第五話 激闘の果てに
そこは何もない虚無の空間。黒く何もない空間。
その中にソレはあった。
ソレは傷ついていた。ソレは眠り続けていた。ソレはただ待ち続けていた。
かつての姿を、力を取り戻す時を。この身が元通りに戻ることを。
どうすれば元に戻るのか。かつての力を取り戻せるのか。どうすればいいのか、皆目見当も付かなかった。
どれだけ待っていただろうか。どれだけ待ち望んでいただろうか。
ソレの願いに応えるかのように、その時はやって来た。
傷ついた身体を癒やすために必要なモノが流れ込んできた。満たされていく。癒やされていく。
膨大な量のモノを取り込んだ。身体がゆっくりとだが、少しずつ、それでも確実に元に戻っていく。
長い間、一向に変化のなかったが、これを取り込んだことで回復の目処が見えた。
時間はかかるだろう。あまりにも傷が深すぎる。それでも如何すれば良いかわからなかった日々から解放された。
これだけでは足りない。まったく足りない。もっともっと………、自分にこれを与えてくれ。
ソレは少しずつ必要なモノを取り込み続けた。そうすることが、回復への近道だから。
ソレは願う。早くこの身体が癒えることを。早くあの人の所へ行けることを。
道は開かれた。元通りにさえなれば、あの人の所へと行ける。
いや、それでは駄目だ。元通りでは意味が無い。
感じる。伝わる。彼はかつてよりも強くなることを望んでいる。ならば元通りでは駄目だ。自分自身も、さらなる高みに登らねば。
だからこそ、ソレは望んだ。さらなる力を。あの人と共に戦える力を。あの人にふさわしい存在になるために。
それまではここに留まろう。彼の側にいられないのは辛い。
でもそれもあと少しだ。
その間は貴方に任せる。
だからソレは願う。何も出来ない自分に変わって、彼を守ってくれと、ソレは彼を守れる力を持つ存在に伝えるのだった。
◆◆◆
「がっ、あっ………」
爆発が過ぎ去った後、煙の中からボロボロになった統也が現れた。黒衣は千切れ飛び、身体のあちこちから血を流している。骨もあちこちで折れている。何とか内臓関係は守り切ったが、満身創痍どころではない。
文字通り死に体であった。統也は動けない身体を横たえ、何とか命を繋いでいる。
それでも手足や指、耳などは千切れとんでいない。あの爆発ならば肉体が粉々になってもおかしくはなかったのに。
(くっ……、しくじった、な。まさか、自爆する、なんてな)
声も出せない。意識をつなぎ止め、尽きかけた霊力を何とか使い身体を回復し維持するが、どれだけ持つか。身体中が痛い。それでもまだ痛みを感じられるだけマシだ。もし痛みを感じないようであれば、すでに手遅れと言うことだ。
(けどよく手足が吹き飛んでなかったな。それだけは幸運か。いや……、違う。守って、くれたのか)
最上級妖魔の自爆を至近距離で受けたと言うのに、生きているだけでなく、五体が無事だったのは、統也の防御が間に合っただけではない。
自分の胸の辺りに、顕現しているのは、統也の霊創器の鞘であった。爆発の瞬間、鞘はひとりでに具現化し、統也の身体を爆発から防御した。
かなりの威力を殺せたが、完全に防ぎきることは出来なかった。
(わりぃな。助かった………)
鞘自体もボロボロだった。手を伸ばし、鞘に触れる。霊力の殆どを消耗したのだろう。霊力を感じない。統也は感謝する。完全に自分のミスだ。油断したとは言えないが、残心がおろそかだった。
それをこの霊創器はフォローしてくれた。命の恩人だ。
(ははっ、情けねえな。調子に乗った結果がこれだ)
この状況を魔王が見ればどう言うか。
(それにあの上級妖魔も追わねえと)
手負いの獣は危険だ。それなりのダメージを与えてはいたが、致命傷にはほど遠い。さらに言えば、傷つき消耗した妖魔は凶暴化する。そうなれば手当たり次第に人を襲う可能性がある。
(動け、動け……。だめか)
起き上がろうとするが、身体が言うことを利かない。この状態で襲われれば、ひとたまりも無い。
(くそっ、眠くなってきやがった)
瞼が重い。もう意識を保てない。
(ああっ、くそっ………こりゃ、大目玉だな。けど……)
上級妖魔は取り逃がし、最上級妖魔とは相打ち。自身はボロボロで試練には失敗。帰ったらつるし上げだろう。逃がした上級妖魔が被害を出せば、責任は統也にあると言われるだろう。
先に、とっととあの上級妖魔を仕留めていればよかったが、すべては後の祭りだ。
それでも笑みを浮かべる。楽しかった。自分の力が高まっていくのを感じた。心地よかった。
敗北も良い経験だ。失敗から学ぶべき事が多くあった。
(それに、監視してた奴が何とかしてくれるだろう)
結界に阻まれ、侵入こそ出来なかったようだが、統也は最初から自分についてくる存在に気がついていた。
おそらくは、上級妖魔の方も何とかしてくれているだろうと、他力本願な考えを浮かべる。
上級妖魔が戻ってくれば、自分の命すらないというのに、どうにも気の抜けた話だ。
薄れ行く意識の中で、不意に気配のする方を見ると、赤いちゃんちゃんこを着た少女の姿が見える。依頼人の家にいた座敷わらしだ。なぜこんな所まで来ているのか。
彼女は統也のすぐ側まで寄ってくると、ぽんぽんと彼の頭を叩いた。
大丈夫? と問いかけているようだった。
「なんだ、お前。家を出てきて、よかったのかよ?」
コクコクと頭を縦に振る。続けてぽんぽんと何度も頭を叩く。
「……幸福でも、分けてくれるのか?」
『お礼』
何のお礼かは分からないが、どうにも嫌われてはいないようだ。もしかすれば最上級妖魔を倒した事に対するお礼なのかもしれない。
少しだが霊力が流れてくる。身体の回復も早まったような気がする。
(まあ、いい。全部、次ぎに目を覚ましてからだ)
座敷わらしに見守られながら、統也は心地よい眠りにその身を任せるのだった。
◆◆◆
統也が妖魔との戦いで重傷を負い、意識不明のまま病院に運び込まれた。
この事は、創真一族内に即座に伝わった。
夜が明け、監視していた者より先代宗主の下に伝わった一報。その事に創真四季は眉をひそめる。
「これは本当に事実なのか?」
『はい』
自室には使いが放ったと一羽の白い鳩がいた。式神と呼ばれる、退魔士が使う偵察や通信用の使い魔のような存在である。鳩の口から人の言葉が発せられる。取り急ぎ、監視していた術者は先代に確認できた事実を伝えたのだ。
電話でも良いのだが、術によほどの自信がある四季は、盗聴などの事も考慮し、式神による通信を好んで使用していた。
子飼いから聞かされる今回の顛末。
統也の上級妖魔との戦いと、その後の最上級妖魔の復活。結界が張られ、内部は見られず。上級妖魔は、何とか取り急ぎ処理したが、その間に内部での戦いは終わり、結果、統也が瀕死の状態でいたとのことだった。
最上級妖魔の気配は消えており、逃げた形跡もないので、おそらくは統也と相打ったと思われると言うこと。
「ふむ。中で何が起こったのはわからぬが、とりあえず上級妖魔と復活した最上級妖魔は滅したと言うことで間違いは無いか」
扇子で口元を隠し、先代は思案する。はてはて、これはどう処理すべきか。
「中々に面白い結末じゃな。あいわかった。お主はもうしばらく統也に付き添っておくのじゃ。病院とは言え、雑霊や低級、下級の妖魔に襲われても敵わぬ。あと、詳細は他言無用じゃ」
『御意』
式神の向こうで、従者が深々と頭を下げるのを聞き、満足そうに頷くと彼女は式神との通信を終えた。
「さてと。この試練、どう評価すべきかのう」
状況から考えれば統也は最上級妖魔と戦い、瀕死になりながらも倒したと言うことになるだろう。欠陥品の霊創器しか持たぬ身でありながら、しかも十五歳の少年が単独で最上級妖魔を倒したのは、評価に値する。
「しかし状況証拠だけで誰もその現場を見てはおらぬし、本来の目的の上級妖魔は取り逃がす失態をしておるからのう」
評価すべきではあろうが、戦いの状況が分からない以上、安易に統也の強さを認めるわけにはいかない。四季は統也が倒したと言うことを疑ってはいなかったが、ほかの者はそうではないだろう。
さらに監視がいたから良かったものの、目的の上級妖魔を手負いの状態で取り逃がしたのは大失態だ。
いかに状況が悪くても、もし被害が出ていれば謝罪だけの問題では済まない。人命が損なわれれば、創真一族への批判は増えるだろう。
「まああやつ一人に責任を押しつけるのも、取らせるのも間違っておるが、それはそれ、これはこれじゃな」
笑みを浮かべながら、四季は手元の扇子を弄ぶ。実の孫と同じか、それ以上に可愛がっていた少年。その成長をうれしく思うも、増長されても困ると考える。
「本当に兄様にそっくりじゃな」
懐かしい記憶を思い出す。ある意味は初恋だったのかも知れない。実の兄であったが、小さい頃からずっと一緒だった。
統也にはその面影がある。いや、面影ではない。あまりにも似すぎていた。もしかすれば兄の生まれ変わりではないかとすら思った。
兄も天才と呼ばれた。実力もあった。霊創器も七倍と言う増幅率を誇り、次期宗主と目されていた。
優しくて努力家で四季にとっては誇りであり、憧れであり、崇拝の対象ですらあった。
けど………。
「………やれやれ、楽しい事を思い出しておったのに、嫌なことまで思い出してしもうたわ」
首を左右に振り、彼女は統也の身の振り方を考える。
「現状維持とはいかぬじゃろうな。あやつの傷の程度によるしのう」
回復の具合によるが、単独での最初の討伐任務でケチが付いてしまった。統也が一人で最上級妖魔を討伐したと言うのも、目撃者も証拠もない。状況証拠だけで十分かも知れないが、長老衆や分家の当主に対しては少し弱い。
仔細を知るのは自分とその子飼いだけ。単純に上級妖魔も、最上級妖魔も統也が討伐したことにすればいいかもしれないが、それではお節介が過ぎる。上級妖魔も討伐しておけば、そこは色を付けて擁護してやったのだが、逃がしたのではそれも難しいし、事実を捏造しても、統也本人も納得しないだろう。
四季は統也の性格をよく理解しているつもりだった。
「とすれば、やはりこれが一番か」
四季ははだけた着物の胸の谷間からスマホを取り出すと、どこかへとかけ始めた。
「ああ、儂じゃ。久しぶりじゃのう。いやいや、元気にしとるよ。そっちはどうじゃ? ふむふむ、それは重畳。してな、今回は少し頼まれて貰いたいのじゃ」
こうして統也の預かり知らぬ所で、彼の処遇が決まろうとしていた。
次回は10/7 午前零時です。