まあとにかく、これからよろしくな、不破」
「こちらこそ。よろしく、十六夜君」
二人は手を差し出しあい、握手を交わした。
(あ、危なかった)
握手の後、それぞれ荷物整理をしながら、錬は統也を盗み見る。錬は先ほどの自分の失態を思い出し、何とか乗り切ったことに安堵する。
まさかあの状態の時に、ルームメイトになる予定の生徒が入ってくるとは思ってもみなかった。
幸い、そのまま部屋に入るのではなく、外に出てくれたので、その間に処置は出来たが………。
(これは誰にも知られちゃ駄目なんだ。だって……)
古い記憶が脳裏に浮かぶ。自分がこうなってしまった事件の記憶。その後の記憶。
―――気持ち悪い―――
―――バケモノ―――
―――呪われ子―――
―――お前など必要ない―――
―――どこへなりとも行きなさい―――
錬はぶんぶんと頭を左右に振ってその苦い記憶を振り払おうとする。統也がそれに気づき、錬にどうしたと声をかけてきたが、何でも無いよと返した。
(十六夜統也君か)
自分が男だと言う証拠も見せ、相手も納得してくれたので、これ以上の追求はないだろうが、今後一年間は注意が必要だろう。
(何とか成績上位者になって、個室を手に入れるしかないかな。はぁ、頑張ろう)
先は長いが、それしか方法がないので、錬は何とかそれまでは無難にやり過ごそうと考える。
「そう言えば、統也君は何でこの学園に?」
「実家との約束でな。ちょっと大きな失敗を立て続けにしてな。で、ここを主席か次席で卒業できたら、実家に戻してやるって言われたんだよ」
「えっ、それってかなり大変じゃないの?」
この学園の主席、次席での卒業はかなり難易度が高いと言うよりも激しい競争に勝ち上がらなければ不可能だ。座学だけの成績ではない。退魔科として必要な術の行使や妖魔との戦いに必要な戦闘能力も求められる。
「だろうな。けどやりがいはあるだろ。それに最高峰の学園で学べるんだ。強くなるためにも、ここで学ぶのも一つの手だと思ったんでな」
「十六夜君は強くなりたいんだ」
「ああ。そう言う不破はどうなんだ?」
「僕? 僕の場合は一級退魔士の資格が欲しいから、この学園に来たんだ」
「上位五位以内なら無条件で得られるからな」
「うん。それに上位五位じゃなくても、上位十人以内なら、資格試験の大半が免除になるし、この学園を卒業するだけでも、普通にするよりも大幅に早い簡単に資格を得られるから」
それ目当てでこの学校に入学する者は多い。一級退魔士の資格を持っていれば、どこにでも引っ張りだこであり、古い一族に対しても、対等以上に接することが可能になる。
「そうか。まあお互いに頑張るか」
「そうだね」
「しかしこの部屋は凄いな。まるでホテルだな」
ベッドが二つと、勉強用の机が二つ置いてあるにも関わらず、まだ部屋には十分に余裕がある。応対用の机や洗面台や簡易キッチン、トイレや風呂まで備え付けられている。
大浴場もあることを考えれば、本当にホテルと言っても差し支えないだろう。
「確かに。僕も最初にこの部屋に入った時は驚いたよ。でも上の階の個室とか、最上階の部屋は最高級ホテルのスィート並って話だよ」
「それは凄いな。まあ最終的にはそこにたどり着くけどな」
「あはは。十六夜君は凄いことを平然と言うね」
「主席か次席卒業するなら、そこに行かなくちゃ話にならないだろ?」
「それもそうか」
統也の言葉に納得する錬。ただ無難に卒業するだけでは、彼らの欲しい物は手に入らないのだ。
「さて、荷ほどきも終わったし、俺は少し寮や学園を散策してくるが、お前はどうする?」
「そうだね。僕も一緒に行ってもいいかな?」
「じゃあ一緒に行くか」
二人は連れ立ち、学園を散策することにするのだった。
定番だけど定番とは少しずれた感じにしたいと思います。
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