第六話 戦い終わって
「全治三ヶ月か」
統也が病院のベッドで目を醒まして、医者から告げられた診断結果だ。全身に打ち身に切り傷、骨折に火傷などなどだが、内臓関係が殆ど無事だったのは不幸中の幸いだ。医者も内臓関係が殆ど無事だったのには驚いていた。
「ふぅ、まあ五体満足で生き残った事に感謝だな」
下手をすれば死んでいたし、手足の一本や二本を失っていてもおかしくはなかった。最後の自爆には本当に肝を冷やした。
「全く、統也は無茶をしすぎだ。無事だったからよかったけど、俺も母さんも生きた心地がしなかったよ」
病院の個室で、統也は説教を受けた。ベッドの横の椅子に座っているのは父である冬真であった。三十代半ばを過ぎたと言うのに、見た目は若々しく、二十代後半でも十分に通用する。さらに統也のように中性よりではないが、十分にイケメンとして通用する容姿だ。
冬真は息子が死にかけたと言う一報を受けた後、即座に夫婦揃って病院に飛んできたのだ。
「本当よ。統也ちゃんが死んだら、お母さん悲しくて悲しくておかしくなっちゃうわ」
ハンカチで目元をぬぐう母の楓。こちらも見た目二十代前半と言う、とても二児の母親とは思えない程に若く見え、統也の姉と言っても十分に通用する。しかも冬真と並んでも十分に通用する美人であり、どちらかと言えば、統也の容姿は母親譲りであろう。
「父さん、母さん。悪い、心配をかけた」
まだ起き上がれないので、横になりながらだが統也は両親に謝罪する。優しい父と母だ。霊創の儀において、欠陥品と蔑まれる霊創器を生み出し、出来損ない、落ちこぼれと陰口を叩かれる自分を見捨てることなく、逆に統也ではなく、口さがない者達へと怒りを向けてくれる。
二人にも周囲から様々な事を言われているのだろう。だがそれを一切話すことなく、統也を心配し励ましてくれる。
前世において、親の愛情と言うものの経験がない統也にとって、二人は掛け替えのない存在であり、感謝もしている。
「いや、統也が無事でいてくれて何よりだよ。それに今回の試練はまだ統也には早すぎたんだ」
「そうよ、統也ちゃん! 貴方が落ち込む必要は無いわ! お母さん、先代に抗議するわ! それで絶対に統也ちゃんを守るから!」
二人の言葉に統也は苦笑する。本当に二人で先代宗主に突撃しそうだ。
(だからこそ、自分が不甲斐ない)
二人に心配をかけただけでなく、こんな不要な心労まで負わせてしまった。
上級妖魔を取り逃がしたことも、最上級妖魔の自爆を防げなかったことも、すべては自分自身の失態。そこに他の理由を挟むべきではない。
「父さん、母さん。全部俺が悪いんだ。二人が気にする事も、先代に何かを言って、立場を悪くすることもないさ」
「それは違うよ、統也。父さんも母さんも自分の意思だ。十五歳の統也が責任を負う必要なんて無いんだ」
「統也ちゃんはもっとお母さんに甘えてくれて良いのよ? お母さん悲しいわ、光輝ちゃんはお母さんに甘えてくれるのに、昔っから統也ちゃんは、お母さんに全然甘えてくれないのよね」
「あっ、最近光輝が母さんのスキンシップが余計に過激になったって愚痴ってたぞ」
「えっ!? えっ!? そ、そんなぁっ!? 光輝ちゃんが反抗期!? いやぁっ! 光輝ちゃん! お母さんを嫌いにならないでぇっ!」
息子の一言で、大粒の涙を流す楓に統也はしまったと言う顔をする。光輝と言うのは統也の弟である。
「か、母さん! だ、大丈夫! 大丈夫だ! 光輝は母さんが大好きだし、少し恥ずかしいだけだって!」
「ううっ、ほんと? ほんとに?」
「あ、ああ。ほら、光輝ももう十二歳だろ? お年頃だから」
「そうか。それもそうね! うん、お母さんも気をつけるね! でもでも、統也ちゃんはどう? お母さんの事大好き!?」
キラキラと目を輝かせて、楓は統也に顔を近づけながら聞いてきた。
「大好きだよ、母さん」
「きゃぁぁぁぁっ! あなた! 統也ちゃんがお母さんの事大好きだって!」
「よ、よかったね、楓。でもここは病院だし、統也もまだ重傷だから、ほどほどにね」
「あっ、ごめんなさい。統也ちゃんもごめんね」
「俺は気にしてないから」
どこか天然な母ではあるが、統也は実際にこの母の事が好きであった。無論、家族愛的な意味ではあるが、母のこの裏表のない天真爛漫な所は一緒にいて心地良いと感じていた。
「と、とにかく。統也、後のことは任せて今はゆっくりと身体を回復させるんだ。死んでさえいなければ、失敗なんていくらでも取り返せる。幸い、統也が取り逃がした妖魔は無事に退治されたし、被害もなかったんだ」
「そうよ、統也ちゃん! ファイトよ! まだまだ統也ちゃんはこれからなんだから!」
頼もしく息子をいたわる冬真と、拳を握り鼻息を荒くしながら、息子を鼓舞する楓。
「ありがとう、父さん、母さん。じゃあ少しお言葉に甘えるよ」
また来ると言って、二人は病室を後にする。楓はまだ残っていたそうだったが、大急ぎでやって来たため、放り出した案件も多々あったり、冬真自身も幹部会への出席もあるため、急ぎ本家に戻らなければならないらしい。
二人を見送り、統也は目を閉じる。
事態が二人にどう伝わっているのか分からないが、最上級妖魔の事は伝えてはいない。
二人は信じてくれるだろうが、言ったところで余計に心労を増やすだけだろうし、何よりも自分自身のプライドが許さない。上級妖魔を取り逃がした事実を、それでうやむやにしようとしているようで、統也自身が納得できないのだ。
(あの時、さっさと退治しておけば、余計な手間は増えなかった。全部、俺のミスだ)
だから二人には悪いが、どんな処分が来ても受け入れるつもりだ。これは戒めだ。
(それに別に追放されても家族の絆が切れるわけじゃない)
二人はもし統也が一族を追放されるのなら、自分達も出奔すると言っていた。ありがたいが、二人だけではなく光輝にも悪い。それに本当にそうなった原因は自分に回帰するのだから。
(ああ、くそ。あの二人に迷惑をかけるとか、情けなさ過ぎる。霊創器に関しては別として、今回は完全に俺のミスじゃねえか)
情けなくて涙が出てくる。とは言え、今の自分には早く回復する以外の選択肢はない。霊力もまだまだ戻りきっていない。身体中がボロボロ。これでは話にもならない。
(霊力を使って、回復を促進させる)
霊力による回復。回復魔法のように全身を治癒していく。全治三ヶ月は常人の話。退魔士は一般人よりも快復力が高く、霊力を用いた治療を行えば、さらに早くなる。超一流の使い手ならば、一瞬で大怪我を治す事も可能である。創真一族にも回復専門の術者が数人いる。
「父さんや母さんなら手配してそうだけど、先代が何て言うかな」
自分に良くしてくれる気の良いお姉さん(本当はお婆さん)を思い出しながら、統也は独りごちる。優しいのだが、厳しい一面もあり、統也には特にそれが顕著だ。もっとも与えられた事を今まですべて事もなげに達成してきたことからの信用もあるのだろう。
「自分で回復させるか」
霊力が枯渇した状態では難しいが、三日も休めば元通りに回復するだろう。それを待って一気に回復する。
「とにかく今は寝るか。寝て飯食って寝て……。早く元気になろ」
命が助かったことに感謝し、両親に心配と迷惑をかけたことを悔やみつつ、統也は再び意識を手放すのだった。
◆◆◆
「どう言う事でしょうか、それは?」
幹部会において、先と同じように統也に関しての議題が持ち上がった。
「今回の件での統也の処分じゃ。あやつは依頼を達成できず、なおかつ妖魔を手負いにして取り逃がすと言う失態を犯した。そのための処分じゃ」
「創真の姓を剥奪すると言うのですか!?」
「まあ、完全にそうしてもよいのじゃが、それではお主も楓も納得すまい」
ぱたぱたと扇子を仰ぎながら、四季は何食わぬ顔で冬真を見る。
「高校生活の三年間、全寮制の学園で過ごして貰う。そこを上位五位以内で卒業すれば無条件で退魔士の一級国家資格が手に入る。まあ三年の間は、創真の名を名乗ることは許さぬが、無事卒業すれば、改めて創真の名を名乗ることを許す。とは言え、あまりにも不甲斐ない成績で卒業されても困るので、主席か次席以外では認めぬがな。これに何の問題があるのじゃ?」
「創真一族は国より特例で、十八歳になれば宗家の者で霊力値十万以上あれば、一級の資格を無条件で与えられます! そのような事せずとも!」
「まあのう。二級資格も創真一族宗家ならば、霊力値五万を超えれば、実技や筆記試験無しに十五歳で与えられる。そのおかげで統也も今回の試練を一人で受けれたのじゃが、あやつにはまだ早すぎた」
退魔士が国家資格となり、退魔士を名乗るには国が定めた試験を突破する必要がある。とは言え、退魔士は実力が大きく物を言う。必要最低限の知識だけあれば、あとは実技試験と霊力値判定を受ければ資格を与えられる。
ただしこれは二級資格であり、退魔士と名乗り仕事をしていいと言う最低限の物である。一級資格とは知識や実技、霊力値において、より難しくなる。
創真一族宗家は、その成り立ちや歴史的な背景、また政治的なものにより、それらが免除される。それだけの実績があるからだ。
四季はそれでも、統也に退魔の現場は早すぎると判断したのだ。
「それは!」
「お主も痛感しておろう。霊創器の件と、今回の失敗を加味しての判断じゃ。創真一族の宗家の嫡男であるあやつは、妖魔を取り逃がした。どのような理由があろうとも、今回の失敗は下手をすれば、更なる犠牲を生みかねなかった」
「しかしそれは!」
「依頼が難しすぎたからか? 儂が判断を見誤ったと? なるほど。確かに一理あるのう。じゃがな、冬真よ。儂ら退魔士は結果がすべてじゃ。頑張ったから認めて欲しい等と言う事に意味は無い」
ぴしゃりと四季は言い放った。
「それとこれは、宗主の春斗も納得しておる」
「宗主!?」
「すまぬ、冬真。しかしこれは統也にとっても悪い話ではあるまい? どこか統也は生き急いでおるようにも思える。しかもこの入学は普通科ではなく、退魔科だ。今更とは言え、学ぶべき所も多いはずだ」
統也の一件で、春斗は彼が今後も退魔の現場において、無茶をするのではないかと考えた。自分の実力を過信とまではいかなくても、どこか危うさがあるように思えたのだ。
「それに創真一族だけではなく、他の生徒も大勢いる。その中で、同年代の他の退魔士の実力を知るのも良い機会と思ってな」
「欠陥品の霊創器しかない統也では、一級の資格を持つ資格はない。そもそもこの特例は、霊創器と言う霊装があっての特例じゃ。そこをはき違えるでないぞ」
何も言い返せない。確かに今後、霊創器を得た宗家の子供達は、護衛などが随伴とは言え、より強力な妖魔との戦闘に参加する。中には特級と言った存在との戦闘もある。
足手まといを庇う余裕はない。上級妖魔との戦いで瀕死になる退魔士ではとてもではないがついて行けない。
その事を考えると、統也のためならばこの方が良いのではないかと冬真は考える。
(高校を卒業すれば統也はまた創真の名を名乗れる。俺達も統也を追放するわけでも勘当する訳でもない。それに……)
病院のベッドの上で、ボロボロになった息子の姿が思い出される。生きていてくれて本当に良かった。無事な姿を見て、涙が出た。
けれども、今後は何度もこう言った場面が来るかも知れない。最強と名高い創真一族の宗家。その嫡男である限り、危険は常に付きまとう。
妖魔だけでなく創真に恨みを持つ存在や同じ人間でも、敵対する存在がいる。
聞かされた入学先は、国内でも最大規模の退魔科があり、全国から優秀な生徒が集まってくる。いかに高い霊力を持つ統也でも増幅能力の無い霊創器では、トップを取ることが難しいかも知れない。
今後、宗家の中でトップを走っていた統也は、次第に周囲に置いていかれるだろう。分家にさえ置いていかれかねない。
簡単に挫折する息子ではないだろうが、創真の一族の狭い世界にいるよりも、もっと広い場所に行く方が息子の為なのではないかと考えたのだ。
「………わかりました。そのお話、統也に伝えます」
「うむ。と言う事じゃ。長老衆や分家の当主達もそれでよいな」
冬真が了承したのを確認すると、四季は他の者に訪ねる。
まだ納得できない者もいるが、三年は帰って来れず創真の名も名乗れない。三年もあれば、様々な裏工作も可能と長老達や分家の幹部達は考えていた。
三年もあれば、今の分家の霊創器を扱える若手世代が大きく台頭するはずだ。宗家の三人には劣るだろうが、それでも統也を大きく上回る実力を得るのは、想像に難くない。
いかに宗家の天才でも、霊創器が欠陥品では落ちこぼれに過ぎない。
(我々の息子達が霊創器を使いこなせるようになれば、他の一族に対しても優位)
(宗家への婿入りも現実味が広がる)
(次期宗主は雫様、紫苑様、六花様のいずれかになろう)
(統也様、いや統也が脱落してくれたのは僥倖だったな)
(下手をすれば宗家同士で婚姻もあり得たし、他家より優秀な術者を嫁入りさせた可能性もあったからな)
様々な思惑が錯綜する。いかにして自分達がより高い権力を得るか。退魔士とは言え、彼らも人間だ。権力欲なども当然存在する。
分家の当主の大半は、今の地位に甘んじるつもりは無かった。退魔士として未だに現役の術者もいるが、大半は己の限界を感じ、いつ引退するか、また引退後はどうするかを考えていた。
退魔士として後進の育成と言う道もあるが、それだけで済ますつもりはなかった。宗家への繋がりを足がかりに、政財界へと影響力を大きくする。それが彼らの目的の一つであった。
そんな分家や長老達の思惑を感じ取ったのだろう。冬真は侮蔑の感情を隠そうともせず、彼らを睨みつけた。
「なんだ、冬真。そのような顔をして。お決めになられたのは宗主達だ」
「さよう。いかに息子が可愛いとは言え、失態は失態」
「創真一族に弱者は不要。これも息子のためと思え」
ぬけぬけと良く言うと冬真は怒りが沸き上がるのが抑えられない。
「長老達の意見も一理ある」
だが不意に別の所から放たれた言葉に、全員が沈黙した。
「創真一族の宗家に必要なのは、他を圧倒する絶対的な力だ。それを得られなかった時点で、統也は宗家の落伍者に過ぎん」
「秋久!」
「宗主。私は事実を述べただけです」
雫と紫苑の父である秋久の言葉に思わず春斗は声を張り上げるが、秋久は淡々と言葉を続けた。
「力なくば無力。我ら退魔士は常に命の危険のある場所に赴く。そこは実力がすべての世界。弱ければ、死ぬだけだ」
反論を許さぬとばかりに、強い口調で秋久は語る。
「統也は弱かった。だから瀕死の重傷を負った。一歩間違えれば死んでいた。それも上級妖魔ごときに」
「秋久。君は……」
「奴が宗家の嫡男であり続けたいなら、居続けさせたいのならば強くしろ。悔しいと思うのならば、私の言葉を否定するのならば、強くして見せろ」
挑むように冬真を見る秋久。長年の付き合いがあり、過去に秋久に何があったのかを知っていれば、彼が何を考え、何を思っているのかを理解することが出来た。
「……そうだね。君の言うとおりだ。わかったよ」
長老や分家の当主達に対する怒りが消えたわけではない。だが秋久や春斗は他の者とは違い、統也のことを考えての言葉であると。
(しかし大きな問題が残ったな)
楓には何と説明しようか。それが現在の冬真の最大の悩みだった。
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