第二話 統也への試練 前編
霊装の儀は、波乱に満ちた終わりを迎えた。
分家・宗家共に全員が霊創器を手に入れた。
分家は歴代でも類を見ない、全員の成功でそのうちの二人は、四倍と五倍と言う、分家始まって以来の快挙を成し遂げた。
宗家においても、四人の内の三人は、現宗主を上回る増幅率の霊創器であった。
しかし一人だけ、宗家の中でも最も才能に溢れ、次期宗主との呼び声も高かった少年だけが霊創器を得たにも関わらず、霊力を増幅しないと言う前代未聞の結果を生んだ。
これには宗家・分家関わらず、大事件として取り扱われることになった。
「これは由々しき事態ですぞ」
「さよう。このような事、創真一族始まって以来の珍事、いや凶事でしかないのではないか」
長老含め、現宗主、先代宗主を初め、幹部衆が集まっての会合が開かれていた。
議題は今回の霊創の儀の顛末に関してだ。
「分家の者全員が霊創器を得た事、宗家のお三方が宗主様と同等、あるいは上回る増幅率の霊創器を得たことは吉事です。ですが唯一、宗家の嫡男が霊創器でありながら、霊力を増幅できない欠陥品を得たことは看過できますまい」
千年の歴史の中で、このような事は過去にも例がない。あるいは、知らないだけ、記録に残されていないだけで、似たようなことがあった可能性はあるのだが、少なくとも創真一族の正式な記録や歴代宗主の手記には、そのような記載は一切無い。
過去に今回のように、類似した出来事があったのか可能性は無くは無く、その記録をただ闇に葬り去っていただけかも知れない。
しかしここ数十年、あるいは百年の中ではあり得なかったと言う事は間違いない。
創真一族の本家の屋敷のとある大広間。畳の敷き詰められた広間には、一族の上役がほぼ全員集まっていた。
上座には宗主。その右脇には創真一族の先代宗主が座っている。
二人の前には、左右に分かれ列を作り座る男女が大勢いた。創真一族の宗家や分家の長老や幹部達である。
「よもや冬真様の嫡男がこのような結果を出されるとは」
「そうじゃな。宗主であられる春斗様のご息女であられる六花様や、秋久様のご息女の雫様に紫苑様も宗家の名に恥じぬ霊創器を手に入れられた」
「しかし天才と持てはやされていた統也様が、よもや分家にすら劣るとは」
「天才など、所詮は最初だけだったと言うことでは? 良く言うではないか、最後は平凡に終わると」
「統也への中傷は控えろ、皆の者」
口々に悪意ある言葉を放つ者に、宗主である創真春斗は睨みつけながら、言い放つ。
春斗は上座に近い場所に場所を視線を移すと、親友の一人であり、統也の父親である冬真の怒りに震える姿があった。
これ以上、長老達の軽口を許せば、温厚ではあるが子煩悩な冬真の怒りが爆発する危険があった。
その隣ではもう一人の親友である創真秋久がいつもと変わらぬ仏頂面で座っている。しかし微かに目尻がつり上がっているのに春斗は気づいた。長老達の言葉を彼も不快に思っているようだった。
「統也の件は残念ではあった。しかしそれだけで凶事と判断することはできぬ」
「ですが宗主。長きに渡り宗家においてこのようなことは起こっておりません。宗家では統也様以外が、宗主に匹敵するか上回る霊創器を、さらに今回参加したすべての分家の者達が霊創器を手に入れました」
「我が子など、分家始まって以来の増幅率の霊創器を手に入れました」
分家の宗主の二人、そのうちでも今回の霊創の儀において、五倍の増幅率を誇る霊創器を手にした息子がいる、中瀬家の宗主である中瀬相次郎が自慢と嫌みを述べる。
彼からしてみれば、否、彼ら分家からしてみれば、今回の事で誰も手の届かなかった宗家に対して手が届くところまで分家の力が高まったのだ。
今の世代では無理でも、次の世代では宗家に匹敵する子が生まれるかも知れない。また自分の息子達が宗家に婿入し、次期宗主の婿になれる可能性も高くなった。
創真一族の宗主は実力があれば、男女どちらでもその地位に就くことが出来る。
そのため宗主に一番近かった統也が、今回の一件で大きくその評価を落としただけでなく、霊力を全く増幅しない霊創器を得たことで、彼の次期宗主の道は閉ざされた事になる。
となれば次の宗主へは今回の三人の誰かの可能性が高くなった。宗家にはあと二人子供がおり、片方は男児だが、まだ十五才未満である。
可能性が無いわけでは無いが、紫苑が増幅器としては最高クラスの霊創器を手に入れているため、目下彼女が最有力候補になっている。
相次郎の狙いとしては、自分の息子を宗家の雫、紫苑、六花の誰かに婿入りをさせ、宗家との結びつきをさらに強くし、次代で宗家での権力を手にする、あるいは次期宗主に婿入りさせる事で影響力を増やそうと言う考えだ。
相次郎の息子は、分家とは言え、一般的な宗家を上回る増幅率であり、秋久や冬真と同等である。息子がさらに成長すれば、宗家とて無視できない存在となる。
「確かにそれは喜ばしいが、今はそんな話をする場でない」
「そうですな。しかしどうなさるおつもりですか? 失礼ですが、統也様は宗家でありながら、霊力を増幅できない、無価値な欠陥品の様な霊創器しか手に入れることができませんでした」
「創真一族として、宗主には厳格に判断して頂きたい物ですな」
「………長老衆は何を望んでおられるのか。まさか息子を追放しろなどと仰られるのではないでしょうね?」
拳を強く握りしめながら、冬真が長老衆に聞き返す。
「まさかそこまでは。しかし今回のような事があっては、ご子息も創真の名を名乗るのを辛く思うのではと考えただけのこと」
「さよう。息子の事を思うなら、恥を晒させるのも可哀想ではないか?」
「冬真殿にはもう一人ご子息がおられる。跡取りには何の問題も無いはず」
長老達は今回の件で、宗家の恥さらしになりかねない者に、いつまでも創真の名を名乗って欲しくないと言うことだろう。
天才と呼ばれ、次期宗主と目された宗家の嫡男がこのような結果に終わった事実は、創真一族の中だけでなく、他の退魔士や退魔士の一族に対しても、創真の格を下げる事になりかねないと彼らは考えているのだ。
彼一人を切り捨てても、創真一族に大きな不利益はない。
宗家には直系が大勢いるし、分家の力も歴代最高になりつつある。
統也は分家全員と宗家の三人が大成功を収めた中での、唯一の汚点。成功を大々的に外部に喧伝する為にも、統也の存在は邪魔でしかないと長老達は思っているのだ。
冬真はそのあまりの言葉に、我慢の限界だった。自慢の息子であった。確かに霊創の儀は失敗であったかも知れない。
しかしそれだけで息子を放逐するなど、親のすることではない。
(統也を無能と断じて、勘当しろだと。馬鹿も休み休み言え!)
もはや我慢の限界と声を大にして反論しようとする冬真だったが、不意にパチンと扇子をたたむ音が室内に響いた。全員が音の方へと注目する。
そこには色つきの着物を着崩して、脇息に肘を付いている、二十代半ばの妖艶な美女の姿があった。
長い明るめの赤みがかった茶髪を、後頭部の当たりで簪でまとめている。着流された着物のあちらこちらから、豊満な体つきが見て取れる。彼女は手には扇子を持ち、ぱちぱちと何度も開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。
創真四季
先代宗主である女性であり、春斗の母でもある女性。年齢はすでに七十を超えていると言うのに、容姿は二十代のままである。
彼女は創真一族の中でも他の追随を許さぬ霊力を使い、肉体を活性化させることで全盛期の肉体を維持しているのだ。
「これこれ、あまり剣呑になるでない。たかが霊創器の増幅率が等倍であっただけではないか。霊創器を手に入れられなかったわけではないのじゃ」
諭すように、彼女は長老衆や分家の当主に語りかける。創真一族の中では、彼女の権力は未だに絶大であり、現当主と言えども、彼女に対しては親子と言う間柄を差し引いてもあまり強く出れないのだ。
先代の言葉に冬真はホッと胸をなで下ろす。彼女が味方をしてくれるというのなら、これほど心強いことはない。
「だけなどと、そのような軽く済む話ではありませぬ!」
「その通りだ。等倍など、まったく意味のない欠陥品! そのような霊創器では内外に示しが付きませぬ!」
「ふむ、確かに皆の懸念も尤もじゃな。しかしのう、それだけで廃嫡と言うのは、いくら何でも乱暴ではないか? 冬真も、当事者の統也も可哀想ではないか」
擁護する彼女の発言に、分家達は顔をしかめる。それだけと言う言葉で片付けて貰いたくはなかった。その増幅率が低いゆえに、分家は宗家に対して強く出れなかった。いかに霊力が高めようとも、霊創器と言う反則クラスの霊装の前に、そんな努力は意味を成さなかった。
それが逆転しかねない状況を分家は利用したかった。いや、決して手の届かないと思っていた宗家の一人でも、自分達より劣る存在が生まれたことに、優越感を感じ、これまでの鬱憤を晴らしたいと言う思惑もあった。
「ですが、先代様。統也様の件はこのままと言うわけには」
「そうじゃな。ではこうしよう。統也には宗家の一員としてふさわしいかどうか、試練を受けてもらうとしようではないか」
先代は楽しげに笑いながら、そう皆に提案してきた。
「試練ですと?」
「ここに儂の友人から頼まれた依頼がある。東北のとある地方で上級妖魔が出たと言うことじゃ。強さ的には上級の中でも上位と思われる。統也にはそれを単独で退治することが、宗家に名を連ねる条件としよう」
「お、お待ちください、先代!」
「なんじゃ、冬真?」
「統也はまだ十五歳です! いかに才能があろうとも、単独で上級妖魔の討伐など危険すぎます!」
先代の言葉に冬真や反論した。
妖魔には強さによりランクがある。妖力値にもよるが、個体の大きさ、知能、能力など総合的な力をによってランクが変化する。
下から順に最下級、下級、低級、中級、上級、最上級、特級、超級、覇級の九段階にランク分けされている。
上級は上から四番目に位置する。上級は妖力値が五万から十万の妖魔が主に位置づけされる。
統也の霊力値ならば勝てない相手ではないのだが、単独での討伐など危険過ぎる。本来上級妖魔は一般的な退魔士が複数で挑む物であり、創真一族の分家でも同じように二人以上で当たることになっている。
宗家の場合は、霊創器を得た成人した退魔士ならば、単独でも簡単に討伐できるが、今の統也が可能かと問われればかなりの危険が予想される。
「創真一族の宗家に求められるのは、圧倒的な力じゃ。霊創器が無くとも、力を示せば良い。しかしその力も示せぬのであれば、創真の名を名乗ることは許されん。それに統也もすでに中級ならば単独で撃破しておる。上級とて倒せないことはあるまい?」
「先代! それはあまりにも酷ではないか!? 上級妖魔の単独での対応は、宗家では成人してからが習わしのはず!」
「何を言うか春斗よ。儂はこれでも十分に譲歩してやっておる。この程度の試練を乗り切れんようではこの先、創真一族の宗家の退魔士として、仕事をこなしていくことなど不可能じゃ。それに儂らが若い頃は、十代半ばで、単独で上級妖魔と対峙することなど珍しくもなかったわ」
創真一族の宗家に依頼される案件は難易度の高い物が多い。特に妖魔退治の依頼では、最上級や時には特級の相手をしなければならない事がある。
なのにそれに参加できない程度の強さなら、創真の名を名乗る資格がないと先代は言う。
「これは儂の決定じゃ。反論は許さん。長老衆や幹部連もそれでよいな?」
「まあ先代がそう仰られるのなら」
「確かに力を示して頂けるのであれば、我らも不服はございません」
「統也様にも良い経験になるでしょう」
先代の言葉に皆が内心はともかく、表面上は賛同する。上級妖魔の討伐が容易ではないことは、この場の誰もが理解している。
いかに宗家の天才児とは言え、欠陥品の霊創器を抱えていては、この任務も難しいのではないか。下手をすれば、この依頼で命を落とすことになるかも知れないと、彼らは考えていた。
「冬真もじゃ。異論は受け付けぬ。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす。統也がこの試練を乗り越えたならば、大手を振って創真の名を名乗り続ける事を許そう」
「…………承知、いたしました」
血が出るのではないかと言うほどに拳を握りしめた冬真は、そう返すしか出来なかった。
「春斗よ。当主として宗家ばかり優遇するものではないぞ。分家も今代で随分と質を上げた。次代では、さらに上がるやも知れぬ。そうなれば必然的に宗家も強くならねばならぬ。劣った者は、宗家には不要。追放してやる方が、あやつのためじゃ」
「先代。それはあまりにも横暴ではありませぬか?」
「だからこそ、儂はチャンスをくれてやったのじゃ。奴が見事試練を乗り越えれば良し。乗り越えられねば宗家からの廃嫡するだけのこと。それに何も失敗しても見殺しにするつもりなどない。ちゃんと儂の子飼いを護衛に付けてやるわ。万が一の事が起こりそうであれば、必ず助けると約束しよう」
宗主やそれ以外の者の子飼いでは、統也に助力し、協力して対処するとでも考えているのだろう。だからこそ自らの子飼いを監視もかねて護衛に付けるのだろう。
「………わかりました。ですが、あなたはすでに宗主を退いた身。あまり一族の運営や方向性に関して、口出しをしないで頂きたい。今の宗主は私です」
「その通りじゃな。すまぬかった。今回は超越行為が過ぎたようじゃ。次からはあまり口出しはせぬよ」
春斗は先代に釘を刺しておく。もしこれ以上、下手な事を先代が言い出さないように。先代は口元を扇子で隠しながらも、笑みを浮かべて春斗の言葉に同意する。
こうして、統也の進退を決める試練が決定するのだった。
後編は10/5 零時に投稿いたします。