第七話 処遇
あれから一週間、統也は自宅療養という形で退院した。統也は回復した霊力を用いて骨折などの大半を治療したので、当初の重傷からすでに脱しており、もう殆ど完治したと言っても良い。
「ああっ、一週間近く寝たきりだと、流石に身体も鈍るか」
背伸びをしながら身体をほぐす。この一週間を取り戻すのは少しばかり時間がかかりそうだ。筋肉も弱っているし、身体が思うように動かない。
(それにこっちの方も問題だな)
霊力が弱まっている。感じられる霊力は、一週間前の半分程度。後遺症かとも考えたが、感覚的にそれは違うと考えた。
霊力は回復している。しかしそれと同じくらいに消耗されているのだ。最大値の半分ほどを、何者かが消費している。
(想像はつくが、色々と面倒だな)
別に霊力が半減しているのは問題ではない。これは一時的なものであると根拠こそ無いが、統也は確信している。自分の霊力を消費しているのは、霊創器で間違いない。
あの爆発で、霊創器もかなり損傷した。それを修復するために、統也の霊力を使っている。だがそれだけでは無い。もっと別の何かが、霊創器から霊気を供給されている。
(どれだけの霊力があれば、回復するのか見当もつかないからな。一ヶ月、半年、一年……。さすがに数年ってのは勘弁して貰いたいが)
創真の本家に戻ったら、何と言われるだろうか。すでに霊力が半減していると言う検査結果は、本家に伝わっているだろう。
自分の立場を統也は理解している。ただでさえ、霊創器が問題なのに、これで霊力まで下がったとなれば、長老衆や幹部会、また先代宗主がなんと言ってくるか。
(俺はいいけど、父さんと母さんがな)
口さがない連中の言葉など、統也は気にはしないのだが、あの優しい両親にまた心労をかけるかもしれないと思うと、憂鬱な気分になる。
(いっそ、俺の方から出奔を申し出るか? いや、母さんが本気で泣きそうだな)
抱きついて、延々と泣き続ける母の姿が容易に想像できるだけに、これも悪手でしかないと頭を抱える。
(はぁ、どうしたもんかね)
「あら、せったくこの私が迎えに来てあげたって言うのに、随分と冴えない顔をいてるじゃない」
「ん?」
聞き慣れた声が聞こえた聞こえた事で、統也はそちらの方を振り返る。するとそこにはよく知った顔があった。
「紫苑に、六花に、雫さんじゃないか。三人揃って、どうしたんだ?」
「ご挨拶ね。そうね。あえて言えば、無様な幼馴染みを笑いに来たと言うところかしら?」
優雅に髪を手でかきながら、紫苑は統也に冷たく言い放つ。
「ふふ、紫苑はね、統也君が重傷で運ばれたって聞いて、凄く心配してたのよ?」
「六花!」
「もう、本当の事じゃない」
顔を真っ赤にして起こる紫苑に、どこか呆れた顔をしている。そんな二人を、雫はいつも様に楽しそうにクスクスと笑いながら眺めている。
「でも本当に無事で良かった。ボクらも話を聞いて、びっくりしたんだぞ?」
「調子に乗って油断でもしたのでしょ? 上級妖魔ごときに遅れを取るなんて、貴方らしくないわね」
雫も紫苑もまさか統也が上級妖魔を相手にここまで重傷を負ったことが信じられなかったようだ。
「そうだな。完全に俺の油断だな。油断大敵。油断で死にかけるなんて、笑い話にもならねえよ」
あの自爆は完全に予想外だった。予想していれば、即座に逃げることも出来たかも知れないのに。
「まあとにかく心配かけた。悪かったよ。母さんにも泣かれたし、父さんにも心配をかけたからな」
「気をつける事ね」
ふんとそっぽを向きながら、紫苑は不機嫌そうに呟く。
「それよりも統也君。まだ本調子じゃなさそうだけど、大丈夫かい? ボクが感じられる霊力が随分と低くなってるから」
「ああ、それはたぶん後遺症か何かの影響ですよ、雫さん。そのうち回復すると思うのでご心配なく」
「それって大丈夫なの、統也君? もう一度お医者様に見て貰った方がいいんじゃない?」
「六花もあんまり心配するな。自分の身体のことは自分が一番よく知ってるし、分かるもんだ。それに検査でも極端な異常は見当たらなかったからな」
「でも心配は心配よ。その、ただでさえ、最近は色々な事が重なって心労があるでしょ?」
あまり直接言いにくいのか、六花は言葉を濁しながら言う。統也の霊創器の件は、紫苑でさえ軽口を言えない状態だった。
加えて今回の失態。天才と言われた彼が初めて味わうであろう挫折の数々。
表面上、笑っているが統也が酷く落ち込んでいると三人は考えていた。
当の本人は、まったく気にしていなかったのだが。
「ああ、もう。お前らほんとに気にしすぎだし、気を遣いすぎだっての! 霊創器の件も俺は気にしてないし落ち込んでねえ! ついでに今回のミスも自業自得だから、他の誰の責任でもねえ!」
いい加減、心配されるのがキツかったので、統也は声を張り上げて色々とぶちまけた。
「これで勘当されても文句はねえよ。創真の名を名乗るなって言われても素直に受け入れるさ」
「なっ!? 貴方はそれでいいの!?」
紫苑が信じられないと言う様な声を上げるが、統也は笑いながら肯定する。
「別に良いさ。何も勘当されて追放されても、殺されるわけじゃないしな。それに、そうなったからって、だからどうした?」
「だ、だからどうしたって……」
「別に霊創器に増幅能力が無かってもいいだろ。霊力が減少したって言っても、無くなったわけじゃねえ。まだ十分に退魔士としてやっていけるだけの霊力はある。それに戒めにもなる。と言うよりも、俺がここで終わると思ってるのか?」
たじろぐ紫苑に、いや、この場に全員に統也は言い放つ。
「いいか。俺は必ず強くなる。ここからさらにな。霊創器を持ってるからって、あぐらをかいてたら、すぐに追い抜くから、そのつもりでいろよ、紫苑」
ぐっと顔を近づけて、どう猛な笑みを浮かべながら統也は紫苑に言い放つ。至近距離から見つめられ、思わず赤面する紫苑だが、統也の顔が真剣そのもので、その瞳に思わず釘付けになり、顔を反らせなかった。
「な、何よ。私に随分と差を付けられた癖に、生意気だわ」
「ああ。ちょうど良い機会だ。追いついて、また追い抜いてやる。だからそこで首を洗って待ってろ。六花も雫さんもだ」
増幅できないのならば、別の方法を探す。自分の霊力を上げる。武器を探すなど、やり用などいくらでもある。
「まあそう言うことだ。じゃあそろそろ行くか。これから先代や宗主に呼ばれてるからな」
「ふん。いいわ。口先だけじゃないことを期待しててあげる」
四人は表に待たせてあった送迎用の車に乗り込むと、そのまま創真の本家の屋敷へと向かった。
屋敷に到着すると、統也は三人と分かれると、宗主達の待つ広間へと急いだ。他の三人は呼ばれていないので、あくまで統也だけであった。
慣れ親しんだ屋敷であったが、統也に対して向けられる周囲の視線はいつもと違っていた。どこか哀れむものや、見下すようなもの、あるいは蔑むようなものであったのだ。
(何ともわかりやすいな)
向けられる視線に、統也は鬱陶しく思いながらも、さして気にせずに大広間へと急ぐ。
「これはこれは、欠陥品の霊創器の上に、任務にも失敗した統也様じゃないか」
屋敷の中通路で、一人の少年に出会う。統也より少し背が低いが、顔立ちは整っており、女性にもてる面構えであろう。しかしどこか軽薄そうな雰囲気がにじみ出ており、遊び人と言う印象を感じる。
中瀬時哉。創真の分家の一つである中瀬の跡取り息子で、先日の霊創の儀において、増幅率五倍の霊創器を手に入れた、今分家で一番注目を集めている少年だ。歳は統也と同い年であったが、これまで彼が統也に絡んできた事は殆ど無かった。
「……俺に何か用か? 悪いが後にしてくれ。宗主達に呼ばれているんでな」
「はは、統也様も形無しですね。散々天才だのなんだのと言われてたのに、蓋を開けてみればこの有様。上級妖魔相手とは言え、死にかけるなんて、宗家の嫡男としてどうなんですかね」
相手をあざ笑うかのような笑みを浮かべながら、時哉は統也に言う。
「言いたいことがあるなら、あとで聞いてやる」
相手をしても無駄だと思い、統也は彼にこれ以上構うのをやめ、彼の横を通り過ぎようとする。
「落ちこぼれの無能者」
不意に囁かれる言葉。統也の耳に聞こえた中傷。彼が何の意図を持って、この場で統也を貶める事を言ったのか。仮にも本家の屋敷で、宗家の嫡男である統也に向かって。
(どうやら、俺の立場は確定したみたいだな。ああ、父さんと母さんに申し訳ない)
当人に対して、しかも誰が聞いているか分からない本家の廊下でその言葉を述べると言うことは、この屋敷の殆ど大多数の人間が統也に対して、彼の評価をそう下したと言うことだろう。
宗主や父である両親は別にして、先代や長老、幹部衆の認識は時哉と同じであろう。
やれやれとため息を吐きつつ、統也は宗主達の待つ大広間へ進む。
「統也、参りました」
「入れ」
「失礼します」
障子を開け、中に入室する。中には宗主と先代宗主だけでなく幹部や長老達までいる。父である冬真もいるが、どこか申し訳なさそうな顔をしている。
「統也よ。まずは無事退院できたこと喜ばしく思う。ご苦労であった」
「いえ、宗主。与えられた任を全うできず、あまつさえお見苦しい醜態をさらし、創真一族の名に泥を塗ったこと、深くお詫びいたします」
宗主の言葉に平伏し、頭を下げる統也。ケジメは付けておかねばならない。
「よい。お前が無事で何よりだ。だが……」
「ここからは儂が話そう。では統也よ。お前は上級妖魔との戦いにおいて、瀕死の傷を負い、そやつを取り逃がした。間違いないな? 何か申し開きがあるのなら、この場にて発言する事を許そう。どうじゃ?」
先代宗主が事実確認を行うように、統也に問いかける。
「相違ありません」
最上級妖魔の事は発言しない。この場で言ったところで、証拠はない。先代の子飼いが確認しているだろうが、当の先代はその件について何も言わない。
自分がその事を言うのを待っているのか? 統也は考えるが、確信はない。それに上級妖魔を取り逃がした失態は事実だ。瀕死の重傷を負ったこともだ。
最上級妖魔の事を話せば、余計にこの場がこじれる可能性がある。宗主はともかく、幹部衆や長老衆は戯言だと一蹴するだろう。虚偽として処理されるかも知れない。
そうなれば、余計に両親に迷惑がかかりかねない。
「本当に、何も無いのじゃな?」
「ありません。すべては我が身の未熟故です」
頭を下げたまま、先代の次の言葉を待つ。頭を下げているので、先代の顔をうかがい知ることは出来ない。先代は扇子を仰ぎ、時折口元を隠している。
「……あいわかった。頭を上げよ、統也。改めて、お前への処分を言い渡そう。此度の失態は、未然に防げた物の、一つ間違えば大きな被害を生みかねなかったものじゃ。しかし十五のお前一人に責任を押しつけるのも、創真一族としては問題じゃが、試練の内容でもある力を示せなかった事を加味すれば、このままお前を創真の嫡男として扱い続けることは出来ぬ。霊創器の件も合わせ、創真一族の名を捨てて貰う」
予想の範囲ではあるが、実際に告げられると思うことが無いわけでは無い。
「じゃが、これも乱暴な話であることは承知しておる。であるから、お前には来年よりとある高校に通って貰う」
「高校ですか?」
「そうじゃ。国立大和学院。様々な学科が集まる、国内でも有数の高校じゃ。そこの退魔科に入学して貰う」
退魔科。退魔士を育成する学科であるが、その数は少ない。国内でも大和学院を含め、五校にしか存在しない。その中でも大和学園は国内最高峰の呼び名が高い。
「そこを主席、あるいは次席で卒業する事ができれば、その時はお前を再び創真の一員として認めよう。じゃが、それが出来ぬのであれば、二度と創真の名を名乗ることは許さぬ」
中々に温情のある話だなと統也は思う。長老達の顔を見る。そこには出来るはずがないと言う思惑が見て取れる。彼らとしてはさっさと追放なりしたいところなのだろうが、十五歳の子供を霊創器の一件と任務の失敗の件で放り出すのでは外聞が悪いとの判断だろう。
自分達は温情を与え、最高の教育機関に送り出した。それに対して、結果を出せなかったと言うことにすれば、創真への風当たりも少ないと考えているのだろう。
宗主や冬真の思惑は違うだろうが、一族の大多数はその考えだろう。
(まあいいか。問答無用で放り出されることも覚悟してたくらいだ。それに国内最高の退魔学科ってのも面白そうだ)
創真では得られない知識や経験を得られるかも知れない。そう考えれば悪い話ではない。
「そのお話、承知いたしました。過分な温情、ありがとうございます」
「うむ。じゃがな統也よ」
「はっ、何でしょうか、先代」
「ちなみにきちんと受験は受けてもらうからのう。ある程度は推薦で免除されるが、きっちりと受験して受かるように。出来なければ、即座に勘当じゃ」
言い笑顔でそう告げる先代当主に、統也は思わずピクピクとこめかみが動いてしまった。
「なんじゃ? まさか何もせんで、入学できると思っておったのか? 世の中、そんなに甘くはないのう。きちんと勉強もせんと受からんから、そのつもりでおるのじゃぞ。筆記試験も超難関じゃ。ああ、きっちり参考書は用意するから、心配する必要は無い。まあとにかく、今から頑張るのじゃぞ、受験生♪」
ひらひらと扇子を統也の方に仰ぎながら、実にいい笑顔で彼女は言うと、統也は思わず顔を下に向け、思わ心の中でこう叫んだ。
(この糞婆あぁぁぁっっっ!)
統也も勉強は好きではないのだった。
連続更新はここまでです。
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