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第十二話 クラスメイト

 

「ああ、疲れた」


 時刻は深夜。統也と錬はようやく寮にたどり着いた。統也はベッドに仰向けで大の字に倒れ込んだ。


「ふふ、お疲れ様」


 労いの言葉をかけつつ錬は苦笑している。


「不破も災難だったな。あんなことに巻き込まれて」

「それはボクよりも十六夜君の方じゃない? ボクのせいであんなことに巻き込まれて」

「いや、俺はある意味で良い機会だったぞ。あれも試せたし」


 ルシフェリオンの試運転としては上々だった。


「それよりもその後の学院側から聴取の方が面倒でしんどかったぞ」

「そうだね。まさか何時間もかかるなんて思ってなかったし」


 数時間の聴取の後、明日の入学式の事もあり、一時的に二人は帰されたが、また後日、話を聞かせて貰うとのことだ。


「まあな。あの妖術師の身柄を渡して、はい終わりとはいかないのは分かってたが、長過ぎだな」


 とは言え、学院側も事情を知る必要はあるし、島内に高位の妖術師が紛れ込んでいたというのは大問題だ。


 詳細が判明するまでは、二人を含め学院側にも緘口令が敷かれるらしい。


「でもよかったの? 凄腕の妖術師を一人で撃退できたってなれば、十六夜君の評価も」

「いや、今はまだいい。侮られるのは、いつでも挽回できるからな。寧ろ、創真の名前に近づいてくる連中とは距離がおけるからな」


 今の無能者や落ちこぼれの状態の統也ならば、変な連中は寄りつかないだろう。


 もしこれでルシフェリオンの性能や単独で軽く最上級妖魔を倒せるとなれば、周囲が放っておかないだろう。


 分家や長老会もちょっかいをかけてくるかも知れないし、あの婆さんが何かをする可能性もあった。


(学院側から、あの婆さんの方に連絡は行ってないよな? 緘口令も敷かれてるし、自分達の不手際をあの婆さんに話す事は無いと思うが)


 統也としては散々コケにした相手が、自分達よりも圧倒的な力を持って戻ってきたなんてシチュエーションに憧れなくもない。もっとも、あんな連中の上に立つ気はさらさらない。


 実力を付けて、免許を得て独立するのも悪くない。ほかの勢力に鞍替えするのも良いかもしれない。


 いや、それだと余計に面倒か。創真一族と事を構える気は無いが、さりとて次期宗主になるつもりもない。


 あの三人の誰か、もしくは弟に頑張って貰うとしよう。


「取らぬ狸の皮算用か」

「えっ、何か言った?」

「何でも無い。それよりもあの子狐はよかったのか?」

「うん。今のボクじゃ、どうしようも出来ないらね。学院で保護してくれるって言うのなら、それに越したことはないし、どう言う形に落ち着くかは教えてくれるって言ってたし」

「それで納得してるならいいが」


 子狐は結局、学院の預かりとなった。どこから来たのか、誰が所有していたのかそれも調べなければならない。


「あそこでボクがごねても、どうしようもならなかったからね」

「そうだな。あの対応で良かったと思うぞ。相手の心情も悪くなかっただろうからな」

「十六夜君もありがとう。口添えしてくれて」

「気にするな。あのままハイさよならってのも後味が悪かったからな」

「それでもだよ。ありがとう、十六夜君」


 真っ直ぐに礼を述べる錬を統也は好ましく思う。


「それにね、あの子とはまた何となく会えるような気がするんだ」

「霊感か?」

「うん。何となくだけど」

「そうか。まあ今後の楽しみだな。じゃあ、悪いけど俺はもう寝るぞ。流石に疲れた」

「うん。お休み、十六夜君」

「ああ。お休み、不破」



 ◆◆◆



(凄かった)


 錬はベッドの中で今日の出来事を振り返る。


 入学前にルームメイトと大きな事件に巻き込まれるとは思わなかった。


(十六夜君、ううん、創真君だったんだね)


 創真一族の名を知らない退魔士はいない。それほどまでの歴史と力と権力を有している。


 その中でも唯一、欠陥品の霊創器を得た宗家の嫡男の話は瞬く間に退魔士達の中に伝わっている。


 錬も当然、それは耳にしている。


(けど噂とは全然違ったな)


 実際、彼の力は他の追随を許さないほどである。あの最上級妖魔の赤鬼を簡単に葬った。同年代で、いや、退魔士の中であのようなことを簡単に成せる者がどれだけいるか。


 創真一族の名に恥じない、強大な力を持った能力者。


(彼ならもしかして……)


 脳裏に浮かぶのはかつて、自分を絶望に追いやった存在。あの悪魔のような男。


 即座に頭を振り、その考えを振り払う。


 違う。誰かに頼るな。自分で成し遂げるんだ。


 あの力に憧れる。あの力が欲しい。あの力があれば………。


(強く、強くなるんだ。絶対に……)


 統也に語った理由。だがそれとは別にある強さを渇望する心。


 見てしまった。魅せられてしまった。切望し、渇望し、欲してしまった。


 圧倒的な力を。強大な力を。


 この日、錬は新たな感情をその身に宿すことになるのだった。




 ◆◆◆



 入学式はつつがなく終わった。


 結局昨日の騒ぎは学院側が処理したらしく、一般生徒やほかの退魔科の生徒にさえ知らされなかった。


 当然だ。生徒に撃退されたとは言え、国内有数の学院島に妖術師が侵入し、暗躍を行っていたのだ。背後関係や協力者の有無を調べたりするためにも、おおっぴらになっては駄目だろう。


(その分、こっちは平和だけどな)


 統也はこれから学ぶ学び舎の自分の席に座ると、手を頭の後ろに組んで、のんびりと外を見る。窓よりの後ろから二番目の席だ。中々にいい席だ。入学式が終わって、それぞれが各クラスに入っていく。


 ホームルームまで、まだもう少し時間がある。全員が寮生であるのだが、まだきちんと話が出来ていない相手も多数いる。この時間は、交友関係を作る場でもあるようだ。


 統也はそれをせず、椅子に座ってるわけだが。


「眠そうだね、十六夜君」


 と、声をかけたのは、隣の席に座った錬だった。どうやら席順はランダムのようだ。女子と男子でもあまり分けられていない。錬が前だと、少し気が楽だし、話しやすい。ぼっちと思われずに済むのはいい。


「眠い。実に眠い。春の陽気だけじゃないな、この眠さは。しかも腹も減ってきた」

「朝、あれだけ食べたのに。何人前って感じで、見てるボクの方がお腹いっぱいになりそうだったよ」


 昨日の疲れもあるが、主な理由には心当たりがある。ルシフェリオンだ。


 異界に戻ったルシフェリオンは再び修復と強化を継続している。統也とのパスも完全に繋がり、鞘を通してさらに霊力を効率よく吸収している。


 もぐもぐ、パクパクとデフォルメされたルシフェリオンが、固形化した霊力を食べている姿が統也の脳裏に浮かぶ。さらにうまうまとかそんな幻聴まで聞こえた。


 だがそれだけでは足りないのか、統也からさらに吸収しようとしている。統也としてはルシフェリオンのためなら霊力を提供することはやぶさかではないが、それにも限度がある。


 朝から異様なまでに食べたのは、それらを無理矢理霊力に変換するためである。と言うよりも、普通に腹が減る。


(くそっ、ルシフェリオンの奴。少しは加減しろよ)


 相棒とは言え、思わず文句が出るのも仕方が無いだろう。


(ん?)


 と、統也は後ろの席の方に意識を向ける。彼の後ろの席に、その席の人物がやって来たようだ。


 そこに座ったのは、美少女だった。肩まで伸びた燃えるような真紅の髪。キツい印象を与える少し吊り上がった目。むすっとした表情と、何よりも他者を寄せ付けないまでの圧倒的な拒絶の気配。それでいながらも、その美しさが損なわれることは一切無い。


「……何?」


 凜とした声が響く。たった一言なのに、霊力が上乗せされた言葉は、凄みと力を持ち、周囲へと影響を与える。


 統也の前に座る錬など、その雰囲気に飲まれ、ゴクリと息を飲むほどだった。


「いや、別に。後ろの席の相手だから声をかけておこうかと思ってな」

「必要ないわ。あたしは、他人となれ合う気はないから」


 それだけ言うと、少女は統也から視線を外し、持っていた鞄から本を取り出すと読書に集中しだした。


(霊力値は……十万はあるな。おいおい、紫苑よりも上とか、どこの家の奴だ?)


 統也もそれなりに他家の情報を得てはいたが、同年代に創真一族に匹敵する霊力を持つ者がいれば、噂くらいは聞くはずだ。


 西や北の有力な退魔士の一族ならば、噂も聞くし、何度か交流したこともある。


 しかし覚えがない。赤い髪の少女ともなればなおさらだ。統也は少し興味を引かれた。


「俺は十六夜統也って言うが、名前を聞いても良いか?」

「………どうせあとで自己紹介するわ。二度手間は嫌なの」


 と、取り付く島もないように彼女は不機嫌そうに拒絶した。


 これはお手上げだと、統也はそれ以上、彼女に対する質問を諦めた。


「い、十六夜君」


 少女の雰囲気に飲まれたのか、錬が涙目になっている。


「おいおい、そんなにビビるなって。取って食われたりしないだろ」


 小声で統也は錬を落ち着かせるように言う。昨日からビビりすぎだ。確かに自分よりも遙かに高い霊力の持ち主がこんな風に他者を拒絶するように剣呑な霊圧を出していればそうなるだろう。


 事実、彼女の周辺には誰も寄りつこうとしない。


「なんや、剣呑な霊気やな。それやと危ないで?」


 そんな彼女に向けて、声がかけられる。少女も統也も錬も、思わず声の方を見る。そこにいたのは黒髪をショートカットにした少し背の低い少女だった。


 学園のブレザーとスカートに身を包み、人なつっこい笑顔を浮かべている。くりっとした目にどこか毒気を抜かれる声色。特徴的だったのが、彼女の瞳の色がアメジストのような紫だったことだろうか。


「あなた、何?」


「うち? うちは土御門唯衣つちみかど ゆいや。新入生代表でも挨拶させて貰ったんやけど、改めまして、よろしくやで」


 赤髪の少女ではなく、様子をうかがっていた周囲がざわめく。土御門。伝説の陰陽師である安倍晴明の血を引くと言われる一族。


 東の創真、西の土御門と言われるほどである。


 彼女は今年の新入生の主席であり、新入生の代表として挨拶をしている。その彼女が誰かに話しかけている。


「あ、そう。だから? あたしにとっては誰であっても変わりないわ」

「うーん、これは難儀やわ。でもな、少しはその霊圧を抑えてくれるとありがたいんやけど」

「……これでも抑えてるわ」

「そうなん? それはごめんやで。でもな、それでもまだほかの人に取ってみれば、近づきにくいんやで? そや、これあげるわ」


 そう言うとブレザーの内ポケットからお守りを取り出した。


「うちの実家のお守りや。これを持ってると、ええことあるで。あと漏れ出してる霊圧も抑えてくれるんや」

「余計なお世話よ」

「いやいや、受け取ってや。せっかく隣の席なんや。お近づきの印に。な? 受け取ってくれたら、もう何も言わへんから」


 ぐいぐいと来る唯衣に少女は鬱陶しそうな顔をするが、受け取らなければ本当にいつまでも話を続けそうな雰囲気を察したのか、お守りを受け取った。


「受け取るだけは受け取るわ。でも、変な呪いなんてかけてないでしょうね?」

「心外やわ。そんなもんあらへん。正真正銘の由緒あるお守りや」


 ニッコリと笑う唯衣に、少女はもう話は終わりとばかりに視線を外した。お守りを受け取った時から、彼女から発せられていた霊圧はなりを潜めた。


「ああ、あとな。出来れば名前を教えて欲しいんやけど」

「どうしてあんた達は、あたしの名前を聞きたがるのよ」

「興味があるからやで? それだけ強い霊力を持ってるんや。それに同じクラスの隣同士やから、仲良くしたいんよ」

「あたしにその気は無いわ」

「でも名前くらいは教えてや。なっ? なっ?」


 すり寄ってくる唯衣の態度に、不快感を募らせる少女は視線を鋭くして睨みつけるが、唯衣はどこ吹く風である。


朽木空くちき そらよ」

「朽木さんか。改めまして、土御門唯衣や。よろしくやで」


 朽木空と名乗った少女は、それだけ言うと、もう話すことはないとばかりに会話をやめ、読書を再開した。霊圧は消えたが、話しかけるなと言う気配は先ほどよりも強くなっている。


 その姿に唯衣は苦笑している。


「まだ初日やからな。ゆっくりと仲良くなってこか。ほな、次は」


 再び笑顔を浮かべながら、唯衣は今度は統也の方を向く。


「久しぶりやね、統也。何か言うことある?」


 実に言い笑顔ではあるのだが、先ほどまでの笑顔とはどこか違う笑顔で、恐怖すら感じたと、後に友人の錬は語る。


「とりあえず、久しぶりだな、唯衣。またあれから強くなったみたいだな」

「おおきに。うちも色々成長したんやで? ほんで、それだけかいな?」

「ふむ。じゃあ、旧交を温めたく思うが、今日は時間あるか?」

「ええで。ほな、お昼休憩を空けておくから、そこでやな。言っとくけど、逃げたらあかんで?」


 そう言って、唯衣は嬉しそうに自分の席へと戻っていく。


「ね、ねえ。十六夜君って、土御門さんと知り合いだったの? あっ、そっか、創真関係で」

「まあな。詳しくは言えないが、そっち系だ。ったく、まだ根に持ってるのか」


 統也はどうしたものかと、今から頭を悩ますのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こっちも、面白いです!出来ればこっちの更新もお待ちしています
[一言] 続きが読みたいですけど、……暫くは無理そうですね。 スランプという行き詰まりの原因は、世界観もですが、宗主先代とヒーロー君のキャラ設定ですかね。 馬鹿なのか利口なのか、先代のキャラがブレてま…
[一言] そろそろ続きが見たいです。
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