第四話 激闘
(やべぇな………)
この世界に転生して、初めて相まみえる強者。
突き刺すような、ヒリヒリとするような殺気が皮膚に突き刺さる。
あの逃げたゴリラ型の妖魔とは比べものにならない妖気。立ちずまいも隙がない。
あのゴリラ型の妖魔は、おそらく封印されていた妖魔ではなかったのだ。この妖魔こそ、この地に封印されていた妖魔だった。あの妖魔は、おそらく流れてきた流れ妖魔だったのだろう。
本当に封印さえれていた妖魔はまだ目覚めていなかった。いや、封印が効いていたのだ。しかしそれがこのタイミングが復活を果たした。
しかも伝えられていた妖魔のランクも、上級ではなくさらに上の最上級妖魔であったのだ。
(やべぇ、やべぇ、やべぇ、やべぇ!)
統也の表情が変わる。悲痛な表情ではない。顔に浮かぶ感情は歓喜!
(さっきの奴とは比べものになんねえくらい強え。妖力値はわかるだけでも十五万よりも上。まだ上がるか? 鎧武者で刀を持ってるから、剣術に関しても高いかもな。今の俺で、勝てるか? いや、どれだけやり合える?)
全身が震える。恐怖ではない。楽しみで仕方が無いのだ。今の自分の持てるすべてをぶつけられる相手。
全力を出しても勝てるかどうか分からない強敵。
霊力値では負けている。技術ではどうだ? 相手の力量は? どうすれば勝てるのか?
思考が楽しい。笑みが止まらない。脳裏に浮かぶ相手への対処方法。効果があるかどうかは別として、試すべき戦法がいくつも浮かぶ。
「楽しませてくれよ!」
押さえ込んでいた霊力を解放する。鎧武者の方にも統也の刺すような霊力がぶつけられる。
鎧武者はゆっくりと刀を構える。相手も理解したのだ。目の前の少年は、決して侮っていい相手ではないと。先ほどの図体だけが大きな妖魔とは、比べものにならない強者だと。
互いに強者であると二人は認識し合った。
鎧武者の身体から妖気がドーム状に広がった。おそらくは結界。鎧武者を倒さない限り、逃げられないように、相手を閉じ込める類いの物だろう。
かなりの妖力を込めているのか、並大抵の退魔士では突破は出来ないだろう。
外からの救援は期待できず、逃げることも出来ない。絶望的な状況だ。
「ああ、最高だな」
統也は笑いながら呟く。これで邪魔者は入らない。自分と相手の二人だけ。手助けなどいらない。逃げるつもりもない。
勝てない戦いはするべきではないし、撤退も戦術の一つではあることを統也は理解している。
それでも統也の中の常人とは違う部分ががなり立てる。これこそ望んでいた展開。望んでいた相手だと。
だからこそ統也は嬉々としてこの状況を楽しんでいた。
「最上級妖魔、俺の糧になれ!」
更なる高みへ、かつての自分の領域に戻るために、その先へ至るために。来たるべき宿敵との最高の戦いを行うために、統也は目の前の相手を自らの糧とするつもりだった。
お互いの霊気と妖気がぶつかり合う。
先に動いたのは統也だった。目にも止まらぬ速さで、鎧武者に対して斬りかかった。
二人の刀と刀がぶつかり合い、甲高い音と衝撃が周囲へと広がる。
「いくぜ!」
刀を振るう。乱舞とも言える連撃。並の使い手ならば、二手目、三手目で致命傷を与えられる鋭く早い太刀筋。しかし鎧武者はそのすべてを難なく刀で受け止める。
「ああ、そうだ! そう来なくっちゃな!」
予想通り。この程度を受け止められないのでは話にならない。斬り合いが続く。統也は攻撃をしつつも、まともに相手の刀を受けない。
相手の刀にはかなりの妖気が込められている。まともにぶつかり合えば、こちらの刀が先に折られてしまう。
だから少しでも刀への負担が少ないように、また接触する部分には相手の妖気に負けないだけの霊力を収束していた。
『っ!!!!!』
防戦一方になっていたことに業を煮やしたのか、鎧武者が一転、攻勢に転じた。受け止めた刀をそのままにつばぜり合いを行ってきた。
「ちっ!」
統也は後方に飛び退く。力比べでは相手の方が勝る。霊力で強化すればまだ対抗できるだろうが、霊力の無駄遣いでしかない。
回避行動の隙を突き、今度は鎧武者が連続で斬りかかってきた。統也はそれらを見切り、受け止めることはせず回避する。
紙一重での回避はできる限りしない。妖気が伸びてくることや、斬撃を飛ばすことも可能かも知れないからだ。
「はぁっ!」
受け流す。避ける。受け流す。避ける。
鎧武者の技量は高い。達人クラスの剣筋だ。もし前世を思い出さなければ、統也はその剣技だけで敗北していただろう。
だがかつての経験が上乗せされた今ならば、これだけの剣林の中であっても、余裕を持って対処できる。
横にすり抜けるように相手の刀を避けると、すれ違いざまにカウンターを放つ。一瞬の隙を突いて鎧の脇腹に刀がぶつかる。
「硬ぇな!」
刀が通らない。衝撃は伝わっただろうが、ダメージになったかどうかと問われれば否と言うしかない。
鎧武者は自らの脇腹に手を当てると何事もなかったかのように、統也の方に視線を向ける。
「それなりに霊力を込めてたんだけど、これじゃあ無理か。けど、だからこそ戦い甲斐がある!!」
口元をさらに歪める。歓喜、愉悦。
余裕など無い。絶対の勝算など無い。それでも溢れ出る感情を抑えることが出来ない。
統也は仕切り直しとして一度、距離を置こうとした。対して、鎧武者は上段に刀を構え、振り下ろした。
「っ!」
統也はとっさに横に飛び退く。瞬間、統也が今までいた場所の地面が真っ二つに切り裂かれた。妖力を込めた斬撃を飛ばしたのだ。
「すげぇな。最上級妖魔でも格下なら、今のを喰らえば真っ二つだろうよ」
強力な技を見せられた後でも、統也は笑みを浮かべ続けた。
『ナゼ、ワラウ?』
不意に鎧武者は言葉を発した。まさか言葉を発するとは思ってもいなかった。たどたどしいながらも、確かに日本語を話した。
会話する意味は無い。それでも統也は相手の言葉に返した。
「何故かって? 決まってるだろ? 楽しいからだよ」
楽しいのだ。全力が出せることが。勝つか負けるか勝敗が分からない戦いが。今の自分の実力を確かめられる事が。かつての力に近づいていることを実感できる瞬間が、たまらなく楽しくなってくる。
「お前には感謝する。今の俺の相手をしてくれて。俺をさらなる高みに上がらせてくれる事に」
『………タタカイニ、クルッタ、カ」
「狂ってるか。かもな。けど、別に後悔はしてねえ。俺は俺だ。他人にどう言われようが、思われようが、俺は死ぬまで、いいや、死んでもこの考えを変えない。それが俺だからな」
精神だけではなく、魂にまで刻まれた業なのかもしれない。それでも構わない。統也は自分が行き着く先がどこなのかに興味は無い。
死んでも構わない。かつて一度は死んだ身だ。もう一度、このような人生を歩めるなど、幸運以外にない。それでも平穏無事な人生に興味は無い。
「あんたは楽しくないのか? 自分の力を試せる瞬間、強くなったって感じる瞬間、持てる力のすべてをぶつけられる相手がいることに、楽しいとは思わないのか?」
逆に問いかける。すると鎧武者からは困ったような雰囲気が漂ってきた。
『オマエトハ、カンガエガアワヌナ。ソレガシハ、タダシュクンノタメニ、タタカウノミ。オノガタメニタタカウ、オマエトハチガウ』
「主君のためか。否定はしないが、妖魔になってまで守るべき主君がいるのかよ? 妖魔なんだ。戦いを楽しむためだけに力を振るえばいいじゃねえか。俺みたいによ」
『イナ! ソレガシノ”カタナ”ハ、タダアノカタノタメニアル!』
鎧武者は理解した。目の前の少年は戦いを求める獣だ。理性はあるだろうが、根本的にどこかがおかしい。
何故、こんな幼い少年がここまで刹那的な生き方を求めるのか。
死にたがっているわけではない。勝つことだけを求めている分けではない。ただ戦いを楽しんでいる。自らの力を全力で振るえることを喜んでいる。
戦闘狂
統也を現すにはそれが一番しっくりくるかも知れない。
両者が再び激突する。
統也は笑う。強者と戦えることを。統也は歓喜する。全力を振るえることを。統也や愉悦する。勝つか負けるか分からない戦いを。
斬り合う。斬り合う。斬り合う。斬り合う。
刀以外は不要とばかりに、二人はただそれだけを繰り返していた。
どれだけ斬り合っていただろうか。
徐々に統也の方が不利になってきていた。統也の身体に傷が増えていく。
(まだ上がるのかよ!)
鎧武者は徐々に速度を上げ、統也を押し始めた。対する統也は前世の記憶を取り戻したと言っても、肉体はまだ十五になったばかりの少年。体力にも限界がある。妖魔の体力は無尽蔵に近い。妖力がそのまま体力へと変換される。
統也の頬や腕、足に傷が刻まれていく。深く斬られてはいないが、血がにじみ出ている。黒衣を簡単に切り裂く程の刀。直撃すれば手足があっさりと落ちるだろう。
「ははっ!」
『コレデモマダ、ワラウカ』
常人が見れば、いや、妖魔から見ても今の統也は異様だった。
「ああ! これが笑わずにいられるか! 俺はこんな戦いを待ってたんだ!」
相手の刀をくぐり抜け、鎧武者の胴体に幾度も統也は自分の刀を当てる。しかしやはり刃が通らない。傷も付かない。
(ちっ。霊力の差が大きすぎるな。中途半端な攻撃は全部弾かれちまう)
鎧武者はその膨大な妖力を鎧と刀に回すことで、最大の攻撃と最大の防御を平行して行っていた。
霊力を撃ち出した所で、刀で切り裂かれるか鎧の防御の前に弾かれるだろう。
(なら一点集中だ)
感覚を研ぎ澄ます。意識が今まで以上にクリアになる。集中力がどんどんと高まり、時間が引き延ばされるような感覚になってくる。
鎧武者も統也の気配に気づく。狙っている。自分を打倒しうる攻撃を放つタイミングを。
(ドレダケノ、ツワモノカ)
目の前の少年は、自分と対等に戦っている。かつての最後の戦いは、十人近い退魔士が徒党を組んでようやく封印するに至った。
ただの一人で、ここまで長時間戦っていた相手はいなかった。感服する。この少年の強さに。
だからこそ同時に感じる。この存在の危険性を。
(マケヌ。ソレガシハ、マケヌ)
もしこのまま成長すれば、どれだけの存在になり得るのか。末恐ろしいとはこの事だ。
いや、恐ろしい事に、今、この瞬間にも成長を続けている。
(チガウ。セイチョウデハナイ)
例えるならば、鈍っていた強者が、戦いの中で少しずつ勘を取り戻し、自らの身体を最適化させていくかのようだった。
鎧武者の方も、封印から目覚めた直後であり、完全に自らの力を取り戻し切れていなかったのと同じように、目の前の少年も同じように力に慣れ始めているかのようだった。
霊力が爆発的に上がっているのではない。なのに、感じられる圧は、どんどんと強くなっていく。
統也は傷だらけになっている。体力も霊力も消耗している。息も荒くなっている。だと言うのに、この少年は終始笑みを浮かべ、戦いのすべてを楽しんでいる。
傷の痛みも感じていないのか。致命傷ではない傷ばかりとは言え、その数は十を超え、二十以上になっている。追い込んでいるはずなのに、鎧武者は自分が追い込まれているのではないかとさえ思えてしまう。
だからこそ、鎧武者は考える。こいつは、この少年は、ここで確実に仕留めねばならない。この存在は、必ずや主君に仇なし、脅かす。
いや、成長し研ぎ澄ました刃を、あの方の喉元に突きつけ、切り裂く可能性すらある。
ここで殺さねば、この際限なく強くなりかねない人間は、主にとって最大の脅威になる!
(アノカタノ、テキニナルマエニ!)
殺す。何があっても。殺意がふくれあがる。ビリビリと放たれる殺気は、物理的な衝撃を持って統也に叩きつけられる
鎧武者は統也から一時距離を取ると、刀を右脇に取り、剣先を後ろに向ける所謂、八相の構えに近い形を取る。
一刀の下に切り伏せる。これ以上、時間をかけない。成長させない。経験させない。
妖力値は圧倒的に鎧武者が上。三倍近く開きがある。鎧武者は時間をかけて相手を消耗させるなどと悠長なことをするつもりはない。目の前の少年は、時間をかければそれさえも覆しかけない。そんな予感があった。
刃が煌めく。闇に浮かぶは漆黒の軌跡。振り下ろされる神速の斬撃。最大の威力を込めて、刹那のタイミングで統也に向かい刃を振り下ろす。
目の前に迫る刃を、統也はその両の目で見据える。取るべき行動は一つ。回避でもましてや防御でもない。
攻撃のみ!
刃に霊力を込める。振り下ろされる刃に対して、統也は刃を振り上げる。
交差は一瞬。結果は直後に現れる。
『バカナ!』
驚愕が鎧武者を襲う。鎧武者の刃は統也の刃が接触した場所で真っ二つに切断された。逆に統也の刀はその部分から粉々に砕け散った。
鎧武者の一撃ならば、逆になっていてもおかしくはなかった。統也の刀ごと、彼を切り捨てるだけの力が込められていた。
なのに結果は逆だった。一瞬の硬直。鎧武者の視線が切断された自身の刀に向けられる。何が起こったのか、理解できなかった。
その隙を、統也は見逃さなかった。砕けた刀の残りの刃の部分に残った霊力を込め、鎧武者の顔面に突き刺した。
『ガァッ!?』
貫かれる面と流し込まれる霊力。妖力が浄化されていく。妖魔にとっては栄養であると同時に毒にもなりかねない霊力を注ぎ込まれた。
「俺の、勝ちだ」
ニィッと口元が今まで以上に歪む。身体はボロボロだった。鎧武者の渾身の一撃は確かに統也を仕留められず、お互いの武器を破壊する結果に終わった。
しかし余波は確実に統也の身体にダメージを与えていた。
先ほどの激突の際の統也の勝利は、ただ接触する部分に収束しうる最大の霊力を集めた結果だ。
総量で劣っていても、一点に集めれば相手を上回れる。ただし一撃で武器は耐えられず刀身が砕けた。統也の身体も、霊力を収束しすぎたことで防御に回す分が減り、妖気の余波で大きなダメージを受けた。
それでも彼は肉を切らせて骨を断つように、残った霊力を収束して相手の仮面を貫き、致命傷を与えたのだ。
『グガァァァァァァァァッ!!!!!』
負ける。消える。それは仕方が無い。負けたのは鎧武者自身の未熟ゆえ。相手が自分より強かったから。敗北を受け入れられないほど、狭量ではない。
だが受け入れられないことはある。それはこの少年を殺せなかった事。
(イナ! ナントシテモ!)
鎧武者は最後の力を振り絞り、統也の身体に抱きついた。
「なっ!?」
『ミチズレダ! ツヨキモノヨ!』
妖力が暴走を始めた。次の瞬間、巨大な爆発が二人を包むのだった。
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