第一話 霊創の儀~栄光を掴む者達と、烙印を押される者~
創真一族。
退魔士の大家にして名家にして旧家。千年の歴史を誇ると言われ、歴代の退魔士達が討伐した妖魔は数しれず。小物から裏の歴史に名が残る大物まで、多種多様、様々な妖魔を葬り去ってきた。
それは千年における長い歴史において積み上げられ、研鑽されてきた退魔士としてのノウハウと、それを有効に扱う技術。
また一般的な退魔士よりも飛び抜けて多い霊力に、霊創器と言う反則的な武器まで有している。
一族の数は、宗家、分家含めれば百人を超える上に、雇われている人間や関係者を含めれば、その数はさらに多くなる。彼らは妖魔退治や地元だけでなく、地方や都心での儀式や祭事の他にも、権力者達の護衛と言ったことも行っている。
歴史が長いだけあり、一族内で分散しているものの、都内や地方に多くの土地を有している地主でもあった。
武力だけでなく、財力、権力を有するまさに巨大な一族。政治家とのつながりもあり、退魔士を管理、統括している西の総本山ですら、簡単には手を出せない関東における最大にして最強の勢力である。
宗家には引退した者、現役の者、まだ成人していない子供や先代当主や当主を含め、十数名がおり、創真の名を名乗ることを許されている。
未だに霊創器を授かっていない十五歳未満の子供達は別になるが、十五歳を越えた宗家の全員が霊創器を有している。また分家の中にも数名の霊創器持ちがいる。
創真一族の宗家、分家の子供達は全員が十五歳を越えると、霊創の儀を執り行い、霊創器の獲得を目指す。
霊創の儀は、霊創器を得るための重要な儀式だが、儀式の陣を発動させるには膨大な霊力が必要になる。
地脈、あるいは龍脈と呼ばれる大地に流れる霊気を集め蓄積する必要があるために、儀式は五年に一度しか行えない。
そのため、十五歳から二十歳まで創真一族は、全員がこの時に儀式に参加する。
霊創の儀の原理は不明だが、千年も続く創真一族にとっては重要な儀式である。この儀式の術式や、霊創器を得るためのプロセスや何故宗家は全員が手にれることが出来、また分家では才ある者だけなのかと言うことを解明しようと何人もの術者や研究者が研究や分析を行った。
しかし結果は何一つ分からなかったである。
さらにこの儀式は創真一族における聖域と呼ばれる場所でしか行えず、創真一族以外の者が儀式に参加しても霊創器を得ることが出来なかったと言う記録が残っている。
近年も、有名であり優秀な退魔士が創真一族の許可を取り、儀式に参加したのだが結果は失敗。
年齢の問題も考えられたが、創真一族が霊創器を得る年齢と同じ年代の術者でも試したが、結果は同じだった。この事より、創真一族以外では、この儀式は成功しないと立証された。
創真一族の宗家は例外なく、また分家も才ある者が手に入れる霊創器。
宗家にとっては力の象徴であり、分家にとっては憧れであり、同時に得ることが出来れば強力な力であり、宗家への婿入りも可能となる、まさに運命に儀式である。
◆◆◆
某県・某所にある創真一族に聖域。霊峰として名高く、巨大で太い龍脈が走り、霊気の流れが大きな重要地である。
聖域内の山間部の開けた場所に、創真一族の霊創の儀の祭壇が設置されている。
満月が輝く闇夜において、ここだけが儀式のためにたいまつを焚かれ、術式を起動させる陣から放たれる光と月光を浴び、聖域は闇夜とは思えない光を集めていた。
創真一族の当主や、現役世代、先代当主や長老衆を含め、よほどの案件がない限り、一族の人間はこの場に集まっていた。
聖域は儀式に際して、創真一族により徹底的な結界が張り巡らされ、常時でも厳重で強力な結界や監視がある所に、さらに強力な結界が追加で張り巡らされた。創真一族に敵意や悪意ある存在の侵入を阻み、儀式を滞りなく行うために、一族が総出で対処に当たった。
予め何かが仕掛けられていないかの確認は、術だけに限らず霊能力に頼らない科学的な物まで徹底的に調べ、安全を確認される。
また霊力の高い退魔士は勘も鋭く、自らの危機が迫った時の第六感の報せは、未来予知に近い程の制度があった。
と言っても、実際にその光景が見えるわけではないのだが、彼らのここぞという時の危険察知能力は馬鹿に出来ないものがあった。
今回の儀式に赴くのは宗家では四人、分家では七人となっていた。彼らは儀式までの間、祭壇の近くに集められ、儀式を受ける順番に並んで座っている。全員が、白い装束に身を包み、儀式を待っている。その中には統也の姿もある。
彼は一番最後であった。理由はこの順番は分家、宗家の順ではあるのだが、霊力値の低い順から受けることがルールとして決まっていた。
この場における霊力値が一番高いのは統也であり、彼はすでに霊力値が十万に到達していた。
「あら、随分と余裕そうね? 流石は天才様は違うわ。それとも、もしかして天才様でも緊張しているのかしら?」
統也の座る席の右側から彼に声がかけられる。儀式や祭壇の方に目を向けず、目を閉じて瞑想していたことに気がついた隣の少女が統也に話しかけてきたのだ。
創真紫苑。
宗家の中でも統也に次ぐ霊力値を誇る才女である。少し紫がかった背中まで伸びる黒髪と整った美貌。宗家の女性は美女・美少女が多い(創真一族以外でも霊力が高い者は総じて、見た目麗しいことが多い)が、彼女もその例に漏れず、まだ幼さが残るもものの、その道に進めば一躍、雑誌の表紙を飾れることだろう。
体つきもよく、成長途中のはずの胸はすでにかなりの大きさを誇る。
「緊張というよりは、楽しみの方が大きいぞ」
「へぇ。なるほどね。でもこの儀式が終わった後は吠え面をかかせてあげるわ。あなたの霊創器よりも優れた霊創器を作るのは私よ」
紫苑は統也と同じく天才だった。彼女には三つ年の離れた姉がいるが、その彼女よりも高い霊力を持ち、呪法の習得や剣技においても、同年代よりも頭一つ飛び抜けていた。ただし、統也を除いてだが。
だからこそ、ことあるごとに統也に絡んできた。霊力値においても、剣においても、呪法に習得においても、勉学においても。
勉学においてはさしもの統也も天才とは言えなかった。とは言え、成績は優秀だったのだが、紫苑ほどに高い学力があったわけではない。
しかし創真家は退魔士の一族。勉学など二の次である。唯一できた勝利が勉学だけでは彼女は満足できなかった。
紫苑はすべてにおいて統也を上回る事を目標とし、それを公言してことあるごとに統也に挑んできた。
「霊力は貴方の方が上。剣においてもそう。でもね、そんなものは霊創器の性能の前では些細な事でしかなくなるわ」
彼女の霊力値は九万。統也には一歩劣るものの、すでに一流の退魔士のトップクラスの霊力を有している。
霊力値が戦いの絶対値ではないのだが、一万の霊力値と十万の霊力値ではさすがにその差を覆すことは難しい。
霊力の増幅率においても、五倍と十倍ならば、多少基となる霊力値が少なくても、後者の方が優位に立てるのは間違いない。
紫苑は必ず、この儀式で統也を超える霊創器を生み出し、彼に勝とうと目論んでいた。
(どんな霊創器なのか、どれだけの増幅率かは召喚するまで分からないんだがな)
紫苑の思惑を察しながら、統也は表情に出さず内心で苦笑した。
何がどう作用して霊創器が生まれるのか、誰にも分かっていない状況のため、紫苑の発言は絵に描いた餅でしかなく、それも統也との増幅率の如何によっては、何の意味も無いことなのだが、この少女はこんなところでも統也に張り合いたいらしい。
「何?」
「いや。それを含めて楽しみだなと思ってな」
統也の言葉がしゃくに障ったのか、紫苑は表情を変えた。
「自分の方が優れた霊創器を作れるって、そう言いたいわけね」
「別にそんな事を言いたいわけじゃないけどな。まあ何にせよ、増幅率が高い方がいいよな」
宗家は例外なく霊創器を得るが、その増幅率は人により変化すれる。霊力が高ければ増幅率が高いと言うわけではない。
かつては霊力値が低いのに、増幅率が七倍もあった事例や、霊力値が他の追随を許さないほど高かったのにも関わらず、最低の増幅率しか無かった霊創器だった例もある。
つまり、蓋を開けてみなければ分からないのだ。
そう言う意味では紫苑の望みも、まったく的外れなことではない。
「ある意味では、運次第だな。まあ運も実力の内って言うからな」
「ふふ、そうね。今から楽しみだわ」
不敵な笑みを浮かべ、紫苑が挑発的に統也に視線を送り続ける。そんな紫苑に統也は苦笑いするしかない。
(ん?)
不意に紫苑の隣から視線を感じ、少しだけそちらを見やる。
その横では優しげな笑みを浮かべながら、統也と紫苑を見る人物がいた。
長い美しい紺色がかった黒髪を腰まで伸ばした、柔和な笑みを浮かべる統也達よりも少し年上の女性。
容姿は紫苑に似ていたが、紫苑は他者を必要以上に寄せ付けない雰囲気を出しているのに対して、その女性はすべてを受け入れるような、おおらかな雰囲気を出している。
さらに特筆すべきはその胸部。紫苑でさえも同年代からすれば大きい方だが、さらに彼女はその上を行く。身長も高く、モデルで十分に食べていけるのではないかと思われる。
創真雫。
紫苑の実姉で、宗家における統也達の三歳上の一番の年上である。分家、宗家ともに分け隔て無く接する優しい性格で、皆からお姉様と慕われる女性だ。霊力値も八万と紫苑や統也にこそ劣るが、宗家の名に恥じない霊力を持っている。
くすくすと、彼女は楽しそうに笑いながら、二人を微笑ましく眺めていた。
「相変わらず、二人とも仲がいいんだね。ボクもお姉さんとして嬉しいぞ」
おっとりと言うか大らかと言うか天然と言うか、どこか毒気を抜かれる言葉遣いと声色。紫苑は姉の言葉に顔をしかめる。
「お姉様、別に私と彼は仲が良いわけじゃないわ」
「そうか? お前、俺と六花以外に仲良い奴いないだろ? つうかそれ以外の友達がいないんじゃないのか?」
統也の言葉に紫苑はキッと彼を睨んだ。
「私は友達がいないわけじゃないわ。ただ私の友達になるだけの相手がいないだけよ」
「世間ではそれを友達がいないとか、ぼっちだとか言うんだよ」
「紫苑。あんまり妹の交友関係をとやかく言いたくはないけど、友達が少ないのはどうかとボクも思うよ?」
「五月蠅いわよ、貴方達。私は友達は良く選んでいるだけよ。ねえ六花?」
「あははは。私も紫苑はもう少し、友達を増やした方がいいと思うわよ」
「り、六花。貴方までそんな事を言うの?」
と話を振られた雫の隣に座っている少女・六花が苦笑する。
創真六花。
創真一族現当主の娘である。黒鳶色の髪を肩甲骨にした少女。紫苑や雫に比べるとプロポーションは劣るが、世間一般的には美少女と言っても差し支えない容姿をしている。霊力値は七万と現当主の娘としては低く思われるが、統也や紫苑が高すぎるので、仕方が無いとも言える。
委員長タイプのまじめで世話焼きな性格で、よく紫苑が起こるトラブルをフォローしていたり、紫苑が友達が出来ないことを心配して、何かと手を貸したりしている。
二人は親戚同士だが、親友同士の間柄であった。
「まあいいわ。それよりも今は儀式よ」
「話を振ってきたのはお前だろ」
「うるさいわよ、統也。ふふ、けどその余裕がいつまで続くかしら? この儀式が終わる頃には、その余裕も消え失せているでしょうね」
どうやらよほど自身があるようだ。何を根拠にしているのか全くもって不明だが。
「もう、紫苑も統也君に絡むのはやめなさいよ。もうすぐ儀式が始まるわよ」
六花に言われ、祭壇の方を見ると儀式の準備が整ったようで、当主が祭壇の前に立ち言葉を述べている。
「これより、霊装の儀を執り行う。皆、自らの魂を落ち着かせ、儀式に臨むように」
短い宣言の後、まずは一人目の分家の人間が祭壇の中央へと立ち、目を閉じ意識を集中し始める。
統也達と同い年くらいの少女だった。肩の当たりで切りそろえられた黒髪。分家だというのに、この儀式の最中でも顔色一つ変えず、まるで能面のような表情で儀式に臨んでいる。
祭壇の陣が発光を増し、彼女の手のあたりに光が集まってくる。光はゆっくりとだが確実に何かを形取っていく。
周囲からはどよめきが起こる。
霊創器の具現化。それは分家では確率は二割にも満たない。十人いれば一人か、二人、下手をすれば誰も手に入れることが出来ない事が多い中、最初から具現化を成功させた。
彼女が具現化したのは五十センチほどの鉄扇のような霊創器だった。彼女は目を開け、それを手に取ると無表情に眺めている。
「何かしらあの子。分家なのに霊創器を手に入れたのよ。もっと嬉しそうな顔をすれば良いのに」
小声で紫苑が呟く。確かに分家の少女は終始無表情。何を考えているのか分からないが、統也には微かに、ほんの僅かに口元がつり上がっているように見えた。
(顔に出ないか出せないタイプなんじゃないのか、あれ? でも退魔士としては妖魔に感情を察知されにくい利点があるから、長所かも知れないけどな)
と、少しずれた感想を統也は抱いた。続けて少女は霊創器を発動させた。
これは霊創器を手に入れた者が行うプロセスである。この場にて、霊創器による増幅率がどれだけなのかを分家、宗家にお披露目する意味がある。
「こ、これは!」
「これは間違いないのか!?」
「他の測定器を持ってこい!」
測定器を持っていた当主の従者達が驚きの声を上げた。何をそんなに慌てているのだろか。
「ぞ、増幅率は四倍です!」
従者の言葉に周囲がざわめき立つ。分家のこれまでの最高倍率は三倍。四倍の数字など分家からは今まで出ていなかった。なのに彼女はそれを覆した。これには分家だけではなく宗家も驚きを隠せないでいる。
「すごいんだな、あの子。分家からは四倍の増幅率が出たのは、歴史上初めてなんだぞ」
雫も感嘆するように呟いた。分家の一番最初と言うことで、霊力値はそんなに高くはない。しかし増幅率四倍であれば、即座に分家のトップクラスに躍り出る事となった。
いや、霊力はまだ成長途中であることを考えれば、まだまだ高みへと上れると言うことだ。
歓声が沸く。分家としてはこれまでに無い快挙だ。あの少女の両親と思われる二人は涙を流して喜んでいる。
逆に長老衆の中でも、宗家の者は面白くなさそうだ。当主は満面の笑みを浮かべて拍手をしている。雫と紫苑の父親は仏頂面ではあるものの、賞賛に手を叩いている。統也の父親も惜しみない喝采を少女に向けている。
「分家のくせに、やるじゃないの。ふふ、面白いわ。これは是が非でも、私はさらに強力な霊創器を手に入れてみせるわ」
「お前のその自信は一体どこから来るんだよ、本当に」
「あら? 自信が無いのかしら? そんな心持ちでは、この私には決して勝てないわよ」
「はいはい。じゃあ期待して見ててやるよ」
一番手から霊創器を出現させたことで、周囲の熱は増していく。次の分家は二十歳近い男であったが、がちがちに緊張している。
これは期待薄かと周囲には思われていたが、何とその青年も霊創器を出現させたのだ。
彼が手にした霊創器は槍であった。増幅率は二倍。最初に比べると見劣りするがそれでも確かに、力の象徴である霊創器を手に入れた。彼は歓喜に打ち震え、叫びながら喜びを露わにしている。
今宵の儀式は、波乱続きだった。
分家では本来は二割にも満たない成功率の儀式。だと言うのに、分家の七人の若者全員が、霊創器を具現化したのだ。
しかも最後となった分家の少年は、増幅率五倍と言う宗家にも匹敵する霊創器を手に入れたのだ。さらに彼の霊力値は四万。分家のトップどころか、一気に宗家の中堅や上位に肉薄する事になった。
(なんだか凄く緊張してきた)
六花は顔を青くしながら、装束の襟筋を掴んでいた。彼女は当主の娘と言うことで過度な期待をされてきた。さらに周囲には宗家の同い年である統也や紫苑と言う、自分より優れた素質を持つ者もいる。
周囲の期待と友人達との差を目の当たりにして、彼女はどうしても卑屈になったり、落ち込んだりと悪い方向へと考えて仕舞いがちだった。
分家全員が霊創器を獲得すると言う快挙と、その中でも二人が分家を超える増幅率をたたき出したことに、彼女の中の不安は増大し、緊張が極限まで高まってしまった。
「六花」
不意に声がかけられる。声の主は統也であった。
「心配しなくても大丈夫だろ。寧ろこの状況だ。案外俺達宗家は、連中以上の成果を出せるんじゃねぇか?」
統也がいつもと変わらぬような態度で六花にそう言った。
「そうね。たまには貴方も良いことを言うわね、統也。分家が全員、霊創器を手に入れられたのよ? 私達が手に入れられるのは当然として、問題はその増幅率。仮にもこの私達と肩を並べられる六花が、あんな有象無象どもに遅れを取るはずがないわ」
「そうだぞ。もしかすると、ボク達の中で、始祖様に匹敵する増幅率を持つ霊創器を手にする子が出るかも知れないぞ」
紫苑も雫もどこまでも落ち着いた様子で、そんな事を六花に告げる。
「お姉様、当然それはこの私よ」
最後に紫苑はそう付け加えることも忘れない。
「お前、本当に大きく言うのが好きだな」
統也のツッコミに紫苑はキッと彼を睨むが、統也は悪びれた様子もなく、へらへらと笑っている。
三人のやりとりに、六花も笑みを浮かべた。緊張していたのが嘘のように、落ち着きが戻ってきた。
「まずは宗家の初っぱなだけど、六花なら問題ないだろ。大丈夫だ。紫苑みたいに、期待してればいいさ」
言ってこいと、言葉で背中を押された六花は笑顔で応えると、表情を引き締めて祭壇へと向かう。
六花は祭壇の中央で、深呼吸をする。
(大丈夫。私なら出来る)
自分を信じる。ちらりと父である当主の方を見る。父は六花の視線に気づくと、僅かに笑みを浮かべる。次ぎに見るのは、自分と同じ宗家の同年代達。
姉のような雫、親友の紫苑、そして唯一の気軽に話せる男友達でもある統也。
統也は腕を組みながら、不敵な笑みを浮かべている。お前ならなんてこと無いだろ? と言われているようだった。
昔からどこか大人びていた統也だが、十五歳を迎えた一昨日くらいからは、さらにそれが顕著に現れた。
何故か昔から統也に言われると何でも出来ると思えた。今回もだ。
父が隣に立っているかのような安心感。でも父とは違う頼りになる同級生。
その彼が見ていてくれるのだ。無様な真似はさらせない。
陣が光を増す。分家の時よりもさらに強く光り輝く。彼女の前に出現する光の塊。光はゆっくりと何かを形取っていく。光が分かれていく。それは一つではない。二つ、三つ、四つ………。それは全部で十二の符であった。
十二の符は彼女を囲むとその周囲を回り、一重ねになって彼女の手元へとやってくる。
「これが私の霊創器」
十二枚の護符。彼女はそれに霊力を通す。
「す、凄い! これは! 増幅率七倍です!」
七倍の増幅率。それは父である当主を上回るものであった。六花はその言葉を聞き、花咲くような笑みを浮かべた。
父の方を見る。父は我が事のように、それ以上に喜びながら、椅子から立ち上がり喝采を送ってくれた。
同時に雫も、紫苑も、統也も拍手を送ってくれている。
(やった! やったよ、皆!)
六花は初めて、自分に自信が持てるようになった。父を超える霊創器を生み出した。霊力こそまだ遠く及ばないが、まだ成長期だ。これから伸びる可能性はある。
しかし霊創器の増幅率は違う。どれだけ経とうと、どれだけ霊力を込めようとも増幅率が変化することはない。
だからこそ、この儀式での最初の増幅率がすべてなのである。
うれしさのあまり、顔のにやけが収まらない。
「これは流石のボクも緊張しちゃうぞ」
続けて陣の上に立つのは雫。長身である彼女が立てば、それだけで絵になる光景である。
雫は増幅率に大したこだわりを持っていなかった。宗家ならば必ず手にすることが出来る霊創器。
退魔士として、強くなるための手段程度の認識しかなかった。
しかし姉として、宗家の若手の年長者として自分がしっかりしなくてはと言う思いもあった。
(ボクは才能では紫苑や統也君には及ばない。でもそれでも少しはお姉さんらしくありたいと思うんだぞ)
そのためには、こんなところで足踏みしてはいられない。自分も彼らにおいて行かれたくはない。
六花と同じように光が溢れ、光が集まり姿を変えていく。それは一本の剣であった。
白銀に輝く長い片刃の片手剣であった。しかし彼女の身長を考えれば、使う上で扱いづらいと言うことはないだろう。
「ぞ、増幅率は六倍です!」
増幅率六倍。彼女も六花にこそ劣るが、現当主と同じ増幅率だ。六花が高いだけで、雫は何ら恥じることも、卑屈になることもない。創真一族の長い歴史の中でも、宗家の霊創器の増幅率は殆どが四倍止まりなのだ。
「まあこれで、少しは面目は保てたかな?」
ホッと一息つき、苦笑しながら雫は祭壇を後にする。何とか姉としての面目は保てたと満足だ。
次は紫苑であった。
彼女は優雅に、気品溢れる歩き方で祭壇まで赴き、一切緊張していないような自然体で陣の中央に立った。
(………私なら出来る。出来るわ。出来るはずよ)
しかしそれは虚勢に過ぎなかった。いかに彼女でも人間であり、十代半ばの小娘であった。
分家、六花、雫と、立て続けに高い増幅率の霊創器を手にしたことで、自分もと言う気持ちと、もし自分が並の増幅率でしかなかったら? と言う不安に苛まれていた。
分家の二人は四倍と五倍。宗家の殆どが四倍なのだ。五倍でも分家の者と同じ。
(そんな事は許されないわ………)
だが、でも、もし、自分が五倍以下であったなら………。
考え出したらきりが無い。緊張のあまり、心臓の鼓動が早くなり、音が耳にまで届くようだった。
紫苑はふと統也の方を盗み見た。見れば統也は不敵な笑みを浮かべている。
どうした? お前らしくない? お前なら、この程度余裕だろ? 大丈夫だ、心配するな。お前なら出来る。
彼が声を出さずに、口を動かしているのを見て、そう言ってるのを読み取った。
(私なら出来る? ………当然でしょ? あなたはそこで見ていなさい。私が最高の霊創器を手に入れる所を!)
目を閉じ、儀式に集中する。
自分なら出来る。問題ない。当然だ。私は天才よ。貴方に勝つために、努力も続けきた。
分家よりも、六花よりも、雫よりも、統也よりも!
(だから、私が最高の霊創器を手に入れるのは、当然の帰結なのよ。そこで見ていなさい。私が最高の霊創器を手に入れるのを! さあ、来なさい、私の霊創器!)
目を見開く。彼女の心に、魂に反応するかのように、光が形を変えていく。
彼女の目の前にあったのは、抜き身の長場の日本刀であった。柄に手を取りる。まるで長年手にしてきたかのように、しっくりと手に馴染む。霊力を通す。力が増幅されていく。
「ぞ、増幅率八倍です!」
従者の声を聞き、紫苑はどうだと言うような挑発的な笑みを浮かべ、統也達の方を見る。
統也も八倍に感心しているのか、苦笑しながら手を拍手を送っている。他にもあまり表情を変えない父も、誇らしげな笑みを浮かべているのが見える。
やり遂げたと言う達成感と幸福感が、紫苑の中に満たされていく。
紫苑も緊張から解き放たれたことで、足取りを軽く自らの席へと戻る。戻る間に統也とすれ違う。
「最後は貴方よ。せいぜい無様な霊創器で無い事を祈ってあげるわ」
挑発するような言葉を統也へと向けるが、別段、他意は無かった。統也ならば、自分よりも才能のある彼ならば、自分よりも高い増幅率の霊創器を手に入れる可能性が高い。
なんだかんだと言いつつも、紫苑も統也を認めている。そんな彼が失敗するところなど、創造できないでいた。
あるいは彼なら始祖と同じで十倍なんて言う、馬鹿げた増幅率の霊創器を手に入れても不思議ではない。
紫苑も、雫も、六花も、分家や宗家の誰もが天才と称され、次期宗主の可能性が最も高い少年に期待のまなざしを向ける。
統也は他の皆と同じように陣の中央に立つと、目を閉じた。
霊力の流れを感じる。何かが見える。
(なんだ、これは?)
霊力の流れがおかしい。統也は自らの中の霊力と霊創器を形作る霊力がどこかへ消えていくような感覚を覚えた。膨大な、龍脈を通してこの場に集まる霊力がごっそりと消えていく。
それはまるで、何か別の何かに喰われているかのようだった。
統也の前に浮かぶ光は、宗家の三人よりも、分家の七人よりも弱々しい光だった。
光はようやく何かを形取っていく。光が消えると、そこに残ったのは漆黒の鞘の様な物だった。
浮かんでいるのは鞘だけである。本来収まっているはずの剣はない。
統也は鞘を手に取る。霊力で出来ている鞘。確かにこれだけでも霊力の密度は高い。三人の宗家の霊創器に劣りはしないだろう。
しかし違う。これは違う。致命的に何かが足りない。霊創器ではあるが、霊創器ではない。統也にはこれがまるで別の何かのように感じられた。
統也は霊力を流す。霊創器ならば当然、流された霊力を増幅するはずだ。
だが………。
「増幅率………えっ?」
「なんだ? どうし……」
「お、おい、これは故障じゃないのか?」
「い、いや、他の測定器でも同じ反応なんだ!」
「そんな馬鹿な事があるか! もう一度測り直せ!」
測定を行う従者達からも困惑の声が上がっている。
何があったのか周囲はざわめき立つ。
「どうした。一体何があったのだ?」
見かねた宗主が声をかけると、従者達は困惑したまま、宗主に結果を告げる。
「統也様の増幅率なのですが、増幅率は………、等倍です」
「なんだと?」
増幅率は一倍。つまり統也の霊創器は、彼の霊力を増幅しない。
創真一族宗家においても、創真一族の歴史上においても、前代未聞の出来事が起こった。
宗家の嫡男の一人にして、天才と呼ばれた少年は、この日を境にその評価を暗転させることになる。
この日、統也は無能者の烙印を押されることになるのだった。